324 たまにカワハギ料理を見るとテンション上がる
皮を剥ぐからカワハギ。
硬めの皮を摘まんで引っ張れば、服を脱がすように剥ぐことが出来る。
エビのようにプリッとした白身に小麦粉を振りかけながらの、アセナと屋台のおっちゃんとの会話が耳に届く。
「こないだ船乗りの擦り傷用に配合してみた止血薬だけど、役に立ってる?」
「ああ。海で採れる物しか使ってないから、その場で配合出来るしな。サバイバル技術って凄いんだな」
因みに生薬とは、天然素材を加工して作る漢方系の薬の事だ。
アセナはソロの冒険者活動で生き抜く為に、ルパ族に代々伝わる薬剤の知識を活用して改良も続けてきたので、こういった知識がズバ抜けている。
カワハギの身をフライパンで焼くと、十分にまぶした小麦粉の焼ける香ばしい香りが鼻腔を擽った。
「ありがとさん、そりゃ良かった。なんか改良点とかある?」
「既製品に比べて効果は良くないのは応急って割り切っている。ただ、昔から生薬専門で売っている薬師のババ様が良い顔してなかったな」
「ああ、イワシ通り二丁目の婆様ね。
あの人嫌いじゃないし、ちょいと止血剤に混ぜると効果が劇的に上がる素材の販売を勧めておくよ。
アレも生薬系なんだけど仕込みが面倒でだし現地調達って訳にもいかなくてねぇ。
スペースは取らないから船の薬箱にちょいと置いとけば、下級ポーションなんかよりは役に立つ筈だ。今度、新聞の片隅に載せておくよ」
「ありがてえ。俺からも部下に伝えておく」
アセナはフライパンをひっくり返し、もう片面を焼く。
驚いた事にまるでドラゴンや潜水艦に関係ない会話だった。そんな会話が出来る程度には溶け込んでいると考えるべきなのだろう。
ドラゴンライダーや記者など仕事の事だけではなく、自ら率先して現地民の役に立とうとしているのが窺えた。
それは良い。でもどうしよう。
なんか格好いい所を見せたくてこの場所を指定してきた母上が微妙に良い顔していない。
アセナから習ったハンドサインを出してみると、エミリー先生が反応する。
先程までカワハギを売ってくれた魚売りと駄弁っていたのだが、思い出したように潜水艦の話題に切り替えた。
「そういえば今日潜水艦動かしてリトルホエールを獲りに行く事になったんですけど、航路上で漁をする人って今日は居ませんでしたよね」
「確かにおらん筈じゃが、一応周りに聞いてみるかの」
そう言って彼が席を立ち、魚市場全体で客をも巻き込む伝言ゲームがはじまるのだった。
まさか『潜水艦』というハイテクな乗り物が、ここまで馴染んでいるとは。
急激な変化についていけないでいると、アセナの声によって現実に戻される。
「おーいアダマス、料理が出来たんだが」
「……えっ!ああ、ハイ!」
「まあ、気持ちは解らんでもないけどな。
とはいえ料理は待っちゃくれない。ほれ、落とすなよ」
カワハギの身に小麦粉を振りかけ、カリッと焼き上げた所謂ポワレである。
ココナッツの殻を二つに割って出来たお皿に乗せて、特性ソースをかけて召し上がれ。
カワハギの肝は海のフォアグラとも呼ばれる珍味であり、特製ソースはその肝をペーストして薬味を加えて作られた物である。
料理が母上、エミリー先生、ネモ、アセナは料理した本人だから持っているとして、ボクの分も受け取って皆に行き渡った事を確認。
フォークを手に取ってみんなでいただきます。
「やっぱ大丈夫らしいですぜ」
「やっぱ大丈夫だって」
「やっぱ大丈夫だそうです」
しかし口に含んだ直後、潜水艦の伝言ゲームの結果を、屋台のおっちゃんが伝えてきた。展開速いな。
エミリー先生がボクに伝言ゲームの結果を伝え、ボクが結果を母上に伝えるという遠回しな構造が出来上がる。王宮じゃあるまいし。
母上は腰に両手を当てて、満足げに頷いた。
「うんうん。と、いう訳よアダマスにシャルちゃん!分かったかしら!」
「まあ、なんとなく」「どういう事なのじゃ?」
シャルはキョトンと首を傾げていた。
なのでポワレを食べながらであるが、ボクが質問に答える。
「予想ではあるんだけど、潜水艦は地元民との交流が必要なプロジェクトって事かな。
秘密裏に行っても船の行き交う港町ではバレバレだし、此処は知っての通り政治的影響から間者が入り込みやすい。
だったら秘密保持のメリットを削り、透明化を進めて受け入れられる方向に持っていった方が正解なんだ」
「お~、なるほど。
あ、このソース凄く濃厚で美味しいの。
肝の風味が如何にも『田舎の独特の料理』って感じで好き嫌い分かれると思うんじゃが、爽やかな薬味が今風の味付けにしとる
……で、お兄様の言うそれって特別な事なのかの?」
シャルが咀嚼していたポワレを飲み込んだ。
こういったバランスの良い薬味の使い方は、サバイバル料理の名人であり薬師でもあるアセナの十八番だな。絶妙なバランスで互いを補い合っている。
予め脂身が入り組んだエンガワなんかとはまた違った味わいだ。
美味しさは同じくらいなんだけど、新しい物好きの高級料理店のメニューとして出すならこっちの方がウケは良いだろうなあ。
シャルが話している間に咀嚼していた身を飲み込んで、話を続ける。
「シャルには難しいけど、現地に馴染むって言うよりずっと難しい事なのさ。特に歴史ある街だとオープンに見えて壁が強固でね。
『友達になる能力』っていうのは、時にどんな教育的技能よりも価値のあるものになる。
支配者サイドだと喉から手が出る程欲しい物だね」
ボクのようなコミュ障だと特に欲しい。
きっとシャルには将来、ボクと結婚した後も様々なところでお世話になると思われる。
幸せにしなきゃね。
読んで頂きありがとう御座います。
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