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341 とろぴかる

 膝に海水を浸らせ、おっかなびっくりで足元を見ながら進むアポロ。

 その両手を、ボクとシャルで優しく掴んでゆっくりと引く。

 気分はさながら大きな蕪だ。


「はいはい、あんよがじょ~ず。あんよがじょ~ず」

「怖くな~い、怖くな~い、なのじゃっ!」

「きゅいっ、きゅいっ」


 普段はフジツボ狩りの仕事をしているのだから、泳ぐこと自体に抵抗は無い筈なんだ。

 頭脳レベルがボクと同世代位と考えるならば、未知への恐怖だろうか。

 つまり、高台から飛び降りられない子供のような感覚だと当たりを付けてみる。


 と、いう訳で。ゆっくりと海に慣れさせる事になったのである。

 ボク達が先に浸かっているから大丈夫だよと、辞めたければ何時だって辞めていいからね。そんな絶妙な意思表示。

 理屈では分かっているものの、人間同様に「なんか怖い」という事だろう。会話は出来ないので多分だが。


 尚、その頃の母上はボク達とは別の意味で海を満喫していた。

 麦わら帽子を被ってサングラスをかけ、ビーチに置かれたデッキチェアにゆったりと座っている。

 まるでハンモックであるかのようだ。


 因みに今の彼女の身の回りの世話をしているのはアセナ。

 ずっと持ち歩いている日傘は地面に立てられているが、それはそれとして貴族夫人には雑務をこなす役割のお付きが必要なのだ。

 例えばデッキチェアを組み立てたりもすれば、日傘を持って移動などをしたりする。そういう時は、パワーアシストを使うエミリー先生よりもアセナの方が手っ取り早い


 母上はパインアップルとオレンジで飾られているトロピカルドリンクをストローでチュウと飲む。

 キッチンからアセナに持ってこさせた物だ。

 ホントなんでもあったんだよ、あのキッチン。


 母上は息継ぎに一旦ストローから口を離すと、なんとなしにアセナへ問いかけた。


「結構経つけど、どれくらい進んだかしら」

「一馬身ってトコでしょうな。もう少しでお腹に浸れます。

でも確実に進んでいるのは、やはりご子息方が『楽しい』『一生懸命』という気持ちがアポロに伝わっているからと思われます」

「ふん、ウチの子達なのだから当然よ。私と一緒にドリンクを飲まないか誘ってみたけど、ドラゴン(オモチャ)に夢中になっちゃうし」

「それだけ熱心が故でしょうなあ。因みに成果が出せなかった場合は?」

「ドラゴンが悪いわ。海水を飲ませるの刑に処すわ」

「アイツ、人間の子供並の想像力あるんですから、あまりマジ風に言わんで下さいよ。ご子息が怪我するかも知れませんし、責任取るのはライダーの私なので」


 「アタシ」が「私」になったり確かな身分差はあるが、意外と打ち解けているところもあるのが見て取れたのだった。


 と、母上とアセナが漫才をしている間、これまで順調 (?)に進んでアポロの足取りがビクリと止まる。

 どうしたアポロ、このままじゃ母上の言葉通りに塩水を飲まされて漬物にされちゃうぞ。

 我らが妹様は一旦きょとんと首を傾げるが、何かを理解するかのように目を見開く。


「どうし……ん~、いや。なんか違うの」

「ふむ……あっ!」


 遅れてボクも気付いた。

 シャルの方が早いのは『誰とでも仲良くなる能力』が故だろうか。

 読心術は周りの判断材料から己の中で理を組み立てるが、仲良くなれる人というのはそういう事ではないのだろう。


 さて。

 アポロは先ほどまで足元を見ていたが、今は少し向こう側を見ている。首が動いた訳では無かったのと、かなり身長差があるから直ぐには気付けなかったな。

 つまり、視線の先に『何か』が現れた。もしくは『迫って来た』という事だ。


 ウチの子達は視線で伝える事が多いせいか、すっかり慣れた視線の先を追うに連れて首と身体を動かす運動をしてみると、水面に棒のような物が浮かんでいるのが分かった。

 だが、よくよく見れば母上が飲んでいるトロピカルドリンクを思い出す。


 つまりはストローだ。

 横にはプカリ。隠すつもりのないビーチボールが浮いていた。


「「エミリー先生!」」

「ふっふっふ、ば~れ~た~かぁ~」


 楽しそうな犯人がザバリと水中から現れた。

 彼女は咥えたままの『シュノーケル』から器用に声を出して答える。


 海水浴用という事で、長い髪は顔の右半分を隠すように束ねられて、背中に回っていた。

 なんとも複雑なやり方であるが、右目を失って以来、少なくとも外出時はそれを微妙に隠すような髪型に変えるようになったと聞く。

 6年続けている訳か。

 ボクはどんなエミリー先生でも綺麗だと思うけど、「自分の最も汚らわしい部分」という心理的な問題なんだろうな。


 何はともあれ、エミリー先生はビーチボールを手に取って、ニマッと笑う。


「さて。ダラッとマンネリ化してきたので、コレでテコ入れしたいと思うよ」

「メタメタですね」

「だが事実だろう?確かに優しい方法ではあるが、日が暮れてしまう」

「で、出来るんです?」

「まあ、やれるだけやってみるよ。と、いう訳でだ……海回!」


 ポンと手の平で、ボールを上に叩き出す。

 そして両手でトス。なるほど、ビーチバレーね。

 行先はシャルだが、これに何の意味があるというのか。エミリー先生の事だから、未意味とは考えられないが。


「うおっ!お兄様っ!」


 ああ、成程。シャルが回されたら、確かにボクに来るよね。

 と、そこでボールの面に映る赤い点滅。エミリー先生が義眼の光を当てて行う、単純なモールス信号だな。

 ちょっと早めだけど、まあ、水兵の将官としての教養で暗号文は慣れているので普通に読める。

 倍速視聴はロマンが無いと思うがね。


 ええと、なになに。

 色々と意図とか省けば、つまり『アポロに、バレーボールをさせろ』と。


「なるほどねえ。いけるかも」


 取り敢えず納得したので、ボクはトスの構えからアポロに狙いを定める。

 簡単そうだけど、意外と神経使うね。

 だってあの手でバレーボールなんて出来ないし、そもそもルールを教えちゃいない。

 でも、エミリー先生の意図を読み取ったら有効ではあるのが分かったし、ボクの器用さなら出来なくもない。


 故にボクのトスしたボールはポンとアポロの鼻先に当たり、パスが成立する。

 なあに、腕が使えないならイルカのような物とでも考えとけばいい。


 重要なのは行先だ。

 アポロが自分でぶつかりに行く訳ではないので、完全にボクの力加減による。

 サバイバルやらヨーヨーやら浅く広くやって、器用さを上げて良かったと思った。

読んで頂きありがとう御座います。


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