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333 エミリー先生と付き合うという事

 人工的に作られた漁礁の岩には『穴』が開いている。

 リトルホエールは洞穴に巣を作るからだ。


 小さくてもドラゴンという事で、単なる釣り糸は強靭な顎で引き千切り、頑丈な頭蓋と鱗は銛をへし折る。

 賢い知能が警戒を示せば、何も食わずに数日は出てこない。


 彼らの住みついた洞穴は、古くより敬意を込めて『竜の巣』と呼ばれていた。

 解説していると、ソプラノボイスで待ったの声。


「ドラゴンなのじゃから『竜の巣』で当然なんじゃないかの。まるで頭痛が痛いのじゃ」

「まあそうなんだけどね。

フォローするなら、『取り出すのが困難な財宝のある洞穴』を示す比喩として竜の巣が使われるのはちょくちょくあるって事だね。類義語は『虎穴に入らずんば虎子を得ず』」

「言われてみれば確かに。ダンジョン物の小説でもよく使われる例えじゃの」


 拡大機能を使ったソナーを見れば、液体金属にリトルホエールの像が浮かび上がっている。

 故に目の前の洞穴が、『竜の巣』であるのは分かっている。そして、そこに籠る体勢を決め込んでいる事も。

 こんな魔力をプンプンと纏った『巨大生物』に睨まれているなら、そりゃ警戒するよね。


「アームで直接掴んで引っ張り出すのはどうなのじゃ?」

「洞穴が狭すぎるかな。コレ、巨大潜水艦だし」

「では、岩そのものを砕くのは」

「長い年月かけて作った大切な漁礁だからねえ。それはやるなら、ぶっちゃけリトルホエールを買ってきた方が安い」

「むう~」


 因みに本来の主な獲り方は、食事に行ったリトルホエールを一本釣りするという、意外とシンプルな物。

 ただし物凄い耐久戦だ。

 腐食耐性と海中迷彩を付けた金属製の縄を吊るして、船の上で蒸気機関の付いた竿を何日も交代制で見張るのである。


 網だと維持費もあるし、構造上食い破られやすいんだとか。

 なので釣り上げる場合も、食いついた後に如何に引き千切られないよう竿を操るかが勝負の決め手となる、熱い戦いでもあるのだ。


 勿論ボクらのお姫様が望んでいるのは『昼食』なので待つ訳にはいかないし、溢れるパワーで岩礁を壊す訳にもいかない。

 大切なのは『今』だ。時間は待ってくれないのだ。


 さて、どうするか。

 ボクは腕を組んで隣のネモを見る。

 彼はなんとかヒントがないものかと、ノートを捲って一生懸命な顔で、隅々まで見ていた。


 確かにエミリー先生(天才)の授業ならヒントになりそうな事をポロッと言ってそうな気もするけど、そこから本格的な漁法に移すには時間が掛かり過ぎて効率が悪い。

 故に、彼に話しかけた。


「ねえ、ネモ。ちょっと相談しようか」

「……」


 彼は答えない。此方を見ない。

 何やらブツブツと独り言を唱えているのは、ノートの内容なのだろう。


 だからボクは苦笑いした。やっぱボク達、そっくりだなあと。考えている事が手に取るように分かる。

 シャルを席に残して彼の横に立ち、聞こえるようにわざとらしく、大きな『独り言』を漏らす。


「あー、困ったなー。

エミリー先生は『二人への課題』と言ったのだから、どちらかが独走したら何もしなくても協力的態度を取ろうとしていたボクの不戦勝になってしまうなー」


 ページを捲る手がピタリと止まる。


「ぶっちゃけボクは潜水艦なんか使わなくても勝てる立場で、割り込んで来た誰かさんに合わせてあげているだけなのに、勝手な行動に合わせる義理なんてないんだけどなー」

「なー」


 面白がってシャルも小悪魔的な笑みを浮かべながら続いた。通称メスガキスマイル。

 ネモの肩がプルプルと震える。


「……別に、『あの時』エミリー先生が簡単に教えてくれるのは特別な事じゃないんだよ。

あの人は『仕事』でない時は楽しそうに知識を披露したいってだけなのさ。

ネモが知っているエミリー先生の殆どは教師の仕事をしている時だから、『ヒントを滅多に出さない』って印象が強いのだとは予想が付くけどね」


 実は、此処でネモを納得させる為にちょっと嘘を付いている。

 本当の事を言えばエミリー先生は気まぐれなのだ。

 確かに教師として仕事をしている時は、ボクの言った通りではある。


 だが、プライベートな時でも知識を軽く披露する時もあれば、面白がって問題形式にする時だってある。

 寧ろ、はじめて会った時から教えるのが好きなので、親しくなる程『遠慮』が無くなってくるので問題を出す方が多いかも知れない。


 故にエミリー先生とデートする時は、どんなタイミングでも『特別授業』に応えられる様に常に備えていなければいけないのだ。

 エミリー先生は教科書の内容なんて軽く丸暗記しているので、応用問題の出題率も難易度も推して知るべし。

 つまり、ボクは同年代と違って学校(修業場)にも行かずに家での勉強だけで済ませているが、実のところ一日全てが授業の時間になりうる。


 だからこそ、同世代が授業を受けている時間に『デート』をして遊ぶ事が、父上に許されているのである。


 世紀の大天才であるエミリー先生の脳内にある、大量に分岐したスケジュールによれば、ボクが16歳になる頃には最低でも学園都市を主席入学する程度の学力には持って行けるとの事。

 しかも通常の授業に加えて日常生活における暗示・刷り込みなんかも使っており、単に知識を披露している様に見えてもちゃんと頭に入れられる条件を作っているらしい。

 エミリー先生がデートの相手でない時も織り込み済みだ。


 因みにエミリー先生が来たのはここ一年半ほど前と最近で、それ以前は普通に修業場でアセナと授業を受けていたね。

 丁度アセナの卒業と入れ違いになった形だ。


 まあ、ボクはエミリー先生が大好きだし、幸いにも要領が良い方とは思っている。

 人に言わせれば『才能』がある方なので付いていけているので苦ではなかった。

 ランチの最中でも、お風呂に入っている時でも、ベッドでピロートークの最中でもドンと来いといった感じ。

 色々な意味でネモじゃ出来ない事だ。


 ところでシャルはキョトンとしていた。


「『あの時』ってどの時なのじゃ?」

「シャルが『凄くおっきなプールなのじゃ』って言った後、エミリー先生が色々教えてくれたでしょ。それでボクを特別扱いしているみたいで拗ねてんの」

「……?」


 シャルは椅子の上で胡坐を組んで、腕を組んで眉間に皺を寄せて下唇を噛んだ。

 本気で忘れているのがよく分かった。


 しかし、一度見たマニュアルでロボットを動かせる彼女の記憶力はそんな難問にも応えてくれた。

 記憶の糸が触れたのだろう。途端にシャルは目を見開く。


「ああ~!そういえばあったの、そんなの。

ていうか、えっ!?まだ気にしておったのかや!」


 子供は純粋で残酷。

 無邪気に弱点をぶん殴ってくる。

 ネモはノートで顔を隠すが、読心術でかなりの羞恥が読み取れた。穴にでも埋まりたい気分なのだろうが、生憎此処は海なのでそれは許されない。


 念の為、指令席のエミリー先生にも質問した。


「なんかヒントありません?」

「ないね~。どうしてもダメっていうなら教えてあげるから、色々やってみなさいな」


 今の彼女は課題をこなそうとしている二人の生徒の『教師』なのだから、まあそう答えるよね。

 そしてはじめてネモに視線をやった。


「ね?」

「ああ、分かったよ!協力するから、もうやめてくれ!」


 顔を真っ赤にして少し半泣きのネモが此方を見て来た。

 うんうん、男の子は泣いて強くなるんだぞ。

 一方で、少し離れてアポロの世話をしているアセナが呆れたように話しかけて来た。今は海中で潜水艦を静止させている状態なので、別にボク達の補助をする必要はないのだろう。


「やっぱお前、ドSだな」

「そうかな?」

「そうだよ」


 どうも心が開放的になってくるとこんな流れになってしまうなあ。

 我ながら誰に似たのやらという問いには、大量に浮かび過ぎたので考えるのを辞める。初代からこんなものだよ、ウチの家系。


「で、なんかアイデアはあるの?」

「……ちょっとは」


 無いんだな。

 役に立つのか立たないのか、二人でノートを見ながら相談タイム。

 因みに課題を出した張本人のシャルも加わって来たのだが、エミリー先生的にオーケーなのかとアイコンタクトを送ると、オーケーのサインを貰ったのだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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