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357  空を自由に飛びたいな

 ボク達にあって向こうにはない物。

 それは多少の不安では揺るがず、打ち合わせでもしたかのようなチームワークを発揮できる『信頼』だ。


 エミリー先生はこのままでは飛べないと言ったが、『それだけ』である。

 天才のエミリー先生なのでどうにかする術があるのだろう。

 だからボクはボクのやれることをしようと思う。


「アセナッ!」

「おうっ!」


 アセナに向かってヨーヨーを飛ばす。

 彼女は裸一貫でもどうにかするだけの身体能力は持っているが、これを握ってアポロに乗るのが一番確実で安全だ。

 負担をかけないよう、ヨーヨーは指でなくアポロの首にクリルと巻いて固定しているのがポイントである。

 ある程度は指輪の力で分散できるけど、加速中のドラゴンは流石にね。


 一瞬の戦いがはじまった。


 アセナはヨーヨー部を鷲掴みでパシンと掴むと、金時計特有の鏡面を半魚人に向けて太陽光の反射で目潰し。

 怯んだところで鎖に持ち替えて、遠心力を付けて投げ飛ばす。

 相手の両足首に巻き付けられた。まるで足で行う投げ縄だ。


 両足を縄で縛られた状態で、その縄をトラックに引っ張られるとどうなるかを想像してくれればいい。

流石にフィジカルお化けの半魚人といえども、地上最強種であるドラゴンの全力疾走には勝てなかったのだろう。

 思い切り砂浜に倒れて、引っ張られたのである。


 こうして剥き出しになるのは、顎。

 人間ならそこを狙うが、半魚人の場合は骨格が違う。

 なので狙うはその横。首の辺りでパクパクと開閉している『エラ』である。

 魚の解体では、ここを取れば包丁を入れ易くなるし、実際に戦いの最中は庇っていた箇所だ。

 アセナはサッカーボールキックの動きで、爪先をエラに突っ込んだ。


「往生せいやああああっ!」


──ベリッ


 獣人の脚力とドラゴンの加速も相まって、剥がれたエラは強引に引き剥がされた。


「GYAAAAAA!」


 半魚人は本気で痛そうな叫びを上げながら、赤い血がドクドクと出ているエラを手で抑えた。

 再生が作用しないのは、部位破壊レベルの大怪我だからだろうか。

 アセナは蹴飛ばした方の足の指を使ってピンと張られた鎖を掴み、もう片足でバックステップ。


 そのまま虚空に向かって回し蹴りを放った。

 特に当てる物は無い。


 だが、蹴る力を上手く使って、足指で握った鎖を振り操作する事が出来る。獣人の脚は狼の様に力強い。

 そんな軌道のコントロールによって、半魚人の足が鎖からすっぽ抜けた。


「ほれ。お前らのリーダーだ。大切にしてやんな!」


 行先は、はじめにアポロを煽っていた集団。


 集団の中心に落ちて来た半魚人で「ワー」だの「キャー」だの悲鳴を上げて、揉みくちゃになっているのが分かった。

 やはり、別に仲間意識があるとかリーダーとして認めているとかではなかったらしい。

 出来ていたら無差別な広範囲攻撃なんかしないだろうしね。


 アセナは手に鎖を握り直し、二本の脚を使って疾風怒濤の勢いでアポロよりも速く走る。

 その勢いを利用し、飛んでいるかと錯覚する程の跳躍。

 エミリー先生は合図を上げた。


「突風の魔術だ、ネモ君」

「はいっ!」


 使うのは戦っている最中や休んでいる時間に、ネモがずっと体内で精製し続けていた魔力。

 魔術書を広げて砂浜に向かい、ありったけの風を起こした。


 狙いはアセナが飛び移る際の負荷の緩和だ。

 例えるなら思い切り椅子に飛び乗ったから、壊れるような衝撃をクッションで緩和しようという事だ。


 別の効果として、砂煙を起こす事で背後からの飛び道具の命中率を下げるのもある。

 『神風』が決着をつけてくれる程戦いは甘くないが、そうした小さな要素が積み重なって決着が付くのもまた戦い。


「さあ、飛ぼう!

力が足りないなら補えばいい。それだけさ」


 砂煙で『盾』をする必要が弱まったところで、エミリー先生はクロユリを天に掲げた。


 さて。突然ではあるが、エミリー5つ道具の『月夜の羽衣』と『クロユリ』の違いを前に聞いた事がある。

 同様に液体金属が使われた道具であるのなら、そのドレスでもクロユリと同じ事は出来ないかという疑問があったのだ。


 答えは「ざ~んねん、出来ないんだな~」だ。

 何故なら、それらの最も大きな違いは『器械』と『機械』の違いだからだと言った。つまり動力で動くか否かだ。

 一瞬で鉄塊を粉末にするレベルの回転力を生み出す動力機関(エンジン)こそがクロユリの本質なのだ。


 逆を言えば大体の『動力』の代用が出来てしまう、恐ろしい発明品とも言える。

 機関車に組み込めばあの巨大な火室は不要になるし、ミサイルに組み込めば惑星の裏側にでも届きそうな大陸間弾道だって実現できる。


 故に、今から起こる事もそこまで不思議な事では無かった。


「へ~ん……しんっ」


 傘部の布地が、植物が枯れる様子をハイスピードで見ているかのように減っていく。

 正確に言えば、一部の部位に対する液体金属の密度が上がっている。

 段々と傘の骨を芯として『花びら』の形へ変化していき、この状況だというのに美しいと感じてしまうのは、機能的に優れた形状は美にすら組み込まれていくからだろうか。


 花びらそれぞれの形が複数の刀のようになるのは、『峰』が風を切り裂いて面の上下に気流の変化を付けていく為。

 それによって刀の下から押す力が上の力よりも大きくなり、上に向かって飛ぶ事が出来る。その為、刀は斜め向きに角度が付けられる。


 この力を、人は『揚力』と呼ぶ。


「ヘリ・コプ・ター!」


 プロペラの形に変化したクロユリは、自慢の動力によって激しく回り、ボク達全員が搭載されたアポロを見事に浮かせたのである。

 方向転換に関してはアポロ自身が翼を使えば良い。


「……と、ノリで言ってみたのは良いけど、やっぱ人力で支えるのはキツいものがあるね。アセナー、手伝ってー」

「ああ、了解だ。お疲れさん」


 パワードスーツで膂力を強化し安全帯を掴んで位置を固定。

 更に他の液体金属をアポロの胴体に回して補強しているとはいえ、アポロを浮かせるだけの力を片手で支えているのだからそれは辛い。

 アセナはアポロの背面を這うように歩き、足に安全帯を嵌めると両手で持って支えるのを手伝った。


 それから暫く。

 無事に翼が気流に乗った事でヘリコプターを止め、エミリー先生も空の旅を満喫する事になる。


 その一方でチラリと見えたのは、魚雷の反動でボロボロになっても尚戦い続けるプテリゴ号の姿だ。なんとか生きていたらしい。

 しかし装備は無くなり、装甲版は所々で剥がれ落ち、最後に残ったハサミを振り回すその姿は最後の煌めきにも見える。


 事実、この後バルザックが無事に帰って来る事はなかった。

読んで頂きありがとう御座います。


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