339 マグロ解体ショー
GA●TZのスーツ的なアレ
水着に着替えた。サンダルを履いた。
ボクとネモは更衣室を出ると潮風に肌を晒しつつ、元の場所に戻ろうと砂浜をテクテクと歩く。
陽光は風を温める事で心地よさを感じさせるが、視覚的に肉体差も明確にしてしまう。
片や造船所で雑用仕事をこなして鍛え抜かれた、赤銅色で厚みのある筋肉質な肉体。気障な見た目だけど意外と着やせするんだな。
片や運動らしい運動と言えば日に数時間程度行う護身術の稽古で、普段は室内で事務作業のモヤシっ子。少女のように華奢だし、肌は白い。
年齢は三歳しか違わないが、成長期のそれは大きな差となっていた。
ボクも同世代だと背が高い方だっていうのに身長でっけえ。
思わず、己の白くて細めの腕を握ってプニプニと揉んだ。
知らず知らずの内に腕が肌を隠して猫背になってしまう。
そんなボクの動きを超視力で遠目に見ていたアセナが反応した。
相変わらず両手には母上用の日傘が握られている。
「お~、似合っているじゃねえか。
別に恥ずかしい事じゃないから堂々としてりゃ良いぞ。風呂場でよく見るし」
心中を完全に見通されている事に赤面してしまう。
彼女の意図のままに、取り敢えず両手を横に垂らして上半身全体を太陽の元に晒してみた。
しかし背筋は曲がったままだし、視線は下を向いたまま。
そこへ突然、背後から抱き締められる感覚が襲ってきた。
「つ~かま~えたっ!」
「うわっ!?エミリー先生」
何時の間にやら近付いて来ていたエミリー先生が、後ろから水着越しに密着してきたのだ。
何者かはすぐさま理解できたが、自分の内側の事ばかり考えていたので、突然の事にビクリとした。
「どうやって後ろに!?」
「隣にある女子更衣室に隠れていただけだね」
そう言われて、そういえばと更衣室を振り返る。
更衣室は整備性の関係で、男用と女用が並んだ形式になっていた。
はじめからこの体勢を狙っていたなら、便利この上ない作りである。
無表情ながらも内心大いに慌てるボクを見て、彼女はクスクスと笑った。
笑いながら、ボクの頭に巨乳を乗っけてきたのだった。
「アダマス君はこのままで大丈夫だよ。
確かに君は細いが、巷では「細マッチョ」に分類されるくらいに締まってはいる」
彼女の声色には性癖特有の情欲が含まれているが、厚めの唇から零すように落とす声色は、ボクに自信を与えるものだった。
「そうですかね?」
「ウフフ、そんな物だよ。かわいい」
「……」
「ネモがやって欲しそうにこちらを見ていますが」
「ネモ君はそんなキャラじゃないから無理。大人な体付きだし」
エミリー先生は見せつける様に力強く抱きしめ、より密着するのだった。
「……」
相変わらずネモは、無言で此方を見て来る。
なんか余分なヘイトも買ってしまった気もするが、まあ良いか。
こういう時は止めるのではなく存分に状況を楽しむ。それがボクという男である。
さて。ところでだ。
シャルが「それじゃお兄様達の元に行くのじゃ」と元気よくアポロに命じ、竜車を此方へ引かせて来た。
ドラゴンの馬力は砂浜を物ともせずに、ゆったりと目の前に止まる。
砦のように大きな竜車は、潜水艦格納庫で作っている物から拝借してきたのである。
旧魔王城から引いて来た物より大型化されているのは、冷蔵庫が付いているから。
リトルホエールをはじめ、新鮮な海産物を運ぶよう作られた港町オリオンならではの車である。
エミリー先生は竜車の横に付いている『取っ手』に手を掛け、一気に引き出すと、一枚の板が出てくるではないか。
更に板の裏で折り畳まれていた『脚』を開く。
こうすれば簡易式の机になるのだ。
海産物を並べたり、その場で大規模な取引の為の請求書作成なんかが出来るね。
エミリー先生は水着をウェットスーツのように全身に巡らせる。どうやらあの水着はレンタルではなく、単にドレスを変化させた物らしい。
こうして出来るのは、筋肉を液体金属で外側から上乗せするパワードスーツモード。
竜車の背部に付いた冷蔵庫の大きな扉を観音開きで開けて、中からシャルのスケッチしたままの『こどもの考えた厳ついドラゴン』そのままの顔が出て来る。
相変わらず衝撃吸収用の額の瘤は立派だし、猪のような牙もしゃくれた顎も健在だ。
尚、盆でも持つかのように人の身の丈以上の巨体を持っているが、100kg以上あるらしい。
パワードスーツって、凄いんだなあ。
なんとなく、何時もボクを抱き上げる際に、片手で持ち上げる彼女を思い出していた。
巨体はズシンと、引き出した机に乗る。
ルール説明で声を上げるのは母上だ。
「さて。それでは貴方方二人には、これを分けて料理を作ってもらいます。
包丁を入れる線を指で入れなさい」
直後、阿吽の呼吸でエミリー先生が液体金属製の長刀を取り出す。
所謂マグロ包丁で、アセナが受け取る。
因みにボク達が自分で切り分けないのは、そもそもそんな技術が無いから。素人にマグロの解体を任せても貴重な素材が無駄になるだけだからね。
そういえばアセナが両手を使っているという事は、母上の日傘は誰が持っているのだろう。
疑問に思って母上の方を見れば、シャルを頭に乗せたアポロが被膜付きの両腕で器用に持っていたのだった。賢いなあ。
ほのぼのしていると、ボクは母上の持つ扇子の先端で指される。
生地はレース製。
「それじゃ、リトルホエールを獲ったアダマスから選びなさい。
因みに、しっかりと保存してあるから内臓も選択肢に入るわね」
先攻の方が良い部位を獲れるし、そうなるか。
まあ、ボクの選ぶ部位をネモは間違いなく選ばないだろうから、どっちでも良いんだけどね。
人差し指を立て、リトルホエールの首筋をなぞってポツリと呟く。
「頭で」
「ん、りょーかい」
アセナは迷うことなく、職人のように包丁を入れて解体していく。
しかしネモの反応には、思わず「むむ、心外な」とは感じた。
「マジかよ」
確かにイロモノ感が強いけど、頭はカマ、頬肉、顎肉など美味しい部分が集まる部位なんだぞ。
だが美味しく調理するにはそれなりの技術も必要で、素人には扱いが難しいとされるのも確かだ。
じゃあボクにそんな大した技術はあるのかと言えば、無いんだけどさ。なのでネモの反応は正しかったりする。