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38 液体金属のメリクリウス卿

「……さーて、次はシャルちゃんかな」


 エミリー先生の一曲が終わった後のシャルは居心地が悪そうだった。

 上手い事は予想していたものの、ここまでとは思っていなかったのかも知れない。


 やっぱ歌うの上手だよなあ。改めてボクは思う。


 シャルはトイレに行きたいわけでもないのに脚をやきもきと擦り合わせ、横目にエミリー先生の足元に視線を合わせていた。

 その気持ちは分からんでもない。上手い人の後って歌い辛いよね。


 ところで、シャル自身は下を向いているから気付いていないのだけど、エミリーの注意は、専らボクの方へと向いていた。

 彼女は両手を腰の後ろで組んで、敢えてボクの目の前に上半身を曲げて向けるほどである。


 ボクが第一歩を踏み出せないシャルの事をどうカバーするのかを楽しみにしているのであろう。

 二人の性格からしてこうなるのは必然の流れだ。

 もしこれでボクが何も出来なくとも、それはそれで先ほどの『嫌だったら~』で保険をかけているのだから抜け目がない。


 とどのつまり、ボク次第という事だ。考えておいた回答で返す。

 ボクは片手を彼女に伸ばして、手の平を上へやった。


「エミリー先生……楽器を貸して下さい」

「良いよ。何が良いかな」


 彼女は指をワキワキと動かして嬉しそうに聞いた。

 素人目には楽器らしきものは何処にもないだろう。現にシャルも少し驚いたような反応を見せる。


「そーですねえ。じゃあ、今回は弦楽器」

「りょーかい」


 言うや否やエミリー先生はドレスの鎖骨部に手をかける。

 そして、ペロリ。


 そんな効果音でもしたかのように、簡単にドレスの背中~両腕にかけての部分が捲れてしまった。

 

 構造としては逆バニーの上の部分とでも言おうか。

 もしくは物凄く丈の短いカ-ディガンとでも言おうか。

 それとも、二つの袖に対して小タオル程度の短い背中パーツが付いたものとでも言おうか。


 まあ、そんな感じだ。

 兎に角シャルは、エミリー先生が今着ているドレスと相性が良すぎて分離する事に気づかなかったらしい。

 

 目を大きくして分かり易く驚いてくれるシャルに対し、ボクはどうともないと待合室での事を話す。


「だってシャルが言ったんじゃないか。『謎の発明品を持ち歩いている』って」

「いや、確かに言ったけど!でもちょっと初見殺し過ぎやせんか!?」

「ふむ。そんな事言っていたら『次』には付いてこれないぞ」


 まだ次があるのか。

 そんな少年系インフレアドベンチャー物語のような展開に、シャルは思わず呟いた。


「な、なにぃ!?」

「エミリー先生のびっくりドッキリ劇場。はーじまーる……よーっと」


 肩と腕が露になったエミリーは、そのしなやかな腕で、しかしパワフルな動作を以て袖部を掴んで下に振る。

 すると、袖が空中で螺旋状に絡みつき、一本の棒のような形へ。背中部が風の抵抗を包み込んで四角いフライパンのような形になる。


「そいやっ!」


 爛々とした眼で上に持ち上げる。

 すると不思議な事に、掴んだ布は風の影響を受けず、フライパンのような形を維持していた。

 寧ろ背中部にかかっては口が更に小さくなっている。袖の部分は平らになった。


 そして最後に黒鳥の羽根へ手をかけると、拳で握ると一気に下へ『引き延ばした』。

 まるで羽根がゴムであるかのように伸びていき、更に指の間から裂けているものが飛び出しているのだ。


「で、この羽根さんで作った『絃』を下の方へ固定すれば……はいっ、先生特性、インスタント弦楽器の完成だよ~ん」


 言ってエミリー先生は、出来上がったリュートの様な形をした弦楽器を軽く弾いた。

 その後も軽い調整の為に弾き続ける。


 駅のホームに心地よく軽い音が響いた。


 ところでシャルは好奇心以前に理解が追いつかないようだ。

 出来上がった楽器に視線を張り付けるしかないシャルの頭をボクは叩く。


「あれはエミリー先生が貴族になった切っ掛けの発明品。『液体金属メリクリウス』だね。

魔力によって自由に形や硬さを……それこそ今みたく服にもなればワイヤーにも、楽器にだってなれる万能金属だ」


 使いこなせば理論上最強の兵器になり得ると言われているが、そこは語らない。

 エミリー先生が嫌がるからね。


「ふ……ふむ」


 これは分かったように見えて、単なる相槌。

 こういう時は自分の事が絡むと途端に理解しようとするものだ。


 ボクは勢いよくエミリー先生の方へ手を出した。彼女も頷いて弦楽器を軽く投げ渡す。


 ボクの手の平と、ネックに使う金属が軽い音を立ててぶつかった。

 しかしそれは、女子供でも片手で持てるくらいに軽い。


「ま、要するにだ。ボクがシャルの歌を助ける事も出来る、秘密兵器って訳さ」


 大して上手くもない、少しだけ興味のあるロック音楽のイントロを弾いてみせた。

 因みにロックなのはこれだけしか引けないし、弦楽器が特別得意と言うわけでもない。


「お、おおっ!そうなのかや!」


 シャルは不安を払拭するかのように答える。

 当たり前だが、完全に不安は振り切ってはいないらしい。


「ああそうさ。取り敢えず、今はそれだけ分かってくれれば十分さ」


 これが一番今のシャルに合った援護だと思うから弾くだけさ。

 適当に絃を楽し気に弾いた。フレーズは適当だ。

読んで頂きありがとう御座います

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― 新着の感想 ―
[一言] エミリー先生凄くないですか?w 最終兵器彼女ならぬ、最終兵器家庭教師ヒットマンですね。サラッと人前でやる辺りが自信と言うか、誰にも真似出来なくて、アダマス君を信用してるんでしょうね。 色…
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