353 脱出計画
とても不安そうな顔で、シャルは言った。
「これからどうなるのじゃ?」
まるで戦争物語のワンシーンだな。
分類すれば内乱の一種なので、実際戦争と言えば戦争なのだけど。
幸福なのは物語中の子供は根拠のない励ましをするけど、ボクは計画を管理する立場に居て状況を理解出来ているという事か。
「全員でアポロに乗って脱出だね。
催眠術士である半魚人があそこに出て来てアセナが食い止めている以上、奇襲でアポロを取られるという事はなくなった」
視線の先では、アセナが半魚人に格闘を挑んでいた。
半魚人の周りをアクロバティックに動き回り翻弄し、ヒュンと弾丸のような鋭い蹴りや肘打ち等を合間に入れる。
だというのに、深海勢らしく無茶苦茶な硬さの鱗に阻まれ打撃が通らない。
十メートル以上の高さから思い切り叩き付けられて無傷なのは伊達ではないらしい
完全に人間を辞めているせいなのか純粋な力ではルパ族の獣人であるアセナより上ではあるが、急所はあるらしく眼球やエラへの攻撃には防御が入っていた。
しかし技量と速度では完全にアセナの勝ち。
驚異的な察知能力もあるが、戦士としての経験値が違い過ぎた。
半魚人側は殴りかかったり噛み付いたりするも蝶の如く当たり前に躱し、流れで手首などを掴んで反撃としてバリツでの投げや関節技。
相手の力を使う技術な分、普通に殴るより攻撃らしいダメージが通っていた。
尤も特殊能力なのだろう。腕がへし折れて骨がはみ出たりしても、時間の巻き戻しを見るかのように直ぐに再生してしまうのが厄介なところ。
その為、特殊能力系の技を使う様になってくる。
剃刀のように変質した鱗をショットガンのように飛ばしたり、口から吹き出した胃酸をウォーターカッターにして広範囲に薙ぎ払うなど。
アセナは改造人間との戦いで不意打ちのギミックにも慣れているのか、それらすら上手に躱す。
範囲の関係で此方に飛んで来る攻撃もあるが、エミリー先生が液体金属の盾を何重にも展開して防いでくれていた。
ただし砕けたり溶けたりで跡形もなくなった施設や木がその威力を物語っているのだった。
あの施設、お金かかっているのに勿体ないなあ。
経費で落とそうにもプライベートビーチだから、ポケットモンスターマネーから落とさざるを得ないじゃないか。
「あのままアセナが倒してくれれば暗部の伝令を受けたお爺様の援軍がやって来て、脱出の心配もなく『めでたしめでたし』で終わってくれるんだけどね。
只、今回はどうも互いに決定打に欠ける感じ。
もっと人間らしい敵なら裸締めなんかで一撃必殺だけど、長く組み付き続けると剃刀みたいな鱗を逆立ててくるだろうし。そもそも人間の呼吸器を前提にした攻撃が通るか怪しい。
で、ボク達はまばらにやってくる人形達の相手で動けないからアセナの援護も出来ない」
言いつつヨーヨーを飛ばしてまた一人、洗脳された人を昏倒させた。
彼が持っていた『ライフル銃』が砂浜に落ちる。
たまに飛び道具を持っていたりするから油断できないんだよなあ。
経験者なのか弓やクロスボウを持っているケースもあるし。人形の思考力はゾンビだけど、武器を使う知能を失った訳じゃないのだ。
もしもの時はエミリー先生がさっきみたく液体金属の盾で守ってくれるし、軌道が重力フィールドの上を通る場合は此方へ届く前に地面に落ちてくれるから、かなり安全ではあるのだけど。
不幸中の幸いは、さっきまで遠くから強気の態度でアポロを煽っていた連中が黙りつつある事か。
半魚人の派手な技はとばっちりが酷そうだもんね。
だから前に出て人形達の指揮を取る事もなくなっているので、明らかに集団として弱くなっている。
『軍隊』が『烏合の衆』になった訳だな。
鉄箱に入っているボクはヨーヨーを放つしか出来ないし、母上は連戦で虫のストックが少なくなっているし、ネモは先程魔力を使ってしまったので只の喧嘩になっているが、かなり対処に余裕はあった。
「ふーむ。拮抗しているなら、エミリー先生が加勢すれば倒せるんじゃないかの?」
「かもね。只、エミリー先生には『盾』として流れ弾からボク達を守る役割があるし、それを考えているのは半魚人も一緒さ」
「洗脳された人達をぶつけるのかの?」
「いや、その程度ならアセナにとっては居ないも同然だし、数の暴力を使おうにも此方で対処できる。
ただ、『ボク達の警戒を逸らす為の武器』がまだ向こうにある事がね」
「ほへ?あのでっかいシーサーペントじゃないのかや」
先程飛び出したシーサーペントは、砂浜に倒れてピクピクと痙攣していた。目が白目を剥いて、舌がデロンと出ている。
半魚人も序盤は特殊能力ではなく身体能力に頼った動きだったので流れ弾は少なく、悪質なまでに魔力波動を浴びせ続ける余裕があったのである。
その実行犯であるエミリー先生が会話に入って来る。
「半分正解さ。でも、一匹じゃない」
彼女は海に向かって義眼を赤く光らせ、液体金属で海を上から見た図を描いた。ソナーの技術である。
海中に居る細長い影が、ボク達を半包囲するような形で留まっていた。
「シーサーペントは複数待機していて、合図と共に襲い掛かれるようになっているね。このままアポロが飛べば海中から襲い掛かられるだけだ」
「やはりですか。
『拮抗を崩す要素』の手札は、数と準備に時間をかけられた向こうの方が多いですからねえ」
「だから、隙をついて脱出……と、いうところですかの?」
「そういう事さ。
人形が役に立たない以上、シーサーペントで援軍を出さざるを得ない。
特殊能力に頼り始めているし、そろそろ一気に出て来ると思う。一匹ずつでは私一人が対処できると証明できた訳だしね。
ただ、そこまで大規模な攻撃は一種の隙でもある」
ややハッタリだな。
魔力波でシーサーペントを攻略するには時間が掛かり、盾の役割をしている彼女がそれに時間を掛けてしまえば流れ弾の危険性が上がる。
下手すれば人形の銃でやられる可能性もある。
しかし、半魚人には「シーサーペントがエミリー先生にやられた」という事実を見せているので、抑止力足りえるという事だろう。
そして読心術を見るに、魔力波とは別に本当にどうにかする術も『持っている』というのも読心術で読み取れた。
「一気に出て来たところを私の『最強技』で殲滅して、その際に出来た隙を使ってアポロで脱出する。
ただ、これを使えば暫く同じ技は使えないから、コンビネーションが鍵だ。
みんな頼んだよ」
クロユリを指でコツンと叩く彼女は、珍しく緊張していた。
後で聞いた話だが、確かにクロユリは消滅レベルの回転力を持つドリルとして使うのが基本である。
しかしそれは『二番目』に威力の高い兵装だ。
人間ではなく、軍隊や巨大生物を想定した兵装もあったのである。
尤も結論を言えば『此処』では使う必要が無くなったが。
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