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336 自分の気持ち。相手の気持ち

 今回の結果に辿り着いたに事に関しては、ある経緯がある。


 大体の人はバカにするし、ネモも子供の思い付き程度にしか感じない。

 相談タイムで、シャルはこんな事を言った。


「ドラゴンって頭良いんじゃろ。

例えば、同じドラゴンのアポロを海へ放って、『怖い話』で洞穴に籠っている事を不安にさせてみてはどうなのじゃ?」


 確かにプテリゴ号はドラゴンを外に出して飛び立たせる為の機構はある。

 潜水艦本体の出入口を海面状に上げて、背後から送風機によって強い空気圧を浴びさせて飛ばすというものだ。

 因みに古典的な船でやる場合は、マストによじ登って飛び降りて空気抵抗を浴びる事で揚力を得る。


 ならばアポロを一旦海上に出して、潜水能力を利用して潜らせれば良いのだろうか。

 いやいや。フジツボ獲り程度なら兎も角、海を怖がる余り空を飛べないで悩み中のアポロがそんな事を出来る訳ないだろう。

 仮に出来たとして、望み通りの行動をするか不明。賢いっていっても、人間の子供程度の頭脳だからなあ。


 それでも。

 世界中の誰もが馬鹿にしても、ボクだけは恋人としてシャルの意見を出来るだけ取り入れたい。

 ネモとボクにあったのはその程度の違いだったのだろう。


───『伝える』事に本人である必要はあるのだろうか


 色々と伝え方を考えたら、ふとそんな考えが浮かんだ。


 例えば電報を伝える『電信機』がある。

 あれは、線路の上に張った光学繊維(光ファイバー)を利用してモールス信号を遠くまで伝えるという遠距離高速通信装置だ。

 光学繊維の製造はホウ酸塩鉱物があれば良いので、錬金術を用いれば意外と安価に出来るのである。

 電報を打つのは他者であって本人ではない。

 相手が人間であるなら此処から光を点滅させても会話が可能だろう。


 また、別の例なら『腕木通信』がある。

 あれは塔の上に建てた腕木の形の組み合わせによって言葉を遠距離へ伝える物だ。望遠鏡を使って形を読み取る。

 相手が人間であるなら、アームを使った身振り手振りでコミュニケーションが可能かも知れない。


 故に『本人』である必要も無ければ『声』である必要もない。

 生物の共通認識……つまり『感情』をそのまま伝える事が出来るなら、それは意思の伝達足りえるのだ。


 そこで考え付くのは、古流武術に用いられる操作型魔術の『殺気』だった。

 殺意の籠った魔力を敵に飛ばし、敵の魔力と共鳴させる事で、脳波に干渉し怯ませるというもの。

 実は魔王の居た時代では、多くの魔物に対しても使われた技でもある。

 つまるところ相手は同種でなくてもある程度融通が利くという事だ。


 プテリゴ号にある高出力の魔力放出機能。

 そして同じ竜種としてリトルホエールに共鳴出来るかも知れないアポロ。

 この二つを組み合わせれば、意外とやれるのではないだろうか。そう思ったのだ。


 だからボクとシャルでアポロに頼み、彼の持つ『海への恐怖』の感情を再現した波長を抽出した。

 具体的にはソナーを魔力感知器として使い、細かな魔力波長をマニュアルで精錬していく。

 なにも手掛かりなしでやるには大変な作業であるが、読心術を使う事で完成図がハッキリとしていたので、殆ど模写に近い作業だった。



 こうしてボクは、プテリゴ号で岩を振り回しながら、岩を介し魔力を送り続けて『此処に居たくない』という気持ちを煽り続けたのである。

 エミリー先生はパチパチと手を叩いて拍手する。


「ん。お見事。

確かに同種の魔力波長は共鳴し易いし、予め岩を振る事はリトルホエール自身の『恐怖』にも繋がった。

これは君達がこれから貴族として生きるには、かなり重要な知識だ」

「貴族として、ですか?」


 エミリー先生は微笑を崩さぬまま、しかし真面目な雰囲気で席を立つとボクとネモの間に立つ。

 赤く光る義眼の先にあるのは、ハサミから逃れようと暴れ続けるリトルホエールだ。


「例えば今、リトルホエールを『操った』だろう?

ウチの貴族にはあらゆる洗脳を消し去る『貴族権限』があるが、実は無敵ではない。逆説的に『洗脳でない』なら通じる物もあるからだ」


 洗脳でない洗脳?

 どういった事か頭を捻っていると、ネモがハイと手を上げた。

 彼の国にはアンチ洗脳としての貴族権限が無いが故の発想だろうか。

 それともボクより二歳だけ年上で、独りだけで見知らぬ外国にやって来た男としての意見だろうか。


「『元々そうである人間』には効かないという事なのでしょう」

「ん。良い目の付け所だ、ネモ君。続けたまえ」


 彼もまた、リトルホエールに一旦視線をやった後、再びエミリー先生を見た。

 なのでエミリー先生は、リトルホエールから目を離して彼と視線を合わせる。


「恐怖はリトルホエールに元々あった、或いは湧き上がった感情。

『貴族権限』によって一旦正気に戻ったとしても、恐怖は湧き続ける。そしてそれは、人間に当て嵌まるという事ですよね」

「だね。『洗脳』というのも曖昧なものさ。

確かにチート能力や魔術による催眠能力で心を改変する程度なら、『貴族権限』によるアンチ洗脳能力で簡単に治せるし、貴族自身にも効かないよう出来ている。

だが、様々な人々に感化されて思考を変える事は果たして『成長』か『洗脳』かの判断は難しいところだ。

権限により一旦は酔いのように『冷め』ても、心の底からの行動であるなら治る訳でない。そこから長い心のケアが必要になるのだ」


 何時しか彼女は微笑む事を辞めていた。

 忌々し過ぎて思い出すのも嫌だけど、それでも伝えなければいけない事がある。

 そんな気持ちを、読心術は読み取っていた。


「それに、薬物によって洗脳された人間を無理やり正気に戻したとして、物理的に改造された脳や神経が戻る訳でもないし、副作用はそのまま襲ってくる。

だとしたら『貴族権限』なんて使わずに薬物に溺れたまま、敢えて洗脳される方を選ぶ人間だって沢山出て来る」


 エミリー先生は切なげに、ドレスをギュッと握った。

 そういえば先生が働かされていた違法風俗店は、発狂してくると薬物で無理やり働かせる店だったな。

 風俗嬢は出鱈目に誘拐してきただけだから、貴族令嬢が混ざっていてもおかしくないのか。最近は成金の台頭によって、能力だけを持った没落貴族も増えている。

 それにアセナを誘拐しようとしていたケルマは、薬物で彼女を操ろうと考えていた。アセナの立場が準貴族であるにも関わらずにだ。

 恐らく『経験』から、貴族権限は使われない可能性の方が高い事を知っていたのかも知れない。


「大切なのは己が何者であるかだ。

さもなくば、自覚が無くても気付かぬ内に、正気のまま操られてしまうだろう」


 冷たい一言だった。

 故に、心に深く突き刺さったのだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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