340 コテージでキャンプも悪くない
ボクの選択にネモは驚いた。
しかし一拍。直ぐにグッと顎と拳と決意を固めて意思表示。
つまりは元の状態に戻ったという事だな。
驚きに時間制限は無いのでスタン効果は期待できない。
何を言っているんだボクは。
兎にも角にも、彼にとって他人が何をするかより、己のベストを尽くす方が大切なのはよく分かった。
立派な志だ。
その心象を映すが如く、力強く立てた指で尻尾の付け根をなぞった。
「『尾の身』をお願いします」
「あいよっ。解っているねえ、『大トロ』たぁ流石オリオンっ子だ」
「外国人ですけどね」
アセナは気持ち良さげに歯を見せる。
ニマリと笑い、嬉しそうに尻尾を切り離しにかかる。
くしくもボクの選んだ頭とは、前後的な意味で対称的だった。
不思議と解体ショーは何度見ても飽きない。
ミュージカルよろしく作業を眺めていると、ミュージカルのお約束に沿って、シャルがクイとボクの海パンの端を引っ張って声を掛けて来たのだった。
こういう時、妹様の質問に答えさせて頂くのは一種のロマンだね。
「お兄様。大トロなのじゃから、お腹の辺りじゃないのかの?」
「確かにマグロだとそうだし、実際に脂も乗っている。
なのでリトルホエールは美味しく食べられる部分が多く、『大トロのあるクジラ』と揶揄される事もあるね。
ていうか、よくマグロの大トロがお腹って分かったね」
「うむ。オリオンが楽しみだったので、ついついマグロの部位名の載った本を読んでおったのじゃ!」
どや顔でピースサインを取った。勉強熱心な事でなによりだ。
その割に魚市場でマイナーな魚を知らなかったけど、時間不足だろうなあ。寝坊しない様に気合を入れて速めに寝ていたし。
微笑ましく思いつつ、丁度尻尾の断面が見えた場面だったので紹介した。
「さて。実はクジラにも『大トロ』が存在してね。
それがあの尻尾の付け根である『尾の身』と呼ばれる部分なのさ。
一匹から少ししかない本当の希少部位で、魚肉と獣肉の最良の部分を兼ね揃えていると言われている。
金貨何枚も使うような値段で取引される最高級の部位だ。
クジラの名を冠するからなのかどうかは不明だけど、リトルホエールにもソレが存在するのさ」
断面は霜降り肉のように細かなサシが入っていて、見ているだけでも美味しそう。
単なる観光客であれば、結構なお値段でお腹の肉を食べて満足してしまうが、真のセレブは此方を選ぶ、本物の高級部位である。
シャルは、ふと思い出したように聞く。
「最高級という事は、頭より美味しいって事かの」
「まあ、そういう事だね」
「……それってヤバいんじゃないかの」
「なあに、大丈夫さ。
シャルは楽しみにしていた物を、楽しみのままに食べればいい。ボクは皆のコックさんとして腕を振るうのみさ」
「……ふむぅ?まあ、わかったのじゃ?」
そう言って腑に落ちない表情のシャルの頭を撫でておくのだった。
予想通りの展開だ。だからボクは慌てない。
そしてこれからも予想通り、彼は最も美味しい食べ方で調理して来るだろう。
リトルホエールに対するオリオンの食文化の歴史はかなり長いので、地元民であれば手軽に美味しく食べる方法は誰でも知っている。
けれど裏を返せば『テンプレ』に過ぎない。
だからボクが頭を選んだ理由もそこにあったのだった。
さて。
此処はプライベートビーチという個人で楽しむような名前ではあるが、結局のところ貴族を招いてお茶会なんかを開く『庭園』の一種だ。
複数人を入れる機会は沢山ある。
故に団体でキャンプをする事を想定していたり、アウトドアが苦手な人種でも快適に過ごせるよう考えられてた作りになっていたりするのだ。
もしくは、貴族同士で自慢の料理人を招いて今回のように料理バトル的な事の決戦のバトルフィールドになったりね。
なので、見る人によっては無粋とも言われそうな、財を尽くして恵まれた環境になってる料理専用の施設が幾つもあるのである。
ボクも何度か審査員をやった覚えあり。
そしてこれからのボクらは、審査員様でなく料理人として別々のキッチンで調理する事になるのである。
◆
「……と、いう訳で『出来るまでのお楽しみ』という事で、料理人は互いの姿は見えないという事だね。
今頃ネモはあのキッチンで調理の最中だろうけど、ボクがこうして『遊んで』いても気付く事はない」
此処は海の浅瀬。
ボクは背泳ぎの体勢で、適当に身体を海面に浮かせ、シャルに言った。
彼女は浮き輪にお尻を嵌めてプカプカとクラゲのように浮かんでいる。
「ふ~ん。お兄様って割とドライじゃの。
さっきエミリー先生に遊ばないかと誘われた時『決着だけは付けなくてはいけませんから』と、キリッと言っていたけど、それは良いのかや?」
「これは『調理過程の待ち時間』だから良いんだ。
ボクの料理は簡単でね。焼き上がるのを待つまで、もうこれ以上手を付ける事がないのね」
逃げる訳じゃないから別に裏切ってはいないし、今は待ち時間しか遊べないけど、食べた後にまたゆっくりと時間制限無しで遊べるという事だ。
ボクは決してネモの信頼を裏切っている訳ではない。良いね?
そこへエミリー先生が、ビーチボールにビート板よろしく捕まりながら、ゆっくりと泳いできた。
「ぶっちゃけ君が作っているのはカブト焼きだね?今の時間はオーブンで焼いている時間。
私が『これから泳ぎに行かないか』と言って断ったのは、下準備の時間」
「せいか~い、なのです。
調味料を擦り込んで、オーブンに入れるまでの手順は必要ですから」
エミリー先生の言う通り、ボクが選んだのはカブト焼き……つまりは魚の頭の丸焼きだ。
本来は塩やらハーブやら刷り込んで馴染ませたりで、下拵えに一時間以上。丁寧にやるなら一日ほど必要なのだが、そこは錬金術の国。
細胞に染み渡らせ易くするように処置された調味料は沢山置いてあった。
コストや一度に作れる量なんかの問題で普通は一般に出回らないんだけど、そこら辺ウチは大貴族だからね。
文字通り『なんでも』あったのだ。
オープンは細かい調整の出来る、超高性能型。
だからといって出来上がったカブト焼きで、ネモの作っている料理より美味しい物になる訳ではない。
だけど、彼が作っているのはあくまで『美味しい料理』だからね。
まあ、勝てる。
「それに、本来の目的もそろそろボチボチ手を付けようかな~って思ってね」
言って視線を浜辺に向けると、そこにはアポロが居た。
彼はおっかなびっくりで、膝を海水に浸らせている。
ネモが割り込んできて忘れられかけているけど、元々はアポロの海への苦手意識を克服させて、飛んでみようって企画なのだ。
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