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348 壊される箱庭

 郵便用の箱(ダンボール)とか、おもちゃ箱とかの中に入って遊んだ事とかあるだろう?

 今の気分は正にそんな感覚。童心に帰った気分だ。

 かく言うボクは現在進行形で子供な訳だが、子供ほど「子供の頃は」という言葉を使いたがる。

 だからボクが使っても微笑ましい顔で頭ナデナデされるだけで支障はないのである。


 そんな訳で、箱の中の薄暗い空間。

 頼りになるのはポズトの入り口のような細い窓から覗く日光。

 隣に居るシャルの肌が密着していた。


「子供二人とはいえ、意外と広くてビックリなのじゃ」

「言ってしまえば貴賓席だからね。

見た目以上に快適な環境になるよう、馬車職人の技術なんかで内部構造が弄られているって聞いた」


 ボク達兄妹が収まっている、此処は鉄箱。


 アポロが船舶脱出用ドラゴンとして使われる際、避難民が入る為の物だ。

 ボクが先程言った通り、この鉄箱は快適に過ごせるよう様々な工夫が凝らされていて、もしもアポロが着水に失敗したとしてもボク達が潰される事はない。

 象が踏んでもなんとやら。100人乗ってもなんとやら。


 太陽が当たっているのに関わらず快適な温度・湿度を維持し続け、つまりは材質も鉄に見えるだけで『鉄』ではない。

 特にエミリー先生に調べて貰って驚いたのは、潜水艦と同様の技術が使われており厳重な生命維持装置によって、暫くの漂流生活が可能という事だ。


 どうしてこんな物がプライベートビーチにあったかと言えば、「あったから」としか言いようがない。

 偶然で無いのは確かだが、偶然でない理由が浮かび過ぎて「あったから」で済ませてしまうのが一番良い。


「シャルが言い出して半日くらいかな?

結構時間が掛かっちゃったけど、いよいよ応えられそうだ。待たせたね」

「うむ。こんなワガママに付き合ってくれて、お兄様に感謝なのじゃ!」


 そう。ボク達がこんな箱に収まっているのは別に何かから逃げ出すという訳では無い。

 シャルの当初の目的を果たす為だ。

 潜水艦を操縦したり、なんやかんやと寄り道したけど、元々は「ドラゴンに乗って空を飛びたい」という願いに応える為に行動していた訳だからね。


 追記するなら、実はスケジュール的にオリオン滞在最終日でこの状況を作る事も可能ではある。船に乗る時間を夜にすれば良いだけなのだから。

 ただ、放置しておいたらモヤモヤしたままの滞在期間を過ごす事になるし、何より、今が一番アポロと心の距離が近い。

 思い付きであれ、後回しにせず「今」と思った時こそ、最も適した日なのだろう。踏み出す事が苦手なボク単体では出来ない事だがね。


「じゃあ、いくぞ~」

「「はーい」」


 外から、アポロに跨っているアセナの声がした。


 いよいよなのだ。

 潜水艦に乗る荒療治が意外と良かったのかも知れない。あの後のアポロは、意外にもやる気で積極性を見せていた。

 それは『追い風』があるという安心があるからかも知れない。


 ネモが手を貸してくれたのだ。

 彼の『ポケット図書館』は、自分が書いた物なら魔術書だって再現できる。

 勿論かなりの手間暇がかかるのだが、そんな彼の持っている数少ない大魔術に『突風を起こす』という物があったのだ。

 なんとも都合が良いが、それもその筈。彼も帆船に乗っている時の切り札として、地道に書いた魔術書との事。

 彼なりに、『風雲児』ドゥガルドに近付きたかったそうだ。


 と、いう訳で此処からでは見えないが後ろにネモが待機している。

 後はワクワク半分で待っている。

 たったそれだけなのだが、この期に及んでそれが出来ない事態がやってきた。今回はネモのせいではない。


 危機が訪れるのは突然の事である。


「居たぞ!あれが例の凶暴なドラゴンだ!」

「……誰?」


 思わず呟いてしまう。マジで知らない声だぞ。

 若い男の声ではあるんだけど、此処にボク以外の男といえばネモとアポロしか居ない。

 暗部の人達も隠れているかも知れないが、取り敢えず除外で考える事にする。


「アセナ、ちょっと顔出して良い?」


 まあ、『考える』とはいうもの、結局は情報収集からはじめる訳だが。

 知識にない物でうんうん悩んでも無駄なのだ。

 アセナは珍しく低い声で言った。読心術で感じ取れるそれは『強い嫌悪感』である。


「……見てて気持ちいいもんじゃねえし、縮こまっていても此処にある『戦力』なら多分解決出来る。それでも良いなら」


 ボクは迷わず、パカリと上の蓋を開けて外を見た。

 目に入ったのは夕焼け気味の太陽。そして、それを背にする大量の人影。

 中身の無い空虚な憎しみを乗せ、様々な罵声が飛んできた。


「あのドラゴンが俺たちの税金を吸っているんだ!」

「見ろよあの顔。今はぶりっ子してるけど、絶対何時か人を襲うぞ。何が『キュイッ』だよ!」

「将来は船乗りの仕事を奪うとも聞いているぞ」

「ドラゴンを量産して、国に反旗を翻して成金が王に取って代わろうとしているらしいな」


 枝の様に次々と生えてくるのは、根も葉もない幼稚な陰謀論だった。

 だってあの連中の言っている事って、別にドラゴンである必要が無いじゃないか。

 父上がやろうと思えば、別にドラゴンが無くてもやれているよ。どうもこの連中は父上に『生かされている』立場であるという危機感が抜けているらしい。

 ぽかんとしていると、人の顔や声を覚えるのが得意なシャルが言った。


「あの連中、港の方でアポロの事を良くない眼で見ていた奴らじゃな」


 確かにあの時、アポロを見るなり嫌な顔をして目を逸らして何も言わない連中がちらほら居た。

 色々な知識を貪欲に得初めて、意味を解ったつもりでやたら難しい言葉を使いたがる。そんな年頃の者達である。

 故にこの状況、裏で何かが動いているのがよく分かる。


 手に持っているのは鉈やらスコップやら。あれでこのプライベートビーチを区切る林を破壊してきたらしい。

 肉体労働ご苦労な事だ。反逆罪は重罪だというのに。

読んで頂きありがとう御座います。


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