330 メカニックのおっさんキャラって熱いよね
換装は格好良いなあ。
プテリゴ号は上体のみをクレーンで引き上げられ、エビのハサミのような巨大な作業用アームが取り付けられていく。
そこで気になる事がひとつ。
折角なので言い出しっぺの人に聞いてみようか。
「しかし母上、こんな突然の事に対応してくれる作業員が居るものなんですね」
複数人でクレーンを操作し、換装用の部品や機材を持ってきて、魔力路を通してボルトナットを締め付けて付け替える。
それらが全て機械化されているほどハイテクな訳でもない。ゴツゴツした作業着を着た作業員さん達が手動でやっている肉体労働なのだ。
指揮はエミリー先生が執っているが、只それだけ。
よくある現場となんら変わりはなく、ハードな仕事である。その上で、この仕事を出来るのだから、かなりのインテリな筈である。
「あら、心配する事はないわ。ウチは人の層が厚いのだから」
流れるような視線の動きで、何を言いたいか察することが出来た。
視線の矛先はアセナである。
彼女の経営する新聞社のスタッフの殆どは、つい最近まで物々交換ばかりで『金』の概念すら無かったルパ族の人達だ。
しかし経営が上手くいっているのは、父上が技術に長けた人間を見張りの意味も込めて送り込んでいるから。
「つまり何時ものモブ暗部の皆さんですか」
「そうかしら。私はそんな事言ってないわよ?」
「あ、ハイ……」
暗部は幼い頃から隠れ里で教育を受けている。
いわゆる間諜。もしくはNINJA。情報戦に特化した我が領の生命線だ。
ぶっちゃけ当主であるハンナさんを筆頭に、軍隊よりも強い人間がちらほら居るけど情報戦特化なんだ。
よくよく考えれば、こんな重要なところに忠実な手駒を送り込んでいない方がどうにかしている。
ボクがシャルと二人でお忍び出来るのも、景色の何処かに必ず暗部が居るからだし。
しかし一応暗部は存在しない事になっているので、公の場で口には出さなかった。
──パンパン
母上は軽く手を叩く。
「アセナも居るし警護はもう少し減らして良いから、お前達も出てきて手伝いなさい。
ネモとかどうでも良いけど、アダマスとシャルちゃんが退屈しちゃうわ」
するとスタッフオンリーな個室やら地下室やら、ついでにそれっぽい物陰やらに待機していた作業員の集団がゾロゾロと出て来た。
うわあ、読心術で誰かに見られているとは感じていたけど、こんなに居たんだ。
目を凝らしてみると、確かに領主館で見た顔も居るような居ないような人も居る。
「あ、領主館の使用人のブライアンが居るのじゃ」
そして例によって、シャルが指を差して正解を言うのだった。クラスメイトの顔を全部覚えているだけあるなあ。
彼女は手を振るが、暗部の人は気まずそうである。
「ほら、ラッキーダスト家の猶子にして筆頭婚約者のシャルちゃんが手を振っているわ!ブライアンも手を振りなさい!」
「あ、ハイ。ただ、今はそっちの名前じゃないので、出来るだけ、その……手心というか」
「そうね、確か此処の貴方はオブライアンだったっけ。ほらオブライアン、手を振りなさい!」
あ、解っているんですね。
そういえばこの人、学園都市三席卒業で現役の領主秘書だったか。仕事に直接関係のある知識は全て頭に入っているようである。
小さく手を振り返すブライアン氏だかオブライアン氏だかを見て、肩の力を落とすのだった。
「シャルは凄いね。でも、一応言っちゃいけないお仕事だから言っちゃダメだぞ」
「ちえ~、なのじゃ。まあ、中の人は居ないとよく言うし仕方ないの」
ボクに頭を撫でられつつ、彼女は唇を尖らせた。
視線の行き交う先を見て、他にも沢山知った顔があったのを確認出来る。
でもツッコミを入れてはいけない。
そういえば魚市場で聞いた『あの噂』ってホントかな。
そうして別の事を考え、アセナとでも話し合おうかと思っていると、時間はやって来ていたのだった。
「アダマス君、そろそろ潜水艦を海に入れるよー」
エミリー先生の歌うような声を鼓膜が拾い、現実へ戻される。
気になったことがあったんだが仕方ない。潜水艦の中にしよう。
「……あ、はーい」
考えていた事を胸にしまいつつ、ボクは潜水艦に向かう。
隣でパタパタと両手を振るシャルを見て、取り敢えず安心するのだった。
◆
海に大半が沈み、上部だけ顔を出す潜水艦。
そこにはマンホールの蓋のような出入口があるが、ドラゴンが入れるようにやたら巨大。
蒸気の力で開く様子は、バリツの訓練中にハンナさんが『畳返し』を見せてくれた場面を思い出す。
上から入る構造はウルゾンJに似ているけど、流石に階段はスペースの問題で無理だった事が伺える。
梯子を使って降りる事になった。巨大戦艦とは言え、酸素も貴重な艦内だしねえ。
お爺様と母上が連番で許可を出さなければ、入る事は不可能だっただろう。
中を進んでいれば、曲面を描く天井に壁に丸い窓。
操縦室は沢山の椅子と操作盤が半円を描き、その中心に指令席がある構造をしていた。
その内の見慣れた沢山の小さいレバーやボタンなどがあるが、精密に動かす為に複雑化もしており、しかも潜水艦なので水圧、圧縮空気の残量、水深などの計器類も拡張されていた。
操作盤は何処か見覚えがあって、よく見れば違う規格。
好奇心で触らないよう気を付けながら、エミリー先生に聞く。
「ウルゾンJの操作系統を参照しているんですね」
「此処はウルゾンJを操作した作業もしているから、慣れた物の都合が良のさ。
幾つかのパーツもウルゾンJと共有規格だったりするよ」
それを聞いて機密性とか考えたが、まあ今更か。
そもそも現在存在する海図の殆どは魔力の薄い海面用の物な訳で、下調べの済んでいない状態では進む事も出来ない。
スタッフとして忍び込んでいた外部勢力が無知なままに盗んでも徒労に終わる訳だな。
これはうかつに触らず、暗部の人達に任せるか。
思って見回すと、周りに姿は見えない。首を傾げていると、エミリー先生から声を掛けられた。
「暗部の皆は、機関室とか空気制御室とか見えない所で縁の下の力持ちをしてくれているね」
「ああ、成程。だとしたら誰がこの超巨大潜水艦を操縦するので?」
「そりゃ、此処に居る6人さ」
やっぱりそうなるか。
でも無謀じゃないだろうか。考えていると、エミリー先生の義眼がチカリと赤く光ったのだった。
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