322 海底二万マイル
以前、個人的には大冒険と言える大騒ぎの果てに手に入れた、海図の結末。
母上はそれを語る。
「念の為、少し大規模な魔力濃度や地形の調査を行ってみたのだけれどね。
やはり『賢者の石』なんて大層な物は無いと分かったわ」
う~む。ウィリアム氏が考えていた事は外れだったか。
とはいえ、それでもオリオンは世界と海で繋がれている。
もしも計画通り彼がオリオンを乗っ取っていた場合は別口からじっくり調査を行っていたのだろうとは思われる。
正直なところお爺様が普通に持ってそうだけどさ。
孫煩悩な人なので、ボクが頼み込めばポンと雑に渡してくれそうな気もするが、そこら辺はどうでもいいか。
「でも、その過程で幾つかの海底資源への道筋や手掛かりが見つかり、調査にテコ入れが入る事になったの」
「海底資源……あ、もしかして……」
母上は扇子を閉じて、得意そうな笑みをボクに向ける。
「そう!潜水艦よ!
正式には試作型海底調査艦【プテリゴ号】。
調査の為に取り付けられたアームによって、魚獲りなんかの細かい作業もお茶の子さいさいね。
貴方達には、潜水艦で獲ったリトルホエールを使って料理対決をして貰います!」
やけに余裕そうだったけど、そう来たか。
此処まで大きなプロジェクトだと、きっと途中で次期領主としてボクに見学させる予定があっと思われる。
ネモと関わったのは偶々だろうけど。
因みに後から聞いた話だが、プテリゴ号の名前の由来は、古代生物ウミサソリの一種であるプテリゴトゥスから。
ウミサソリのように蟹みたいなアームが先端に付いた形をしているのと、魔王アンタレスから取っているみたい。
しかし、どうも引っ掛かる。
じっと母上を見ていると、目元口元を緩めた得意そうな表情でボクを見てきた。
アジフライの食べカスが付いている顔を幻視したが、テーブルマナーに厳しい母上に限ってそれはなかったらしい。
父上がやるとムカつく事この上ないが、普段は涼しい顔でエリート秘書をしている母上がやるとホッコリするね。
たまのバカンスを楽しんでくれて何よりだ。
「ウフフ、貴方は先程、『そんな大事な事を部外者のネモに話しても良いの?』と考えていたわね?」
「ええ、確かに一語一句間違えていませんが。実際大丈夫なので?」
ウィリアム氏が『賢者の石への在り処』と言って持ち出したのは、あくまで『海図』。
魔力が薄めとはいえ、地上よりも遥かに強力な魔物だらけの海底深くを探索する手段が載っている訳では無い。
ファンタジー装備も持たずに酸素ボンベを背負ってスキューバダイビングとか自殺行為なのだ。
それを成すのが潜水艦。
ウィリアム氏が賢者の石の調査を考えたのもこれの存在を知っていたからと思われる。
つまりは存在するだけで『悪い虫』も誘き寄せる訳で、あまり一般には広める物ではない筈なんだけどなあ。
飾りとは言え、ボクも次期領主として旧都の仕事は何度も手伝ってきたのだけれど、その中で潜水艦に関わるプロジェクトにも少しだけ触れてきた。
だけど使われている技術だけに秘匿案件が多かった記憶だ。会社風に言うなら社外秘とかマル秘案件とかそんな感じ。
母上がアイコンタクトを取ると、アセナが記者として使っている手帳を取り出して、指先の感覚だけで目的のページを判断してボクに見せてくれる。
会社の都合もだが、秘密警察として動くアセナにとってこういう物こそ『マル秘』案件なのだが、ボクは特別という事だろう。
「アタシの『ウインドルーモア・ニュース』はこのオリオンでも販売しているんだが、このページを見て欲しい。暫く前に載せた三面記事の原文だ」
「……あれ、これって?」
『海底調査、予算拡大する』と、それは紛れもなく潜水艦の調査状況だった。
落書きっぽい絵は挿絵の原案かな。プテリゴ号の特徴を捉えていたし、名前もバッチリ出てきている。
更に海底調査によって得られる利益や、何処をどれ位の期間調査する予定なのかまで紹介されている。
ここら辺は領が予算を出している新聞だけあって正確だなあ。
あ、いやいやそうじゃなくて。苦い顔で母上を見た。
「まあ、そういう事よ。実は周知の事実だったりするわ。
此処まで知られるようになったのは最近の事だけどね」
「そうだったんですか……」
ネモと女将さんも頷いていた。うわ~、疎外感。こういう時は膝に座るシャルをギュっと抱くに限る。
ポジション的に考えると。コレに関しては彼女もボクと同じくらい知識度の筈なので、同じ価値観を共有出来るのだ。何かあって知っていたとしてもギュっと抱くが。
それにしてもどうして態々不利になる真似を?
思っていると母上が扇子を広げて再び口元を隠す。
実際に見た訳では無いが、その向こうの表情は悪戯っ子のような笑みを浮かべているのが分かる。だって雰囲気がボクの周りの女の子達とそっくりだったんだもん。
「アダマス。折角だし、もう少し実感の湧く所に行ってみましょうか」
「はあ……お願いします」
それは了解が前提の、なんとも貴族らしい言葉運びだった。なので流れに逆らわずに相槌を打つ。
すると彼女はまた閉じた扇子でエミリー先生とアセナを指して言った。
「と、いう訳でエミリー、アセナ、なんかいい所ない?」
あ、そこら辺は母上も知らないんですね。貴族夫人なので当然の態度ではあるか。
此処からアセナとエミリー先生と母上による相談タイムがはじまる事になるが、途中から現地民の意見としてネモと女将さんが加わる。
更に相談どこ行ったな雑談に発展して結局皆でワイワイと騒いだり、ネモの地元トークが意外と面白かったりで、おつまみとジュースを幾つか追加する事になるのだった。
あ、アセナ。一応仕事中だからお酒はダメだよ。
イワシのオイル漬けと玉葱のソテーは美味しゅうございまして楽しかったですと、小並な感想をて席を立つ事になる。
やっぱこういう店だと、一般向けメニューの完成度が高いんだよなあ。また来たくなるし、他のも食べたくなる。
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