395 人を信じる事
肩の力を抜いたヤクモは、ポケットに片手を入れていた。
そしてもう片手で冷めて緩くなったアガリを一飲み。
少しだけ指が震えていた。
痛みをやせ我慢していると思われる。
「バルザック。
お前は法も無法も、そしてしがらみにも無頓着だ。研究をこなしていけば生きる意味を見出せる人間と言って良い。
俺と一緒に来る気はないか?」
端の席でずっと目立たないようにしていたバルザックは片眉を動かす。
そうしてはじまったやり取りと、シャルはジッと目を開いて見ていた。
「私が付いてくるなら、貴様らの技術に触れる事が出来るという事か。
確かに『生きた』宇宙開拓時代の技術に触れる事は出来ない、メリットのある話ではある」
あのオドオドした雰囲気はなんのその。
自分が話しかけられて優位に立てる場に対しては強いらしい。
個人的にちょっと共感出来てしまう事に、心中では苦笑いを浮かべざるを得なかった。
さて。
ヤクモの交渉条件は、技術屋にとってはかなり魅力的な提案である。
オーパーツというのはウルゾンJの3割しかない設計図に代表される通り、欠損が多く再現は正確であるとは限らない。
転移者もそこまで文明が進んでいる人物は稀で、尚且つ寿司屋の例に言える通り技術を説明出来る人間は更に少なくなる。
そこへ完全な状態かつ、正しい使い方を丁寧に教えてくれるスタッフまで付いてくるというのだ。
歴史学者の前に歴史上の偉人がそのままやって来たと言えば、分かりやすいのではないだろうか。
それはそれとして魅力的な提案であるのは、バルザックという人間が、本当にヤクモの思い浮かべる人物像である事に限る。
ヤクモと同様にアガリを飲んだバルザックは、言葉を返した。
「断る。技術よりもシャルロットの幸福の方が大切だからな。
私は、もう一度だけマトモに歩んでみたい」
「……ん。どゆこと?」
ヤクモは素っ頓狂な声を上げた。
ああそうか。彼はバルザックが途中で裏切って自爆した事を知らないんだ。
彼を追いかけていた軍隊は、ボク達への援軍名義で派兵されていた。
つまりボク達がビーチでジョナサンと戦っていた午後から、夜に戦勝パーティーをするまでずっと、街中を全力疾走で逃げ回っていた事になる。
凄い体力だな。
それで父上と戦っていたのかよ。
一連の流れを伝えておくと、彼は納得して頷く。
そして自分の額をわざとらしく叩いた。
「あっちゃ〜、そこまで執着していたかぁ」
そして彼が語った計画の全貌は以下の通り。
プリテゴ号によってボク達を拉致して『火種』にしようとしていた一方、シャルの誘拐には別の側面があった。
バルザックはこの世界の技術に詳しいので、ヤクモの住んでいた世界の技術の再現度を、大幅に上げられると考えていたのだ。
電化製品をそのまま落とし込んだようなミアズマの技術の未熟さは、エミリー先生にも指摘されていたしね。
ここまでは殆どボクの予想通りだった。
そして、新たなる情報が加わる。
もしも計画が成功してバルザックはシャルと遠い国に行った場合、追う事が出来るのは宇宙戦艦のみとなる。と、いう事だ。
更に宇宙戦艦という環境は王国に捕捉されず安全にシャルと生きられるし、『恩』もある。
様々なメリットも与えて取り込もうという計画だったのである。
ヤクモは眉間に皺を寄せて、ボリボリとオールバックが崩れるのも気にせずかく。
先程の戦闘で、既に大分崩れて、もはや気にする必要がないと言った方が正しいかも知れない。
前髪降ろしていると印象変わるね。
「でも、まあ、あの思考が正常じゃない半魚人を信用出来るといえば絶対に無理だし、なるべくしてなった結末とも言えるのか……。
これからまたシャルロットの誘拐を考えようにも、同じ事の繰り返しになるのはなんと言うか……面白くねぇなぁ」
「ひとつ訂正を加えてやろう。
思考が正常でないのはジョナサンではない。裏切った私の方だ。
故に、貴様のような『凡人』の思い通りにはならないと思え」
異常者を偽るそれは、シャルを守る為の方便も混ざっていたと思われる。
ジョナサンを引き込むならシャルを交渉材料に使う必要がある。
しかし今回、その手段を取って失敗したのはバルザックの思考が正常で無かった事に原因を持つと言いたい訳だ。
なので今後、同じ手段を取っても自分は裏切るだろう。
ヤクモはスンと、落とした肩を更に落とした。
物理的な意味ではなく気分の問題で。
その表情は、冷めていた。
「そうか。じゃあ諦めるしかないな」
「すんなりと引くな」
「言ったろ。『面白く』ねえのさ。
我がミアズマは、無法者が生き易い世界を得る為に活動している。
その総帥である俺が見定めた『無法者』が、こんな体たらくじゃなぁ」
スーツを翻してバルザックに背を向ける。
外の景色に向かってゆっくり歩いて行くと、お爺様が何も言わずに窓を開いた。
高い建物なので、風圧が此方にも掛かってくる。
「また気が向いたら言ってくれ」
「そうはならん。何故なら、私の最高傑作は無限の成長を秘めている。
ならば私が生きている間に心変わりする事なぞない」
「へいへい。子煩悩なこって」
夜空に浮かぶ宇宙戦艦を背景に、バサバサとスーツをはためかせるヤクモは首だけを振り向かせた。
ボク達全体を視界に収めると、軽く手を上げる。
「そんじゃ、また」
「もう二度と来て欲しくないけどな」
「アッハッハ、そりゃ良い!無法者の評価としては満点だ!」
大きく笑い、バッと両腕を広げた彼の背中は、夜を呑み込むかの如く大きかった。
来た時と同様に大ジャンプをし、戦艦に着地。
戦艦は背景に溶け込むように姿を消していく。
ワープかと思ったら、義眼を光らせたエミリー先生が説明をしてくれた。
「光学迷彩だね。まだ反応がある。
電気も使えないし、実はワープするエネルギーも残ってないのかもね。
ただ、ああやっておけば空を飛んでも周りから見つかる事はないから、寧ろデフォルトの状態なんだと思う。
例は少ないんだけど、巨大建造物型のオーパーツは、放っておくと盗まれたり現地権力者と税金のトラブルを起こしたり、その仕舞い場所に一番苦労するらしいね」
「ほへ〜」
なるほどと思い、もう閉じられた窓から空を見た。
あの向こうには、未だ悪事を企む連中が跋扈している。
それでも父上の言っている事からするに『一部』でしか過ぎない。
領主ってやつは大変なものだ。
思いつつ、直ぐに何事もなかったかのように、お爺様がパーティーの続きをはじめるよう指示を出していた。
取り敢えず大きな話はおしまいにして、目の前の仕事をするかな。
「さて、シャル。荒れた場所をかたして……ん、大丈夫?」
「わ……妾は大丈夫なのじゃ!」
誘拐計画が成功した時の自分の『その後』を知った恐怖と、折角仲直りした実父がまた何処かへ行ってしまうかも知れないという不安。
強い力で、何本も張り巡らせた緊張の糸が解けて、哀しい訳では無いのに浅く涙が出ていた。身体全身がカタカタと震えている。
ボクはギュっと抱き、頭を撫でる。
一歳しか違わないが、小さな身体だと思う。
「いや、大丈夫じゃない。だからいっぱい泣いていいよ」
「うぐっ、むむ、ひぐ……怖かったのじゃ……」
涙もろいけど、必要な時には結果を信じて現実を受け止められる。
優しくて強い子だ。
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