382 樽型ジョッキでパーティーを
あけましておめでとう御座います
旧魔王城玉座の間。
パーティーホールへ改装されたこの部屋は、例年通り行われるボクの『歓迎会』に相応しい場である。
しかし本日。大きな窓の向こう側は、例年と違う物を見せていた。
窓は街を見渡せる設計になっている訳だが、港から少し離れた海に光が灯っているのだ。
これは、バンディッド号に魔力灯をジャラジャラと飾り、ピカピカと派手なイルミネーションが行われている事による。
先程までボク達が戦っていた場所だった。
マストの骸骨旗が、まるで戦勝後に突き立てる旗のようだった。
思い出の船をああするってお爺様にありなのだろうかと聞いたところ、寧ろ荒くれ者だらけの海賊としてはまだ地味な部類らしい。
そういえば海賊のお葬式って、船を棺代わりにして火葬とかやるんだっけ。
「と、いう訳で我が孫アダマスの初の『戦勝』を祝い、乾杯!」
お爺様からは貰ったジョッキが配られ、ぶどうジュースが満たされていた。
形は勿論、みんな大好き樽型ジョッキ。冒険小説の名脇役だね。
ネモの案内で行った居酒屋では小さい樽にそのまま取っ手を付けたような形状のコップだったが、此方は貴族のパーティーらしく『オリジナル』を使っているので大分形状が異なっていた。
偉い人のパーティーとかだと、伝統的な品が食器として出て来るのはよくある事だ。
時代が進むにつれて機能的になるのが殆どなので、使いづらいのが多かったりする。
因みにこの樽型ジョッキの正式名称を木製タンカードという。
樽とは言うが上の口が萎んだ所謂円錐台に近く、長い台形の板を並べ上から輪っかを押し込んで固定した物だ。意外と零れない。
船の旅では揺れてコップが落ち易いので、割れやすい陶器や塩で腐食しやすい金属製よりもこういう物が愛用されていたらしく、港町で定着していったらしい。
自由に開け閉めできる蓋が付いていてシャルが面白そうに弄っていたが、これは毒虫などが入らないようにする為だとか。
それにしても、だ。
「お爺様、これって例年通りのボクの歓迎会の筈ですよね。戦勝パーティーってなんです?」
「そりゃ、戦争で勝ったんじゃから戦勝パーティーじゃろ。
歓迎は朝やったし、それならもっとデカいニュースを祝おうという事じゃな」
「戦争なんです?」
「内乱は戦争の分類じゃな。
戦国時代と言いつつ内乱しかやらん国もあるし。
しかもお前の場合は『初陣』じゃ。盛大に祝わねばならん」
お爺様はラム酒が注がれた樽ジョッキの縁に口を付け、当たり前のように言った。
はじめは瓶ごと飲もうとしたのだが、お婆様に「もういい年なんだから止めなさい」と止められたもよう。
このコップなど、昔の海賊らしい趣きはお爺様としての『正式』な戦勝祝いの形という事なのだろう。
クリスタルグラスを使うボクん家でのパーティとは真逆だな。
近い内に此処の代官を任せられるボクとしては、こういうのに慣れるのも吉か。
尚、此処にはバルザックもネモも参加しているがピーたんは参加していなかった。
オーパーツまみれの地下牢に厳重に押し込められたジョナサンを、逃げないように一晩中『見張る』との事だ。
壁越しであるがずっと一緒に居るという事だな。
深海の魔物にピーたん一人と機械では警戒が足りないので、二人きりとはいかないが。
「お通しで御座います」
中年のメイドさんがシャキりとした動作で小皿を持ってきた。
数枚の桃色の切り身。調味料にはごま油と塩ダレ。なんとコレ、リトルホエールの膵臓である。
部位名を『シビレ』というらしい。
鯨でも同じ事をやるそうだが、着目すべきは『リトルホエールは鯨のように大きくない』という事。
つまりこのお刺身お得パックのような一皿の為に、リトルホエール何匹が使われたという話で、通常は一人一枚がマナーとされている。
スパイスが貴重だった時代に、小指で掬って使うっていうのと少し似ているね。
だが、今回はなんと全員に皿が行き渡っている。冷凍技術が発達していたとはいえ、とんでもない財力だ。
「んん~、なんかよく解らないけど美味しいのじゃ!確かにこれほど素材の味が良いなら、塩で良いんじゃの」
かわいい顔で海の恵みを噛みしめるシャル。
ボクはスッと隅っこに居るバルザックに視線をやるが、キョトンとするだけ。
そこへエミリー先生が助け舟として、圧縮言語に近いとても複雑な魔力波動を飛ばすと、やっと理解してくれた。
これだから共感性の無い男は。
そんなんだから『理想の結婚相手』が人形になるんだろうが。このマダオめ。
「あ、ああ~……ええと、だな……」
「……なんじゃ?」
あの傲慢な天才はどこへやら。おぼつかない様子で喋り出す。
日常会話で用いるなら話しかけた事にすら気付かれないか、良くて「えっと、私に聞いているの?」と言われるような喋り方だ。
何もしなくても構って貰えるので、自分から話す能力は著しく低いと思われる。
アワアワとろくろを回しながら言葉を繋げる様は、まるでボクに会った時のシャルが、ミカガミソウの専門知識で会話をしている時の様子に似ている。
「鯨の膵臓の味は鳥のレバ刺しと変わらない。
しかし、リトルホエールの膵臓はグルタミン酸とアスパラギン酸を溜め込む性質があり、更に膵臓内物質が骨から染み出る強化の魔力波動と同調し~~」
後半から口調は安定しているが、やたら早口で言葉の意味も解らない物が多く、自分の世界に入っている感があった。
様々な資料の引用も入っていて、これひとつを書き出しただけで論文が作れそうだな。
しかしそこは、コミュニケーションの鬼のシャル。
その言葉は自分に向けられた物であると瞬時に理解し、それが何かを伝えようとしている意図を汲み取った。
彼女はウンウン頷き、上手く話の切れ目に介入する。
「つまり、リトルホエールの膵臓には旨味がめいっぱい詰め込まれていて、美味しいという事なんじゃな」
「そうっ!そう言いたかったのだ!」
良い事でも閃いたかのようにシャルに指差し、『論文作成』もしくは『自分の世界』を切って終わらせた。
バルザックは、興味のある事に対して微細な違いでも究明したがる性格だ。
なので今までの彼だとシャルの回答は『間違い』となり細かな修正を入れたがる訳だが、娘の為に譲歩出来るようになったのは純粋に進歩だと思う。
親子の会話にしてはなんとも拙いが、それでもジリジリと距離を近付けようとする姿勢は応援したいと感じられた。