375 迎えに行こう
プテリゴ号が鹵獲されて、敵として出て来るかも知れないな。
バルザックが捕虜になったという事で、先ずはパッと思いついた事だった。
ミアズマの技術力なら艦の操縦や修理もどうにか出来るかも知れない。
しかし「なんか違う」と、直感が否定。
その一拍後に「何故違うのか」と脳内で、理由が組み立てられる。
ボク達が飛び立った後のプライベートビーチは、現在どうなっているだろうか。
お爺様の精鋭軍が押し寄せてアポロを非難していた連中の一斉検挙が行われている筈だ。
だとするとプテリゴ号を持ち出す事は難しい。
何より機密の塊なので、持っているだけで狙われるなら捨て置くべきだろう。
ミアズマの総帥ヤクモ側としても、街工場くらいなら借りられると思う。
サプライチェーンの過程で用いる等、元からそういう地盤が整っていた街だ。
例えばひとつの機械を組み立てる際、複数の部品を様々な所から集めたり、逆に特殊な部品のみを作ったりね。
そして前もってプリテゴ号強奪を視野に入れていたなら、悪の組織特有のとんでも技術の機材や技術者を入れる事も考えられる
しかし、だ。
「ピーたん、多分ミアズマは助けないよね」
「だね。機材の持ち込みも無いし、居るのはセト・ヤクモと少数の協力者だけだ。つまり、ミアズマに所属している人間はヤクモのみになる」
「ジョナサン達は、奪ったプテリゴ号についての交渉はしていたの?」
「してたね。しかしヤクモは、奪うなら自分達だけでも出来ると言って、取り合う事はなかった」
プテリゴ号を奪えるという話に、エミリー先生がムッと頬袋を可愛らしく膨らませた。
しかし今は、同様に頬袋を膨らませるシャルと並んで置いておく。二回言うがかわいい。
さて思った通りだ。
ジョナサンは余りにも人間からの信用がない。
故に技術提供といった『融資』をするだけの価値がない。
事実、人間とかけ離れた精神性を持ち、己の第一の味方である筈のバルザックには裏切られ、己に焚きつけられたドラゴン反対派の連中からは嫌悪される。
そんなジョナサンが、人間と信頼関係を築く事は出来ないのだ。
人間だった頃は誰からも慕われ、この街の人達を守るために軍人になった好青年だったのになあ。
此方にとっては重畳であるが、多少哀れだとも感じた。
うんうん考えていると、ピーたんの甘くも鋭い声色が鼓膜を打った。
「考え事はもう良いかな?」
「ああ、うん。そうだな、もう大丈夫だ」
「決まったかい?」
「3つ目の選択肢を取ろう」
それは、ピーたんが情報提供した時点で決まり切っていた事。
だけど心を新たにするならルールというのは大切だ。自分で作ったルールには、自己がどうなりたいかがそのまま反映される訳なのだから。
故に形式美を尊重すべきである。
「分かった。ならば私も付いて行こう」
「ああ、そうだね。
幾ら愛を叫んでも振り向こうとしない男どもには、ぶん殴って振り向かせなければいけない」
ボクが手を差し伸べて互いに握手する。
先ほどバルザックが同じことをして裏切ったばかりだが、きっと大丈夫。
「よろしくね」
「ああ、此方こそ」
彼女はもう、死のうだなんて思わない。
そう思わせる意識の強さがその瞳に宿っていた。
自信によってどことなく身体も一回り大きく見える。
強い気持ちを以て彼女はこれから続く世界を紡いだ。
「さて。それじゃこれからの『決戦』についてだが、傷を癒すのに必要な時間を考えると本日の夜、旧魔王城へ攻め込んで来ると思われる。
私が薬を作る際、ジョナサンの身体を分析したデータから割り出した物だ」
彼女が言うにはジョナサンが洗脳した人達は他にも居るとの事。
確かに殆どは親衛隊によって保護されたが、実は数名の軍人が洗脳されて街中にまだ残っていた。
犠牲を伴わずシャル単体でビーチの外に逃げられた時の布石だろう。
ボク達を捕えてもシャルを捕えられなければ失敗なのだからね。
オリオンにとっての水兵は平民にとって身近な就職先だから、一部の軍人は洗脳可能なのだ。
海沿い。しかも貿易の拠点となる町は治安維持の為に領都と違って水兵の数が不足しがちで、平民出身の下級兵が多い。
その為、警察組織というより自警団に近い敷居の低い職業となっていた。
そこら辺の漁師でも軍隊経験者は多く、パトロール船くらいの軍艦なら楽に動かせるという訳だ。
先程の戦いに参加しなかった理由は、シーサーペントの群れの方が強いのと、全戦力投入なんてしないよねという軍事的な理由。
一方で旧魔王城は勇者の時代の防衛システムがそのまま生きており、他国が侵略できない理由でもある、この国最強の要塞だ。
かつて魔王の試練を無視して魔王城に挑んだ嘗ての勇者の如く、パトロール船が攻撃を仕掛けてくるならミサイルやらビームやらで簡単にやられてしまう。
もしもシーサーペントの大軍を率いて魔王城を落とそうとしても、プテリゴ号が装備していた物より遥かに高品質な魚雷で一網打尽にされるだけだ。
だが、人質を取られているなら此方から向こうに乗り出さざるを得ないのである。
魔王城に居たのが本物の魔王アンタレスであるなら、魔物の軍勢を操って船に襲い掛かれば良いだけなのだが、皮肉な事にそれは向こうの武器となっていた。
「戦いは簡単。此方が軍艦を使って敵の船に乗り込み、バルザックを助けて逃げるだけ」
「それだと、バルザックが見えづらい所に隠されている可能性はない?」
「それはないさ。アイツは歪んでいながらも『家族の絆』ってヤツを愚直に信じている。
だから、シャルが『心配』するようマストとかに目立つ所に張り付けられているだろうね。デカデカとさ」
ピーたんはパンと拳で手の平を叩き、作戦を締めた。
「で、ジョナサンは私が止める。
長い長い『悪夢』を見ている男だけど、もう現実だって事を解らせてやらなきゃいけないから」
だからボクはポカンとしていた。
深刻な顔で言うし、ドラマチックではあるけど、流石に無理だろ。
君が幾ら半魚人の身体でも防御力を活かした壁にしかならないのでは。
彼女はムッと唇を尖らせる。
「私の事を『只の硬い案山子だろ』とか思っているでしょ」
「そこまでは思ってないけど、だいたいそんな感じ」
「まあ良いさ。ただ、知って欲しい。
私がこの身体になったのはジョナサンの為さ。
喋れるのも、味覚を感じるのも、彼が人間の社会に戻れるよう遺伝子を弄ってある。
そしてこの角は、ジョナサンの位置を拾うっていうのもあるけど、半魚人としてのジョナサンを『倒す』為の能力が組み込んである。
まあひとつ、騙されたと思ってお姉さんを信じてみなさい」
一発限りのチャンスなのに、騙されちゃダメなのではと思ったが、真面目な目付きを見て黙って頷く。これが凄みというものか。
恐らく、この世で最も半魚人に詳しい錬金術士が『倒せる』と言うのだから、その通りなのだと思えた。
「物語のラスボスってのは、しぶとく足掻いて時間を掛けて倒れて倒れるもの。
でも悪いけど、一撃必殺で終わらせてもらうよ。
生かす事は殺す事より残酷なのかも知れない。でも、使う覚悟が決まったからね」
そう言って己の頭に生えている、ジョナサンより遥かに発達した角をニュルリと『動かした』。
珊瑚みたいに一瞬で生えてきた訳だから、硬質化させなければ動かす事も可能という事か。触腕に近いのかな。
そしてこれが、勝利の鍵に繋がる仕組みだとか。
う~ん、天才の考える事は解らん。
とりあえず、シャルとエミリー先生のほっぺをプニプニしておこうと思った。
読んで頂きありがとう御座います。
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