392 決戦の火蓋は切って落とされた
父上は寿司職人に向かい、指を二本立てた。
「おやっさん、赤身握ってくれ。俺とこのヤクザで一貫ずつ」
「あいよ」と良い声の返事が来て、前々から居たかの如く当たり前に寿司を待つ。
しかしこうして並ぶとこの二人、身長も体格そっくりだな。デカい。
ついでに言えばヤクモも指摘した通り、政治のやり方で言えば全く同じではないだろうか。
尤も父上の方は学校に馴染めないボクを見てから、弱者救済に積極的になったって言うし、互いに辿り着く先は正反対である。
たまたま同じ道具を使っていただけに過ぎない。
父上は蒸気で温めているおしぼりを手に取り、ヤクモの顔と頭をゴシゴシと擦った。
あの、それって取り出したばかりだから火傷する位熱いヤツですよね。
それに拭う力は禿げそうな位強い。お爺様に負けず劣らず、見事に喧嘩を売っている。
互いに人質を取っているので暗黙の了解があるとはいえ、見ているだけで胃が痛くなってくる。
これも『スキンシップ』とでも言い張るのだろうか。
「ああ、もういい。領主自ら『気を使って』くれるなんて全く過分な心遣いに感謝するよ」
ヤクモはおしぼりを奪うように掴むと雑巾絞りの如く捻り、そのまま握力でブチブチと捻り切った。
当たり前だけど、かなり頭にきているそうだ。
拳に物凄く青筋が浮かんでいる。
「赤身おまち!」
「ん。ありがと」
すると先程までの切歯扼腕はどこへやら。
ピタリと黙って、互いに行儀よくお寿司を食べ始める。
嵐の前の静けさの如くだった。
はじめに口を開いたのはヤクモである。
「……今日の朝から、虫とは別に俺を追跡していたのってお前だろ。
気配は読めなかったが、なんかツケられているような気はしたんだ。勘だけどな。
恐らくアダマスには秘密で別行動を取り、俺を捕えようとしていた。
しかし外のジャバウォック号を見て現状を理解。爺さんが時間稼ぎをしている間に、やっと此処に来た……って、ところか」
「まあなぁ。
俺が知る手札なら、お前は最終的に陸路で逃げざるを得ない。
ならば最後の詰めで格好良く登場~……って待機していた矢先にアレだもん。面喰らったねえ。
急ぐあまりショートカットルートを使う事になっちゃったよ。
この城を作った人間は、ラスボスまで一直線ルートってのも用意していたからね。
……で、お前の本当の目的は?」
「ぶっちゃけ深い意味はねえなあ。まあ、技術的な問題からバルザックが欲しかったってのは本音。
爺さん勧誘で断る流れからバルザック勧誘に持って行こうとしたんだけど、結果は見ての通り」
やけに正直に意見交換するが、これも暗黙の了解。
片方が情報を渡す代わりに、もう片方も情報を渡す。
こうして互いの利益不利益を擦り合わせ、如何に自分が優位になるかの落としどころを探っていく。
「そうか。で、どうする?」
「もうちょい遊んでいこうと思う」
「そうか……じゃあ……」
父上は手袋を嵌める。
真っ白で、決闘で叩き付ける時に使えそうなデザインをしていた。
「こうしよう!」
突然ヤクモが椅子を倒し、後ろに跳んだ。
父上が座ったまま、ヤクモの腹にノーモーションで前蹴りを入れたのだ。
しかし威力を和らげる為にバックステップ。同時にスーツから拳銃を取り出し、空中で父上へ銃口を突き付ける。
「俺が『一対一の喧嘩』で勝ったら、外の宇宙戦艦を引き払ってお縄に付く!」
「良いだろう。じゃあ俺が勝ったなら、バルザックを貰っていこう!」
──ズガン
引き金が引かれた。
部屋に鳴り響く銃声が、この日最後の戦い開始の合図となった。
マグナム弾は板金鎧程度なら簡単に貫通し、頭蓋骨を粉々に砕く。
この距離で放たれたなら椅子で防ぐのも無理。
だが、父上は驚きの選択肢を取った。
「うらあっ!」
閃光よりも速く、銃弾に向かって放たれたのはなんと『拳』。
拳が当たった瞬間、弾頭は軌道を逸らされ机に弾痕を作る。
目を点にするボクへ、お爺様は楽しそうに話しかける。
「ええ~……」
「驚いているようじゃが、そう難しい事でもないぞ。
要は直線の軌道でしかなのじゃから、銃口をよく見ておれば『待ち構える』事は可能なのじゃ。
銃と戦う剣士は、常に剣先を銃口の延長に置いて戦ったりするの。
今回の場合、拳の捻りを銃弾の回転を利用し横っ腹を引っ掛けて受け流した訳じゃな」
「理屈は分かりますが……」
でも剣がその手段で銃弾を回避出来るのって、剣先から人体までの刀身の長さがあっての事ですよね。
それに受け流しの理屈にも何か根本的な事で腑に落ちない部分があるのですが。
そうこう思っていると、着地したヤクモの拳銃を持っていない方の片手の腱が少しだけ動いているのが見えた。
正直なところ見えたのは偶然で、スーツを着ているのと大きな身体の影に隠れて殆ど解らない。何よりこの状況は拳銃に注意がいってしまう。
まるで注意を逸らせる系統の手品だ。
そして気付いた時には『仕込み』は終わっていた。
指の形はコイン弾き。
違うのは、親指で弾く対象がコインではなくマグナム弾の弾底だという事。
再び破裂音が聞こえ、手の中の銃弾が『発射』されたのだ。
銃弾の仕組みと言うのは、弾底にある雷管という強力な火薬をハンマーで叩いて爆発させ、薬莢に詰まった火薬に誘爆させて先端の弾頭が飛ぶという物だ。
なので例えば、釘と銃弾を入れた鉄パイプを使って発射させるブービートラップも存在する。
理屈の上では指で叩いても撃つ事は出来るのだ。
その為には砲身無しで真っすぐ飛ばし、指の太さで一点に衝撃を伝える、血の滲むような鍛錬と人外の指の力が必要であるが。
デリンジャーのような小型拳銃よりも素早く、隠し易く、そして本物の拳銃との二択を迫り弾込めの隙ですら警戒に変える。
地味ながらかなり強い技だと思う。
狙いは腹。
攻撃の放った直後の父上に防御手段は無し。
「よっと」
しかし父上は、発射されてから後出しでかわす事になる。
放った拳を『弾丸より速く』引いて、慣性を利用して腰を回したのだ。
砲身に掘られているライフリングの補助を受けない銃弾は、ジャイロ回転が掛からず空気抵抗を直に受けるので加速が不十分。つまり威力が低い。
筋肉の壁で受け流される事になる。
流石にボクはツッコミを入れた。
「いやいや、おかしいでしょ」
ピタリ。
二人は律儀に動きを止めて、訝しげでありながらも緩い表情で此方を見る。
あんなやり取りの直後だというのに緊迫感なんて少しも感じさせない。
「あ~……ヤクモさ。ちょっと待ってもらって良い?」
「良いぞオルゴート。実は俺も微妙に気になっていたし」
仲良いなお前ら。
父上はヒラヒラと手を振った。
「ありがとさん。で、アダマス。何処が変だと思ったよ?」
「身体強化魔術を使っていますよね」
「そうだな。で?」
「そんな動きをしたら、身体が耐えられないじゃないですか」
身体強化の魔術は汎用性に長けるポピュラーな魔術だ。
魔術の時代が終わった現代でも、教育に余裕のある富裕層や軍属の間では必修と言って良いほど生き残り続けている。
筋肉はなんでも解決するというが、実際は万能という訳でもない。
限界以上の筋力を振るえば骨は砕けるし筋繊維は千切れる。
それこそルパの里のヴァン氏みたく、全てを失う覚悟で使うような技だ。
そんな常識を無視して、父上は人外の力をノーリスクで使っているのである。
ニヤケ顔にこの世界の常識をぶつけてやった。
「確かにねえ。
でも、俺もこんな立場だ。時に今日お前が戦った深海の魔物、チート持ち、そして宇宙からの侵略者なんかと人外バトルをする必要がある。
『才能の無い』俺がそんな領域に立つにも、まあ色々な『工夫』をしているのさ」
読心術が無いだけで才能がないってどうかと思う。
ホントに父親超えさせる気あります?
けれども彼は、相変わらずマイペースだった。
「で、だ。俺が考えたのは、お前の言った理屈の穴を突くやり方だ」
「と、いいますと?」
「魔力を使わなくても、筋力を一時的に上げる技術は存在するという事だ。
ファンタジーの世界だからって、なんでもファンタジーで済ませちゃいかんな」
バリツの基本は『連動』である事が、頭を過ぎった。
お絵描き。ヤクモ
【裏話】
実は初期プロットだと、ヤクモとは陸路で戦う展開だったりします。
初期だとビーチの襲撃はミアズマと関係ない物で、以下のようになる予定でした。
◆初期プロット
①章のラストでアダマス達の帰り道にヤクモがヌッと現れファーストコンタクト
②一方で父上は、爺様から入って来た情報により物語の裏でヤクモを追跡していたという展開で登場。
(父上はアダマス達を見送るフリをし、後からオリオンに来て追跡をしていたのは共通ルート。
しかし今回は爺様の軍隊が動いたのでトドメ役として待機)
③バトルへ
→宇宙戦艦の方が初登場のインパクトあるよねって事で没に。
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