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360/566

360 綺麗な風景は誰かと一緒に見るのが良い

 ボクは鉄箱の中、判断する為のパーツが足りないとウジウジ悩み続けた。

 先程の出来事は謎が多すぎる。置いていかれたようで悔しかったのだ。


──ポン


 頭を抱えていると肩を叩く優しい感触を覚えた。


「お兄様」

「……あ、ごめん。見苦しい所見せちゃったね」


 隣のシャルが優しい目で此方を見ている。

 それは何時もの子供らしく楽し気なものではなく、深い慈悲を感じられるものだった。

 相手の目を見て心が全部分かるような表現は、読心術を使ってもそう解るものでもないので、そこまで好きでは無いのだが、今のシャルはそうだとしか言いようがない。


 彼女は妹である前に、男を包み込んでくれる一人の女である。

 男は女を感じられるようプログラミングされた生き物なのだと思った。

 そういえば、はじめてシャルがボクの事を『綺麗』と言ってくれたのはこの目だったっけ。


 ニコリと微笑み、細い窓を指差した。


「お兄様、お空が凄くて綺麗なのじゃ!」


 黄昏時の空はオレンジと紫のグラデーションで染まっていた。

 太陽が地平線に近付くと、光が地表に行きつく過程で青や緑と言った短い波長の光は大気中で散乱を起こして、赤・オレンジ・そして紫などの長い波長の光が残されるからだ。

 低い高度で飛んでいるので、よく見える海面は夕日の色に照らされて、アポロ自身が発する風圧で金の波紋を描く。


 しかし、そんな理屈はどうでも良いなと思った。

 ボクはポツリ。自然と唇が動いていた。


「綺麗……」

「じゃろ?」


 何時も通りにニカッと満面の笑みを輝かせ、ボクの肩に頭を乗せてもたれ掛かって来た。

 狭い中で息遣いが身体で感じられた。


「色々あったけど妾は今、此処に来れて良かったと思っておるよ。

とうとうアポロが飛んで、念願叶ったのじゃから。どれもこれも、お兄様が頑張ってくれたお陰なのじゃ」


 そこで一拍付いたのが、身体を通して伝わって来た。

 彼女は口元をボクの耳に近付け、耳打ちするような息のかかる距離で続きを紡ぐ。


「また、お兄様の良い所が見つかって、もっと大好きになってしまったの。

妾はこの景色を一生忘れんのじゃ」


 トーンの上がるソプラノボイスだったが、ボクの心にはズンと落ちるように感じた。

 箱の向こうには大きな世界が広がって、箱の中には深い世界がある。

 背筋を伸ばしてストレッチ。


 シャルの言う通りだ。

 目的は既に達した。残っているのは後始末だ。

 皆でやれば、時間もかけずに済むものではないか。


「シャル……。驚かずに聞いてくれるかい?」

「……ふむ。了解なのじゃ」

「あの半魚人……。

『彼』の名前は【ジョナサン・レオンハート】という人間だった」

「……そうかや」


 シャルは少し辛そうな顔をして、それでも受け止めた。

 やっぱ察してはいたか。ボクが半魚人の話題になると、何かを隠し出す事。


「ごめん。隠し事をされるのは嫌だったよね。

でも、嫌な気持ちで旅行をするより、今は隠して後で言った方がずっと良いと思ったんだ」

「まあの……。そういうお兄様の甲斐性のあり方は嫌いでは無いのじゃ。

今は必要になった、それだけの事なのじゃ。感情では置いてきぼりにされたようで、どうも気に喰わんが」

「ごめんね」


 こういう時の男は誠意を以て謝るしか出来ないものだ。

 ベッドと呼ぶには硬い鉄の箱で、ギュっと彼女を抱く。

 胸の中で彼女は囁く。ピロートークと言うのはやや辛口な声色だ。


「で、続きはどうなのじゃ?」

「うん。彼はお爺様よりひとまわり前の、大航海時代の世代の人間だ。

職業は結構偉い水兵だったから、今回の戦略も彼が下準備をしていたと思われる。

ウチの初代様と同様に王国の歴史からは葬り去られたけど、ラッキーダスト家の歴史書にはやった事も残っているし戸籍もある。

所々に隠し切れていない話もあるけれどね。このオリオンに残る半魚人伝説なんて正にそれさ」

「……その最たるものが、ピーたんの体験談かの?」

「鋭いね」

「女はちゃんと見ているものなのじゃ」


 二本の人差し指で目の外端を上げて、『鋭い目付き』という物を作って見せる。

 先ほどの母性的な物とは違い、子供らしい態度。

 不謹慎かも知れないが、これだからシャルは魅力的だと思う。


 頭を撫でたいが我慢。

 故にどうとも取れるよう、抱く形を少し変える。


「繊細なことだ。だからこそ脆く、守ってあげたくなる」

「お兄様はガラスのハートじゃがの」

「うぐっ。まあ、時と場合によるものさ。少なくともさっきよりは元気が出たし!」

「ふふ……そうかや」


 彼女は片手をボクの腕に添えて、甘えるように体重を委ねる。

 頬の柔らかな感触を感じ、話を続けた。


「記録によれば、彼は海での共同計画という事でリトルホエール復活プロジェクトに関わってピーたんと出会ったらしいのだが、そのまま結婚して一子を儲けたらしい」

「お義母様がピーたんに対して言った『貴女だって一度は結婚した身でしょうに!』というヤツじゃな」


 あのトラウマをほじくり返されて凍り付いた状況でちゃんと聞いてくれていたんだ。

 声には出さないが、頑張ったねと感心する。


「そんなピーたんとジョナサンだが、『事故』により子供を喪ってしまう」

「それが今の状況のはじまりかや?」

「う~ん、判断が難しいなあ。

実は、寧ろ前もって共同作戦中の『事件』があったからこそ『結末』とも言えるし」

「もったいぶるの」

「まあ、詳しくは本人に聞いてみる方が良いさ。

ボクもバルザックがどう動いていたのかとか、色々聞きたい事もあるんだ」


 窓から覗く先は、到着する為の砂地。はじまりの地。

 こうして上からみると改めて結構な敷地である事が分かる、坂の上のドラゴン牧場であった。

 さあ、ピーたんに会いに行こう。

読んで頂きありがとう御座います。


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