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326 子どもの夢、大人の夢

 その目は捨てられた子犬のようだった。

 シャルは潤んだ目で此方を見て来て、祈るように首を傾げる。

 『動物』ながらに状況を理解して達観しているアポロの方が、良い意味で人間らしくすらあったのだ。

 いや、この達観は人としては悪くもあるかな。


「ダメかや?」

「確かに人間並に賢いんだけどねぇ。

政治というものがそれを受け入れ、そして許される頃にはボクとシャルは大人になっているかも知れない」


 現実はもっと長いのだろう。シャルが生きている間に、国がそれを認めるかが怪しい。

 ぶっちゃけ獣人のアセナすら人権があるかと言ったら、他領だと割と微妙だ。


「そんなぁ……」

「ゴメンなぁ。流石にボクのような支配者側が規則を破るわけにはいけないんだ」

「お兄様が悪くないのは分かるんじゃが、うう〜む。一緒に行きたかったのう」


 こうしてシャルはアポロから離れようとするが、思わぬ助け舟がやってきた。

 なんと母上である。


「ところがどっこい。朗報よ。

そのドラゴンには中に入れられるよう許可証が出ているわ」


 母上は、お爺様のサインと捺印が押された羊皮紙を広げてみせた。

 この人って自分が身内と認めた者以外にはやたらドライな人だから、こういう前もっての準備に対応しているのが更に意外だった。

 だってタイミング的に、牧場行く前に発行って事だよね。


 シャルは両手を広げて歓喜した。


「うわぁああああ!凄いのじゃお義母様!

……でもどうして来るかどうか分からないアポロの許可証があるのじゃ?」

「正直なところアポロを連れて行くのは、シャルちゃんが案を出さなくても決定事項だったからね。馬車もそれに合わせた物だし。

次期領主のアダマスと、その婚約者のシャルちゃんにドラゴンを引き連れて街を歩いて評判を知って欲しいのがあったの」

「ほへ~……」


 どちらかと言えばお爺様の案っぽいし、「ダメだ」と思っていたボクがなんかアホっぽくなったけど、まあ良い。

 優先すべきは母上とシャルが楽しいか否かだ。


 ところで気になる事があった。

 確かに潜水艦はラッキーダスト家独自の管轄である。

 一方で、アポロは学園都市との共同プロジェクトだ。ピーたんも学園都市寄りの人だし。

 つまり、安全衛生の面から潜水艦とアポロを組み合わせる事を前提とした計画は、学園都市側から見て許して良い事なのかね。

 下手をすれば人命にも関わるし、アポロにもしもの事があったらウチの責任にされるのではないだろうか。


「動物って入場許可証を作れるんですか?それに学園都市の許可とか」

「正確には『入場』許可証ではなく『搬入』許可証ね。つまり備品扱い。

あの潜水艦はドラゴンを入れられるように特殊な構造をしているの」


 ニマッと笑った母上は全員分の許可証をクルクルと筒にして、エミリー先生に返す。


「表の理由は、船舶が沈没した際の救助艦としての役割ね。

潜水艦が一旦海面に上昇し、入り口だけ開けてドラゴンに乗って逃げて来た船員を搭載する……と、いうもの。

ドラゴンを安全に活用するという事になるので、学園都市(私の実家)も了承済みね。因みに裏の理由は……分かるわね?」


 黒い笑顔の意図は取れた。

 正直、政治家目線からだと大して黒い事ではないんだが、母上がかわいいのでツッコミなど無粋な事は言わない。

 しかしボクは、純粋に感心してもいた。


 それもそうだ。

 入れる事が出来るなら、出す事も出来る訳だ。

 『予め搭載しておく』って軍事的な案を考えておくよね。誰も見えない深海の安全な航路からドラゴンを運べるんだもん。


 そういう訳で、アポロを潜水艦に入れる訓練は日頃から行われているとの事だ。

 潜水艦もそれに合わせて、翼を折り畳めば歩けるように作られているとか。


 光り輝く希望に満ちた表情に変わったシャルは、難しい事は考えずアポロの頭を垂れさせて頭に跨りだす。

 まるで、滑り台の上ではしゃぐ子供のようだった。

 普通に王国語で細かい指示を出されて理解しているという事は、会話する位の頭脳を持ち合わせているという事なのだが、シャルと仲良しの『友達』なのでまあ良し。


「お兄様も一緒に乗るのじゃ!」

「ん、了解」


 遺伝子操作によってかなり筋力を上げたアポロにとって、子供二人を首の力のみで持ち上げるなど、なんともない事だった。


「行くのじゃアポロー!」

「キュイッ!」

「しかしこのシチュエーション、お兄様は王子様みたいなのじゃ」

「侯爵家の嫡男だけどね」

「細かい事は良いのじゃ。お兄様だって、今の妾がお姫様じゃったら嬉しいじゃろ?」

「否定はしない」


 王子様とお姫様を乗せて、要塞の中へ歩む竜。

 その光景は正に、シャルが好むおとぎ話の一幕のようでもある。


 彼女はギュっとボクに抱き着き、幸せそうな笑みを浮かべていた。


「えへへへ……好きじゃよ。お兄様」


 その一言は甘くて心地よくて、少しだけ申し訳ない気分になる。

 なのでボクは視線を逸らしたかったのかも知れない。気付くとアポロの頭上からネモを見ていたのだった。


 彼は、革の貼られた本を警備員に渡していた。

 はじめて会った時に見た、あの本だ。鎖を付けて盗まれないようになっている昔ながらの物。

 その中の1ページは、糸で縫い付けられた透明な素材。更にその中には羊皮紙で出来た入場許可証が納められていた。

 ちょっと疲れた紙質をしていて、大分使い込まれているのが分かる。


「あれ?ネモも来るの?」

「俺も勉強してない時は此処で働いて学費とか稼いでいるものでね。機械分野の勉強にもなるし」

「チッ。そういやそうだった」

「残念だけど、抜け駆けのチャンスを逃す俺じゃないからね」


 舌打ちしたボクを、ネモはジト目で見上げてきた。

 入場許可証をパッケージしている物は、大分珍しい素材である。

 けれど領主手伝いをしているボクにはそれが『クリアポケット』というオーパーツをスライムで再現した物であるのが分かった。


 基本的には合成ゴムと同じであるが、かなり高価な物であった筈だ。

 厚みに対して破れない強度の維持や、透明性を維持する為のスライムの飼育環境など。

 実際に使っている所を見ると、鎖は腰から伸びて腰に巻き付き、ベルトの役割も果たしていた。

 そこまでして厳重に手から離れないようにしてあるとは。エミリー先生に聞いたボクの事がびっしりと書いてあったらやだなぁ。


「それって何の本なのかの?許可証のみなら、そんなにページいらんし」


 流石シャルだ。気になっていた言い辛い事を聞いてくれる。

 そこに痺れる憧れる。

読んで頂きありがとう御座います。


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