403 明日は実家に帰るんだ
領主代行としての仕事もひと段落した自由な日。
つまりはオリオン最終日の一日前。明日はお昼を食べて領都に帰る予定だ。
あれだけヤクモが大暴れした後だというのに、財力と技術のゴリ押しで殆ど復興は済んでいた。
下水道は毒ガスさえ除去すれば、後は天井を直すだけだったし、『爆弾』による細かな施設の破損は仮施設を用意して大工さんに任せて普通に直せば良い。
そういえば緋サソリ事件の後も、何故か次の日には何事も無かったかのように平常運転していたなあ。
ボク達が来ていたのは、再びの魚市場。
皆で気楽に食べ歩きをしながら駄弁る場所として丁度良く、復興途中から既に平常運転でちょくちょく来ていた馴染み深い場所だ。
ピーたんの物語が終わってから今日にいたるまでの間に、異世界人の料理人がやってくるなんてハプニングもあった。
今は僅かな貿易商人しか取り扱っていないメープルシロップが醤油に合うなんて異世界技術に驚いたものだ。
やはり異世界の『異』とは、チート能力ではなく驚きの発想あっての物だと思う。
彼は帰ってしまったが、お爺様としては砂糖と蜂蜜に支配された現在の甘味料市場に破壊的革新をもたらせないか計画中らしい。
お抱え料理人の皆さんと研究したり、雑誌に載せて見たり、輸入量と取扱店を増やしてみたりとか。
さて。
魚市場は最終日に見ておきたかった場所というのもあるが、一番の目的はシャルの後ろをおっかなびっくりで歩いていた。
バルザックである。
彼は相変わらず白衣であるが、新品の綺麗な白衣になっていた。
これ以外は貴族として社交界に出るような派手な服しかないという、極端な男なのだ。
「……と、いう事で父親たるもの、先ずはどういう所に行けば子供が喜ぶかを考えるのじゃ!」
「私が子供の時は図書館に居ればそれで良かったのだが、ダメなのか?」
「かあ~!ダメに決まっておるじゃろが。これだから天才は!
妾に本だけ渡して手出ししなかったのって、そんな感覚だったのかいな」
彼女は手にした串焼きをブンブンと振り回す。
イイダコという小さなタコを三匹ほど串に刺し、魚醤・酒・蜂蜜・生姜等を塗って甘じょっぱく焼いたものだ。
今回は流行に合わせて蜂蜜の代わりにメープルシロップ。砂糖の代わりにメープルシュガーが使われている。
もう片手には小エビとタマネギをパリパリに揚げた掻き揚げ。
正式には『トルティジータ・デ・カマロネス』という名前なのだが、ピーたんの本名の様に長いので『エビ煎餅』の愛称で通っていた。
クルリと回り、エビ煎餅をバルザックの眼前に付き付けた。
揚げ物なのに紙で包んでいる訳では無く直持ちである。
どう見ても『料理』なんだが、此処だと『お菓子』の分類だとか。
「妾は冒険大好き元気っ娘。等身大の女の子なのじゃ。
手で触れて、実際に体験するっていう『勉強』の方が好奇心をくすぐられるのじゃよ」
「そんな物なのか。しかし、それでは危険なのでは?」
「つまり?」
「危なくないように教える、見張りをする」
「じゃの。しかしお前がやると失敗するじゃろうな
子供がジッと説明を聞く訳でもなければ長い説明を覚える訳で無し。そしてお前が見張りの為に雇ったメイド達は、妾に嫌がらせをしとった」
「私は何を言われても気にしない子供だったが、シャルロットの場合は当て嵌まらない。
つまり私自身のアクションが必要という事か。子供と一緒に遊ぶ、か?」
「後はメイドが子供を任せるに足りる人間か、面接するなりすべきじゃったの。自分の判断に自信が無いならお義父様に任せても良かった。
ほら、頑張れ。もう少しじゃ」
眉間に皺を寄せて悩んだバルザックが、恐る恐る口を開いた。
「……子供の行動を認める?」
「お~、なんだかんだで良い直感を持っとるの。
そう。良好な人間関係を築く事とは、即ち相手を認める事。
手取り足取り『管理』するでなく、予め『正解』を用意し手放しに褒めるでもなく、遊び方に『共感』する事が仲良くなることの一歩なのじゃよ。
……まあ、妾の持論じゃがの」
言ってシャルは、ニカリと八重歯を見せる微笑を浮かべた。持っていたエビ煎餅をバルザックの口元に押し付ける。
ボクも食べているんだけど、カラカラに揚げたエビの食感と旨味が美味しくて癖になる味だ。
彼はキョトンとしているので、小声でアドバイス。
「食べて良いって事だよ。
『食べ物を渡す』っていうのはどんな文化でも仲良くするって意味にあたるでしょ」
「む、確かに。しかしこういうのって年頃の娘は気にするのでは」
「そういうところは気にするのな。全部食べろって事。
ボクくらいに心の距離が近いならそのまま口に含んで良いけど、ちゃんと手に取って食べるんだよ」
「そ、そうか……」
ピクリと反応。
おっかなびっくりでエビ煎餅を摘まむ。
ありゃちょっと考えていたんだろうなあ。常識に捉われず、無数の選択肢を想像出来る頭脳ってこういう時は不便な物だ。
とはいえ今の新入社員指導のような会話を常にしている訳では無い。
寧ろ少ない方だろう。
例えば道端で樽が机代わりに使われているのを見て、そこで行われているカードゲームやカードの素材なんかの話題をバルザックに振る。
樽机の風情やゲームのルールなんかの話題では「ああ」だとか「うん」だとかの相槌位しか言えないが、カードに濡れ防止の為にスライムから作ったフィルムなどを使っているといった学術的な話では詳し過ぎる程話せる。
少しマニアック過ぎる話題もあるが、そこは修正。
しかし修正にしたって父親になるにあたって有用な情報があるなら、エミリー先生が前に出て、アドバイスをする。
人としてマダオだが、貴族としてはかなりの格上なので敬語だった。
「その辺の論はウケが良いので外さない方が良いかも知れません。
学園都市で使われる教科書のトピック欄等を見返してみると、学問への興味を引く為にどのような工夫がなされているか参考になるかと」
「なるほど。だとすれば、凡人はどの程度まで付いて行けるかの理解が必要か。
お前の講義、たまに見学しても良いか?」
「侯爵様の許可が下りれば、喜んで。かのフランケンシュタイン卿なら、生徒達も嬉しいでしょう」
ふわりとした笑みで返す。
狙った訳ではないだろうが、これでシャルに会いに行く理由が出来た訳だ。
つまり、領主館で『コレ』とたまに会う事になる訳だが、少しはマトモになっていってくれると願いたい。
まあ、エミリー先生もエミリー先生で、使いっぱしり位にはしそうである。鉄道とか錬金術ギルド関係とか書類チェックとか。
実は彼女も一人で行うには結構な量の仕事があるが、その仕事に見合う技術を持つ『助手』は居ないのだ。
「さて、付いたのじゃ!」
駄弁りながら魚市場を抜けて辿り付いたのは、そこそこの大きさを持つ港である。
とは言え、港としての機能はそれ程ない。
百年以上前、子供の頃のジョナサン達が遊び場に使い、子供の遊び場の要素を入れてお爺様の手によって再建された場所だった。
半魚人化の技術を得る為に、ピーたんを懐柔し易くする政治的な要素も含まれていたんだろうなあ。
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