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354 高コスト技ひとつセットして容量がいっぱいになった人

 互いにカウンター待ちのチキンレース。

 此方が動けば海からの奇襲で全滅だし、向こうから動けばエミリー先生の必殺技が向こうを全滅させる。

 故にやや冷や汗。アセナが隙を作る一瞬を待っていると、呑んだ唾が食道を伝う感覚を鋭敏に感じる。

 心臓をキュンと締められるようだった。


 しかし心構えが変わったからといって、やる事が変わった訳ではない。


 敢えて言うなら、ネモに疲労の色が見え始めてきた事だろうか。

 この炎天下で普通に殴ったり蹴ったりで、身体を動かし続けた結果だ。

 突風の魔術を一回派手に使ってしまったのと脱出用の温存で、魔力を肉体強化に使えないのである。

 寧ろよく頑張ったともいえる。


 魔術書って作るの手間掛かるし、かなり構成が複雑そうな突風以外の魔術は持ってないんだろうなあ。

 高コスト技ひとつセットして容量がいっぱいになった人みたいだ。

 ノートの性質で理論上は無限に増やせるが、労力はまた別なのである。


「休む?」


 ボクの言葉数は少ない。

 しかし、よく聞こえるように心がけているつもりだ。

 故にネモは振り向いて、その顔の所々は赤く腫れていた。


「……大丈夫か?」


 彼も体力的に一言しか喋れないが、互いに頭が働いているので言いたい事は理解出来た。

 人は共通の敵を作ると仲が良くなるというべきか。会ってから最も意気投合した瞬間だ。


 此処は簡易の『城』になっている。

 サイズの大きなアポロを基礎として、重力フィールドで『堀』を作り液体金属の『城壁』を模しているのである。

 そして城を落とすには、三倍の戦力が必要なのだ。


「少し休むくらいなら問題なし」

「すまんな」


 彼はアポロの皮膜の上に倒れ込んだ。

 帰りの馬車で飲もうと思っていた瓶ラムネを渡すと、炭酸に構う事無く水のようにガブガブと飲み出した。

 胃に溜まった炭酸を吐くと、全身からドッと汗が噴き出す。

 そして一瞬でシャワーでも浴びたかのような見た目になったのだった。


 彼は一息吹くと、休憩をはじめる。気分転換に雑談をはじめた。

 緊張感が無いとも言われそうだが、黙っていると余計疲れるからだと、軍の講習で聞いた事がある。

 人付き合いの苦手なボクにはよく分からない感性だが、社交的な人はそういうタイプがよく居るらしい。


「ふ~……、そういえばコイツで飛んで逃げるのは良いけど、アセナさんは置いてって良いのか?」

「アセナはアポロより速く走れるから加速中に追い付けるし、滑空で飛ぶからジャンプでもある程度はどうにか届く」

「すげえな。安心できるよ」


 そんな強いアセナでも、今は足止めが精一杯だとは言及しない。

 誰でも解り切った事をポンと言って、ネガティブな空気を作るなんてつまらない。誰も言わないから話し出して「知ってて偉いね」なんていかないのだ。

 とはいえ、それを言う事利益に繋がるならば、ネガティブな事を言っても正解である。


 口を開いたのはシャルだった。


「そういえば、実は水軍とかを洗脳していて、軍艦が海から大砲を撃ってくるとかはあるんじゃないかの」

「それは逆に足枷だな。浅瀬だしシーサーペントが居るし」


 答えたのはネモ。

 なんだかんだでお国柄、海戦に関してはボクより詳しかったりするんだよなあ。


 岩が沢山あったり巨大生物が蠢いたりしていると、船は上手く動けない。

 特にシーサーペントなんて言う『生きる岩礁』なんて溜まったものではない。

 だから昔の戦争だと海路を知り尽くしている海賊が重宝されたり、最新兵器で固めた大型船が負けたりする。

 ボクの記憶の中で、莫大な利益を齎す大真珠湖の湖賊を国が追い払えなかったのもそんな理由だったね。


「ふ~ん。でも、プテリゴ号みたいな魔力波動装置の付いた潜水艦はいけそうじゃの」

「出撃の許可が出ればな。

アレを動かすには専門知識のあるクルーが複数必要になるが、この辺は知識人の比率の関係で貴族ばかりだ。俺はドゥガルド様とエミリー先生の温情で入れて貰っただけだし」

「あんなに人が居たのにかの?」

「一般作業員は、まあ貴族じゃなくても良い。

でも、プテリゴ号は最新技術だからな。自転車を漕げるからってロボットに乗って自由自在に動かすって訳にもいかねえさ」


 ラムネを一飲みで大分減らす。

 知識を披露する場というのは楽しいのか、疲れの色が抜けてきていた。健全な精神の力って凄いんだなあ。


 そんな会話をしている最中、エミリー先生が眉を潜めた。

 近くに居た為か異性として気になっているからなのか、ネモが真っ先に聞いた。


「なにか動きでもありました?」

「ん、まあね。敢えて言うなら、脱出はアセナに頼る必要は無くなったかも知れない」

「それってどういう……」


 言葉を投げようとした瞬間、事は起きた。


───ザバン


 先ずは水柱が上がった。

 シーサーペントが此方に飛び掛かった時も上がったが、アレは身体の輪郭に沿って細長く上がっていたのに対し、此方は途中で広く拡散している。

 つまり力の源は海中であり、それが海面に昇る事で拡散した事を示している。


 海が真っ赤に染まっていくのは明らかに血液によるもの。

 プカリと浮いてくるのは、二つに分断されたシーサーペント。傷跡は破れたようにボロボロで、水兵のボクはそれが爆発による傷だと察する事が出来た。

 つまり『魚雷』だ。


───ザバン


 更に水柱。

 今度はシーサーペントそのものが、『金色のハサミ』に挟まれた状態で飛び出して来た。

 突然持ち上げられて、慣れない空気の中じたばた暴れながらハサミに巻き付き、歯を突き立てる。

 しかし深海調査を前提とした超合金にそんなものは通用しない。

 そのままハサミが閉じられ、シーサーペントは背骨ごと切断された。ボクが見た時はあんなに鋭利な刃物ではなかった筈なのだが、恐らく形状変化機能と思われる。

 アポロが用途によって歯の形を変える時も使われる、魔骨ならではの性質だ。


───ザバン


 浅瀬故にその正体が、半分だけ顔を出した。

 真鍮の如く金色の装甲。沢山の窓と大きなハサミ。

 その姿は正しく、試作型海底調査艦【プテリゴ号】。


 先ほどまで出撃は無理と言われてきた最新の『兵器』が、味方として現れたのだった。


 ……で、誰がどのような許可を得て乗っているんだ?

 互いに待ちのこの状況。不確定要素が入れば簡単に崩れる。

 貴族社会で生きるボクにはまるで、「作られた状況」のようにも見えるんだよ。


 都合が良すぎて様々な疑問が否めないのは、ボクがツマラナイ子供だからだろうか。

読んで頂きありがとう御座います。


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