384 仁義なき戦い。寿司のネタは新鮮か熟成か
ボクの顔は今どうなっているだろう。
同じ状況になった事がないので想像が付かない。もしかしたらシャルを紹介された時と同じ表情かもしれない。
『逆らう者に優しいお爺様』とは、それくらいのインパクトなのだ。
えまーじぇんしー。心を落ち着かせる。
「失礼な事を思っておる様じゃが、まあ良い。
ワシは昔と違って腰を落ち着かせておるし、此処で労力を刑罰に向けてミアズマ総帥のセト・ヤクモを取り逃してはたまらんからのう」
そういえば、内乱の主な原因はそれだったな。
バルザックの思念を海に飛ばしていたヤクモが居なければ、そもそもジョナサンが此処に来る確率はかなり減っていた筈だ。
仮にピーたんを懐かしく思って上陸したとしても、プリテゴ号強奪が不可能だったので計画を起こしたかも怪しい。
しかしとシャルがまた首を傾げる。リボンとツインテールがぴょこんと揺れてかわいい。
「でも、それじゃ宴会なんてしても良いのですかや?
なんか現場が大変な一方で、自分は贅の限りを尽くす悪役貴族みたいになっておりませんかの」
「ああ、構わん。どうせ奴が何処に居るかは『風読み』で把握済みじゃ。
なので、どれ程逃げ続ける相手の体力・気力を削げるかの持久戦となる。
ワシは魔王城から飛ばした虫ロボと併用し、こうして遠くから指示を出していれば良い訳じゃな」
片耳から耳栓のような物を外した。
骨伝導の原理を利用して音を伝え、魔力波動で命令を遠くにオーパーツらしい。
そういえば此処って、嘗てUFOを作った海底人の居城だったね。それ位は置いてあるか。
ていうか把握済みとかサラッと凄い事を言ったな。
じゃあさっさと捕まえてしまえばと思ったのだが、嘗てたった7体の半魚人を駆除するのにもかなり手間取り一年も費やしたのもあり難しいのかも。
後で聞いた話によれば、ヤクモを捕らえる為に準備していた計画は元々沢山用意されていて、その内の一つを使うに絶好の機会が訪れたので実行したとの事。
強硬策はデメリットが多いのだろう。
「と、話を戻そうかの。
今回の犯罪者連中には『ヤクモを今日中に捕らえる事が出来たら、許してやる』と言っておる。
爆弾入りの首輪を付けさせ裏切り・逃亡を防止し、貴族権限の通じない『薬』で恐怖心を消しておいた。
貴族であるかは定かではないんじゃが、王都での貴族との裏取引で貴族戸籍くらい買っておるかも知れんから念の為にの」
「しかし、ミアズマの総帥ってそれ位で捕まるので?」
「まあ無理じゃな。全滅じゃろ。
最終的に突撃して自爆するようにしておるが嫌がらせにしかならんて。
犯罪者連中の処分について気になっているようじゃったから、先ずは話しておこうと思っての。
住人への被害など、詳しい事は寿司でも食いながら話そうではないか」
突撃や自爆の命令は、街中に忍ばせた虫ロボットを使うらしい。
首輪の裏から伸びたコードを外科手術で脊椎に埋め込んでいるとの事だ。
人間爆弾とか人の心とかないんか。
まあ良かった。やっぱお爺様だ。
骨の髄まで腐ってやがる。
窓の向こうから見下ろせる街では、とんでもない死闘が繰り広げられているらしく、視線をやれば、丁度小さな爆発と思われる光が出た。
夜だから目立つなあ。
「操られていただけのヤツ等は後日、何事もなく解放するから安心せい」
「直ぐに帰さないのは、街中よりも城内の牢獄の方が安全だからですね」
「うむ。決して粗末な扱いはせん。
逆らう者には苛烈な罰、従う者には厚き温情。独裁者の基本じゃしの」
「街の人達はどうしたのです?
ピーたんから聞いた過去のオリオンの話だと、かなり難しいと思ったのですが」
「避難は完了しておる。
しかしそこは結構長くなるから寿司を喰いながらじゃな。今、どうしてヤクモが外国に逃げず追い回されているかに関係しておる」
お爺様は指示を出すと、ボク達の目の前に握りたてのお寿司が出されたのだった。
ネタは中トロ。
シャリに『乗っている』というより『巻いている』といった印象で、一体感がある。
箸でも良いらしいが、折角なので手で持って、醤油をつけてパクリと一口。
モグモグと咀嚼する中、隣の席で我が妹様の可愛らしい声が上がった。
「んっん~、口の中で米がホロリと崩れてリトルホエールの脂身に染み込んだ濃厚な旨味が全体に広がるのじゃ!」
彼女は目と拳にギュッと力を入れ、小さな肩に力を入れながら素敵な食レポを入れてくれた。
次いでエミリー先生がコメントを入れる。
「これは少し寝かせて熟成させているね」
「おねんねなのじゃ?」
「そう。特殊な処置をした身を5日ほど冷蔵庫に置く事で、死後硬直が溶けて新鮮さと引き換えに柔らかさと旨味を引き出せるのさ。
今回はホロホロ崩れる握りをしているから、こういった処置を取っている訳だね。中トロの脂が良い感じにマッチしている。
竜種であるリトルホエールは歯ごたえも魅力の一つだが、旨味もあるのでそちらに特化させたのだろう」
「「ほへ~」」
何時も通り感心するボク達兄妹にアセナが付け加えた。
彼女は握り拳の大きな寿司を食べている。初期の握り寿司らしい。
「つまりは、このガラスケースに入っているリトルホエールは、一匹から作った活け造りに見えるが、実は数匹で作ったって事になるな。
まあ、最初のシビレからしてそんな感じではあったけど。贅沢なもんだねえ。
あ、因みにアタシが食べているのは歯ごたえがある新鮮な方のネタで握ったやつね」
「ファファファ。まあ、そういう贅沢も準備あっての事じゃて。
今来ておる、この寿司職人も予めアンテナを張っていたから連れて来る事が出来た」
料理は便利な能力に見えて、役に立つとは限らない場合がある。
今目の前に居る寿司職人にしたって、現地住人の生魚の認識、錬金術が発達した我が国でも最新技術である醤油の入手法、ジャポニカ米を栽培出来る環境など課題が山済みだ。
更にウチは転移者を戻す技術や法律も整っているけど、只の料理人が生きていくのはかなり難しい。
現地民の口に合わない料理を専門としていると技術が役に立たない事すらある。
例えば唐辛子なんかをドバドバかける住人の味覚だと、甘味や脂身を主要とする料理が口に合わない時もあるそうだ。
因みに目の前で寿司を握っている彼の場合、地球に居た時は原価の高騰と外食産業の低価格化によって何代も続く店を畳まざるを得なかった職人だったらしい。
全てを失い転移したら極寒の大地で、そこでは常に飢饉がある故に食人を生業とする原住民が住んでいたとか。
そして喰われてたまるかと逃げ続けていたらネッシー王国のギルドに所属する奴隷商人の船に拾われる事に。
一方でネッシー王国の王様……つまりネモのお父さんは日頃からお爺様とやり取りをしており、孫の為に珍しい料理人を探していると聞いていたので異世界料理人募集のお触れを出していたのである。
それを覚えていた奴隷商人は直ぐに寿司職人を王様へ献上、もとい売却。
こうして現在の地位に落ち着いたという訳だ。
お爺様の手にはたまごのお寿司。
口を大きく開けて一口で食べると語り出す。
なんかカウンターみたいな机に肘をかけているのが似合うなあ。
「やはり和食は厚焼きタマゴと米じゃの。
それでは街の住民の避難の仕方なんじゃが、お前の初陣である内乱を利用させて貰った」
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