338 みんなちがって、みんないい
水着のエミリー先生はとても綺麗だった。
そんな当たり前の事を心中にて反復していると、彼女はゆったりと白い手の甲を動かす。 思わず視線を引き寄せられる。
掻き上げた髪の質感は、まだ海に入ってもいないのに濡れたよう。
ゾッとする程艶やかな声が掛けられる。
「じゃあ、これから泳ぎに行くかい?」
ああ、物凄い魅力的な提案だ。
それも良いなあ。正直、負けて損はあるけど勝って徳はないし。
解っている癖にと心の中で苦笑い。実際の表情はポーカーフェイス。
肩の力だけ抜くと、言葉を繰る。
「そうしたいところですが、決着だけは付けなくてはいけませんから」
「へえ、男の子なんだね」
「確かに少し前のボクなら逃げていたかも知れませんが、生憎成長してしまったもので。……こんなボクは嫌でした?」
「いいや。もっと好きになった」
エミリー先生は楽しそうに返した。
彼女にとって『少し前』は、会ったばかりの頃とも再開した後の頃とも取れるから。
こういう考える余地のある問答を彼女は好む。
「ありがとうございます」
此処に来たのは今までの勝負の決着という『約束』を果たす為だ。
遊ぶのは目的を達成した後で良い。
同じ女を愛した同類の必死の熱意。
正面から受け止めていかなきゃ卑怯じゃないか。
今まで行動を共にして、ネモは確かにボクを目の敵にしていたが、卑怯な事は決してなかったし、寧ろ協力的であった。
此処で彼を裏切ったらきっと後悔する。その上、周りにも自分にも後腐れが残るだろう。
例えば皆で鬼ごっこをしている時、「ずっと隠れていれば無敵」とか言って急に誰も目の付かない所に隠れてみなよ。
周りが白けるのもあるけど、何よりやっていてつまらないだろう?
「鬼ごっこをやってくれる」という信頼を裏切っているからだ。
故に言う。
「勝った後に、時間を気にせずたっぷり楽しませて頂きますよ」
「クハッ、余裕じゃねえか。ネモのやつが考え込みはじめたぞ」
笑い出すのは、アセナ。
彼女の着こなしはエミリー先生とは真逆のベクトルである。
交差させた布で胸を覆うクロスデザインビキニと、普通のビキニパンツと組み合わせをしていた。
白い布が褐色の肢体を背景にする事で、ハッキリと水着の輪郭が浮彫になるのだ。
肉体そのものがスポーツ選手ばりに引き締まっている事も相まって、スレンダーな健康美を目いっぱいに引き出すのがよく似合っていた。
基本的に何時もが黒いタンクトップなので、ギャップがあってとても良い。一緒に遊ぶのが楽しみだ
ところで、ネモに話しかける。
疑心に翻弄されて悩み込んでいて、面白くない。
「ああ、ネモが心配している様な『八百長』は用意していないから大丈夫だよ。
此処にはボクの関係者ばかりだから、やれるかも知れないし、確かに、時に政治家は不正で戦うのが寧ろ正道である。
でも、今回は不正なしさ。自信があるからね」
「なっ……」
ネモは顔を真っ赤にした。苛立ちが噴き出て来た。
でもね、そういうトコだぞ。エミリー先生がこの勝負方法を提示した時、なんて言ったのかを思い出してみると良い。
君はエミリー先生に恋する余り、エミリー先生しか見えていないから負けるんだ。
とはいえ、ボクも君をライバルと認めている分、全力で叩き潰させて貰うけど。
「それに、ネモが愛したエミリー先生はそんな事に加担する人なのかな。
あの人から見れば、ボクもネモも、同じよう愛情を込めて育てた門弟さ」
「……そうだな」
さて、と。ボクは母上の方に向く。
爽やかな色のビキニに合わせたパレオを腰に巻いて、如何にも上品な感じ。
一児を生んでいて、しかも父上と同い年だというのに若々しいスタイルを維持しているのは純粋に凄いと思った。
「母上、熱いのでボク達も水着に着替えて良いですか?」
「あらま、確かにそうね。いってらっしゃい、私達もお着換えを手伝ってあげようかしら?」
「大丈夫です。ほら、ネモも行くよ」
料理に水着は不衛生?
いいんだ。海水浴に行った時に釣った魚をその場で調理したりする家族内の料理パーティーなんてそんなものだから。
ネモは急に手を引っ張られ、やや戸惑ったようだった。
「あの更衣室は店をやれる位に水着がストックされているから気にしなくても良いさ」
「お、おう。そうか……」
様々な気持ちが駆け巡ると頭が真っ白になる。
ネモも先ほどまで勝負の事ばかり考えていたので、急な話題転換に付いてこれなかったのだろう。
彼の中では、水着は予めボク達が用意『していた』物なので、急に入って来た分、用意してあるか微妙なところだしね。
彼を引っ張り、更衣室に向かってリードするこの状況に、ボクはやや優越感を覚えていたのだった。
が、着替えた後にボク達の立場は逆転する事になる。
ボクは何でも理屈で考えようとする。だから『頭では分かっている』と、当たり前の事で安心して思考を停止する時が多いのである。
更衣室にて。
女子用の如く多様な『趣味』の水着があった。確か監修はハンナさんだったか。
ボクは彼女の意向に逆らうように、良く言えば妥当。悪く言えば地味なトランクスタイプの水着を選ぶ。
「じゃあ、此処に置いてあるから適当なの選んで。別にそこの金ぴかブーメランパンツでも構わないけど」
「……いや、お前と同じのにするよ」
彼は水着を手に取り、隠し布も使わずにガバリと大胆に服を脱いだ。
あの手の職場だと、安全面や部品盗難などの関係から作業着は用意されている物を使うので、余り抵抗がないのかも知れない。
まあ、ボクも身分の関係でハンナさんに着替えさせて貰っているので抵抗はないんだけどさ。
けれども、現れた下半身に目が行く。
いや、だってボクって同性のモノって滅多に見ないんだもん。
ついつい見てしまうのは仕方ない事なのではないだろうか。
そしてボクは、目を見開いていた。
不思議に思ったネモは全てを理解したように頷き溜息を吐く。
「……デカい」
「まあ、気持ちは解らんでもないがさっさと着替えろよ」
言い訳するならボクは、夜の生活で相手を満足させることにおいては、王国中の誰にも負けない自信がある。
一回ボクに抱かれたら、もはや他の男では満足出来なくする事だって出来るだろう。
高位の修行僧とか厳しい精神修行をしている人には通り辛いし、ボクの方も今のままで満足しているのでやらんけど。
何故かといえば、先ずは物心ついた時からハンナさんより『訓練』を受けている。
歴史のある大貴族にとって結婚生活は重要な問題なのだ。
更に読心術。
これを用いて、相手の無意識を含む内面を掌握する事が出来るので、完全な快楽を与える事が出来るのである。
ボクにチートという物はないが、この『テクニック』はチート並と言って良いだろう。
大き過ぎる『モノ』を乱暴に使うと相手を痛がらせてしまうだけなので、最終的にテクニックが重要になることは百も承知だ。
それでも、思春期男子にとって気になるものは気になるのである。
嗚呼そうさ、ボクは12歳。年相応さ。




