377 その船を漕いでゆけ!
三日月が、波打つ海面を照らしている。
艶っぽく、ヌラヌラと。
月光の向こうには、一隻のパトロール船がフラッシュをチカチカと焚いていた。
魔力灯は電気やガスではなく、薬剤による化学反応で光を起こしている。
その為、目の前でやっているように強化術式で大出力の光を放つやり方は、魔力灯の寿命を縮めるので非常時専用のやり方だ。
光信号で伝えられる言葉は『シャルロットを寄越せ』。
向こうからしてみれば、ボク達がピーたんの所に向かわずどうして襲われたのかモヤモヤしたまま旧魔王城に戻ってくる可能性もあるから、その保険だろうなあ。
親切な男だよ、ジョナサンってやつは。
分かり易い脅迫であるが、行かないという選択肢はない。
この救出劇はハッピーエンドで終わらせたいからね。
望遠鏡を手に、シャルが遠くを見ながら言った。
「あ~、見事に張り付けられているの」
中世ごろにこういう刑罰があったっけ。
四肢をロープで巻き付けられ、張り付けられるようにマストの上から吊り下げられているのは、ご存じバルザック。
思いのほか傷が浅いのはポーションか何かで無理やり癒した為かな。
薬の副作用なのか顔色は悪かった。
「ぶっちゃけ妾としては『ざまあ』位には思っておる。
しかし、まあ……死なれても夢見が悪くなるから行くのじゃがな」
バンディット号に乗り込み迎え撃つつもり満タンのボク達は、錨を上げて出撃一歩手前。
海戦ベテランのお爺様は船に乗っていないのは、旧魔王城を統制する人間が必要だから。
故にお爺様は、下から声を掛ける。
「それでは健闘を祈る。大いなる海神の導きを」
「はいっ、導きを!」
リラックスした顔でビシリとした敬礼をボクも返す。
肩に力が入っていた為若干硬かったが、まあ、夜だし良いよね。
そんな思惑は直ぐにバレて、苦笑いを浮かべた彼は片手を上げて『旧魔王城』の音声認識装置へ呼びかける。
「そんじゃ出港じゃ」
さて。
突然であるがプテリゴ号は、名目上はアポロが飛ぶ為の潜水艦である。
つまりアポロ自身の加速なしで飛び立てるよう、換気扇のような送風機が付いているという事だ。
何が言いたいかと言えば、バンディット号の背後には、そのドラゴンの身体も浮かす送風機の大型版があるという事だ。
お爺様の号令と共にプロペラがゴゥと回り、帆に風圧をかけた。
本来はキャラック船に付いていない水中翼が、海水の抵抗を減らし速度を限界まで引き出す。
こうして我らが海賊船は、帆船にあるまじきスタートダッシュで海を駆けたのだった。
グンと高速で近付くごとに、ボクの目から見て段々と大きくなっていくパトロール船は、その場で旋回して横腹を見せる。
まあ、そうするよね。
此方が船でやって来るなら、牽制として大砲を撃ってくる。あわよくば沈めても良い。
どうせ半魚人なら海を泳いでシャルだけを連れて行けば良い。
しかしボクからすれば、まるで『狙ってくれ』と言わんばかりだよ。
送風機による突風によって弾丸になったバンディット号の『奇襲』の方が、砲撃開始よりも速いんだ。
けれど洗脳された人間は、予想外の事態でも命令通り動くしか出来ない。
この場合は悪手であっても、砲台を見せるには横腹を見せざるを得ない。
部下たちとの付き合いを大切にして個性を尊重する、人間だった頃の君だったら先ずやらないミスだったろうね。
「衝角突撃なのじゃ!」
可愛らしいソプラノボイスを以て、何時も通りに必殺技名をシャルは叫ぶ。
ロマンだね。
この世がまだ『中世』と呼ばれる更に前の時代、大砲の出現によって廃れた、戦艦の先端にある硬い衝角で突撃して破壊するという原始的な攻撃方法。
ベキベキとパトロール船の船体が砕け、船同士がT地で合体する事で、無理やり『足場』がくっつけられた。
大砲の準備をしていた訳なので、衝撃によって多くの船員達が海に落ちる。
これは予想の範囲内。
彼等の拠点ではないので、ここいらの海流なら溺れる可能性は低い。
半魚人化したピーたんが大きな網を使って漁でもするかのように回収し、催眠を解いた状態で網に入れたまま放置される事になる。
尚、結構な人数を引っ張り上げる作業は流石に半魚人に膂力でも辛いものがあるので、シャルとネモが操作するクレーンを使う予定だ。
さあ、海賊の戦いの始まりだ。
ボクはコキコキと首を鳴らす。
「いくよ、アポロ。伝説に語られるドラゴンの力を見せてやれ!」
「キュイイイーッ!」
エミリー先生、アセナ、そしてボクを背中に乗せたアポロが一番槍として船上を駆け、衝角突撃で残った大砲を薙ぎ払い、踏み潰していく。
優しいアポロに人を傷つける事は出来ないかも知れないけれど、相手が命の無い兵器であるなら幾らだって怪物になれる。
と、そこで向こうからも投網が投げられる。
網で動きを封じて槍でとどめを刺すのは、どんな時代でも通じる船上での戦い方だ。士官教育の講習でも習う。
だから対策は幾らでもあった。
「甘いっ!」
エミリー先生がドリルとして高速回転させたクロユリを横一文字に薙げば、網は飴菓子のようにあっさりと『切断』される。
そのタイミングに合わせ、ボクを抱えたアセナが飛び出した。
「行くぞアダマス!付いてこい」
「置いていかれようがないけどね」
「やかましい!ほら、さっさとヨーヨーを用意しな」
「イエス・マム!」
ボクがヨーヨーを飛ばし、一本のマストにくるりと巻き付け結び付けると、アセナが人込みの中を駆け抜ける。
そうなると、雑兵たちの脚や身体に鎖が引っ掛かり転ばせられるのだ。
そうして敵を転ばし回っていると、脳に直接響く声がした。
無理やり脳に干渉しているので軽めの頭痛も感じる。
『ただ一握りの幸福も理解出来ないか。騒々しい犬だ』
『親玉』の登場だ。
魚鱗の光沢を輝かせ、此方をジッと見て来るのは半魚人。
嘗ての名前はジョナサン・レオンハート。
身体以上に歪んだ心に変質した彼を、ボクは哀れだと思って口を開く。
「ピーたんと一騎打ち出来るようにシャルを向こうに置いて来たんだけどね」
『シャルロットを奪ってもその犬が邪魔を出来るからな。
だから人形達が邪魔をしている間、犬を処分してから向かおうと思う』
そういう意味で言った訳じゃないんだけどなあ。
なんとも哀しい事だ。
今の彼にとってピーたんに会う事よりも、バルザックとシャルを引き合わせる優先順位の方が高いらしい。
ふうと溜息をして、ボクはそのまま息を吸い込む。
そしてまた吐き出す。
息の動きは、感情のボルテージにそのまま繋がっていた。
「ばあ~~~~っか!なにが『幸福』だよ。
そんなに心に残っているだけの使命が大切なのかよ。
今、何をすべきかなんて『人間』なら自分で選択できるだろうが!そこにぶら下げられているダメ人間の方が、お前を裏切った分まだ優秀だよ。
なんで会いに行ってやれないんだよ。ちょっと歩けば良いだけだろ。100年以上もお前の事を大切に想い続けている人が、直ぐ近くに居るんだぞ!」
自然と出て来た言葉だった。
しかしジョナサンは何も言わない。何も伝えてこない。
ただ水かきの付いた長い片手を、空に上げた。
まるで何かを掴むかのような動きだが、そこには何もない。
瞬間、彼の背後から水柱が上がり、大きなシーサーペント二匹が飛び出してくるのだった。
アセナと一対一なら互角である。
これを勝てる戦いにする為、ボク達全員を船上と言う『狭い空間』に閉じ込め、シーサーペントという戦力を加わえるという事なのだろう。
ここで厄介なのはボク達総出で対処したとしても、『一瞬』で決着を付けなければいけない事だ。
鎖で転んだだけの人形達が起き上がれば包囲の状況が出来上がってしまう。
まあ、お爺様が「どうせこんな作戦だろう」と、一瞬で思い付いた通りの状況だな。
伝説の海賊から教わった『必殺技』の使い甲斐があるよ。
読んで頂きありがとう御座います。
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