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343 世界で一番お姫様

 やっぱ普通にしてると地味だからだろうか。

 料理対決って、対戦者の姿絵をファイティングポーズにしたりスモークを拭き出したり、派手な演出するよなあ。


「頭か尻尾か。お昼の……ごちゅ~もんは、どっち!?

先ずは丁寧な仕事が魅力。よく見れば飾りつけも勉強した様子。ネロ君のにゅ~じょ~……でっす!」


 どこか懐かしいノリでエミリー先生が握りこぶしを上に掲げると、演出用のスモークが下から噴き出てきた。

 此処って料理対決もよくあるから、常備しているらしい。高出力魔力灯でのレーザー演出なんていうのもあったが、これは夜限定との事。


 スモークの中を自信満々で進み出るはネモ。

 なんか切り替えが早いのは、この時の為に力を溜めていたからだと思われる。爽やか系に見えるけど、ぶっちゃけコイツ結構ねちっこい。


「と、いう訳で自信作だ。食べてくれ!」

「料理対決で先制って負けフラグ……」

「じゃかしい」


 油に浸かったルビーのような赤身肉が、入り組んだ霜降りを強調する。

 大皿に盛られているのは、リトルホエールの生の切り身だった


「リトルホエールのカルパッチョだ!

普通なら先ずお目にかかれない尾の身とオリオンの伝統がコラボレーションした絶品です!」


 魚を生で食べるというのは、新鮮なまま魚を得られる港町ではよくある事だった。

 特にもろみ醤油を漬けて食べるのが、お金持ちの贅沢と言われている。

 そうした背景もあり、オリオンでカルパッチョが研究されるのは自然な歴史であり、今に至るまでリトルホエールに合うレシピが研究されてきたのである。

 きっと彼が先輩に食べさせて貰ったというリトルホエール料理もコレだったのではないかと思われる。


 数世紀単位の長い伝統によって調味料の絶対比が確立されており、ネモのような素人でもカルパッチョならかなり美味しい物が作れるようになったのである。


 赤身は繊維に逆らい3mmの厚さに切ってやわらかな触感を出す定番のパターンだが、更にミートハンマーで叩いて舌触りを良くしてある。

 塩コショウをすりこみ少し寝かせ、トマト・薄切りニンニク・玉葱・ハーブ。更にバルサミコ酢とオリーブオイルで作ったソースをかけて出来上がり。

 手順は簡単だが、時間がかかったのは仕込みの時間だろうか。


 赤身魚には醤油が合うのが定説であるが、リトルホエールは薄めの味付けを付けて素材の味を楽しむ事が好まれる。

 じゃあ玉葱やらニンニクやらじゃんじゃんかかっているのは良いのかと言えば、意外と消えないものらしい。

 流石ドラゴンの肉だ。


「お~、美味しそうじゃな。どれどれ」


 シャルがフォークを近づけパクリと一口。

 その途端、ペカリと大袈裟に顔が輝いた。

 別に物理的に輝いている訳ではないが、表現として光輝くばかりの感動とかそんな感じ。


「おおおお~!

これは……ツンとした薬味と()いソース。甘いハーブ。

それらを力強い肉の旨味と、絶妙なバランスでブレンドされた霜降り脂やオリーブオイルが纏めて、う~ま~い~の~じゃああああ!」


 アオーン。


 水平線に向かい、雄たけびを上げるシャル。

 その様は野獣!もしくはリアクション芸人。

 エミリー先生やアセナも頷きながら咀嚼し舌鼓を打っている。貴族夫人なのでグルメの母上も難しい顔だが、納得はしている様子。

 つまりは全体的に高評価という事だな。


 ボクも一切れ食べてモグモグ。

 うん、美味い。『予想通り』だね。


 と、いう訳でボクもお披露目。

 ボクは黙って料理を持ち上げただけであるが、エミリー先生は良い人なのでスモークが吹き荒れて、声を張って盛り上げようと頑張ってくれた。


「さあっ、対するアダマス君も負けてはいないぞ。

彼が持ってきたのは……デカァァァァァいッ説明不要!!」


 ズンと置かれる頭丸ごと。

 脂肪で大きく肥大化した額、猪のような牙、カバのような顎。

 それは紛れもなく、子供が落書きで描いたような『ドラゴン』の顔である。

 高性能オーブンによる適切な焼き加減がなんとも食欲を誘うじゃないか。

 こんがり上手に焼けました。


「リトルホエールのカブト焼き……好きに食べていってよ」


 ばばーん。

 様式美という事で、ボクも料理名紹介。

 ぶっちゃけ口下手のボクは大した紹介も出来ないが、ボク紹介と言ってるのだから紹介なのだ。

 

 飲み物としてトロピカルドリンクも人数分用意する。貴族なので冷たい紅茶も考えたのだが、沢山の料理と一緒にガバガバ飲むとお腹によくないので止めた。


 母上がナイフで身を剥がす。場所は額。脂身が詰まっている部分であるが、それがオーブンで溶けて染み込んだ周囲の肉が絶品だ。

 そして気難しそうな審査員の顔で声を上げた。


「ふーん、なんとも味では負け色濃色な料理ね」

「どうしてですのじゃ。やっぱ機械任せで焼いただけという料理方法が悪かったのですかや」


 シャルの疑問に母上は答える。

 辛口コメントですが、その割に一番熱心に味わってくれてますよね。剥がすのにアセナを使ってもいないし。

 ありがとうございます。


「本格料理バトルって訳でも無いから技術はどうでもいいのだけれどね。

例えば一昔前に『手順が沢山ある料理こそ高級である』ってブームがあったんだけど、技術を詰め込み過ぎてなにがやりたいかよく分からない料理とか沢山あったわ。

ただ、コレの場合は純粋に料理が『熱い』わ。

お昼を少し過ぎた、この気温の下で食べる料理としては不向きと言わざるを得ないでしょう。

後、焼いているので水分量も少ない。

私達は運動して疲れた後なのだから、水気のある物が欲しくなるわね」


 貴女、砂浜で横になっていませんでしたっけ。

 と、いう気持ちも浮かんだが、審査員としての意見なのかも知れないし、総責任者なので実は子供を遊ばせる準備で、裏では物凄い忙しかったのかも知れない。

 潜水艦の書類発行とか竜車の確認作業とか。


 ドリンクを飲み一拍。そして母上は一言。


「ついでに見た目も、苦手な人は手を付けたく無いでしょう」

「なら、お兄様負けちゃうのかや?」

「シャルちゃんは優しいわね。自分の中で確固とした判断は既に出来ているのに、周囲の意見を汲み取ろうとする。だからこそ、頂点に立つのはアダマスという事でもあるのだけれど。

まあ、バッサリ言えばアダマスの勝ちね」

「えっ!?どういう事です」


 ネモが慌てて乗り出すと、再び自分の食べる分の肉を削ぎだす。

 何時の間にやら残った脂身はアセナとエミリー先生のプロフェッショナルな技によって解体されて、内側の肉が取れるようになっていた。

 なので母上は、そこを剥ぎながら話を続ける。


「だってシャルちゃんは『ドラゴン』が食べたかったのであって、小綺麗な『料理』が食べたい訳じゃないわ。

だったら、よりドラゴンらしさを出した方が勝つに決まっているじゃない」


 だよね。

 勝負方法はエミリー先生がシャルに丸投げした形な訳なので、これははじめから如何にシャルを満足させることが出来るかという勝負なのである。


 朝からワクワクしっぱなしの子供を、料理の『美味しさ』で満足させる事が出来るだろうか。

 否だとも。

 リトルホエールの顔は、シャルが期待に胸を膨らませてスケッチブックに描いた想像図とそっくりなのだ。

読んで頂きありがとう御座います。


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