321 俺はこのままタイムアップでもいいんだが?
机同士を連結した、大人数用の席。
その内の一つに、かなり気まずい表情をしているネモが座っていた。先程までの爽やかさが嘘のようだ。
彼の隣に座るアセナは、全然気にしていないといった様子でスッと話題を振った。
「ま、ドンマイだ。
因みに食べに行った時はどんな感じだったん?リトルホエール」
「あ、ハイ。俺が学費を稼ぐ仕事をはじめて一ヶ月後くらいに、先輩が『良いもん食わせて』やるって歓迎会の時に」
「アヒャヒャヒャ!仕事の終わりじゃねーか。そりゃ夜だわ」
「ハイハイ、考えてなくてスミマセンでした」
「ごめんごめん、良い先輩じゃん」
気まずい気分は解れたらしい。
ネモは不貞腐れながら樽型のコップに入ったお冷を口にすると、アセナは肩を叩いて励ました。
一見すると良いムード。
しかしこれは、単にアセナが誰に対しても人当たりが良いというだけで、恋愛的な発展はない。
彼女は超外交型人間。
ボクのように自分の内側を見つめて自己を確認するのではなく、様々な人種の中に自己を置く事でアイデンティティを得るタイプだ。
シャルにも似ているが、アセナの場合は結構ドライに人との関係を切る事がある。傍観者として成り行きを楽しんでいるとの事。
所謂「女友達になり易いけど、恋人までに発展させるには分厚い壁のある女」なのだ。
もしもエミリー先生に振られても矛先がアセナに向いたとしても軽く断られるし、しつこいようならぶん殴られる。
つまり「二人ともベタベタし過ぎ」と、ボクが子供ムーブをしながら割って入るには早いという事だな。
何はともあれ、ボクたちは大振りのアジフライ三人分を皆で分け合って食べていた。
リトルホエールがダメだったので「何か地元民としてお勧めは?」とネモに聞いたところ、少し俯き顔でボソリと「アジフライ……」と、答えたからだ。
アセナが超腕力を使って骨ごとナイフで切り分け、短冊状になったフライを小さなフォークに刺して食べている。
素手でガブリといくのが庶民にとっての食べ方らしいのだが、此処は母上も来ているし流石にね。
この状態でも食べやすいよう、小皿に入れた甘めのソースへキツネ色に揚がった衣を漬けて食べるとこれがまた美味い。
揚げたてサクサクの食感の直後に、ホロホロとした身は溶けると思うほど柔らかい。
港町なので新鮮な味なのだろう、生臭さはまるで感じなかった。
アジの旨味がジンワリと口の中に広がり、噛む内に特製ソースと脂が混ざり合い濃い味へ変わっていくのは正に絶品であった。
何も付けていない生の葉野菜を食んで、口を整えつつ後味を堪能した。
衣のカスがパラパラと残る皿を前に、皆で一息。
「ふう。中々ね」
意外な事に母上の評価が高い。
口ではなんともない様に言っているが、読心術だとワクワクした感情が肩の動きから伝わってきていた。
子供の頃から貴族の料理に馴染んでいた彼女にとっては、未知の味なのかも。
母上は何処からともなく扇子を取り出して、口元を隠す。ボクの方へ目をやった。
「さて、アダマスは何か案はあるかしら?」
痛いところを突かれる。
まあ、アジフライが三人分な事自体が、『ボクの番』が残っている為だから何れやってくる問題ではあったんだけどさ。
ボクの膝に座るシャルの頭を撫でながら答えた。
「屋台で売ってるリトルホエールを出すのならネモも同じ手段を使えますしねえ。
なのでボクとしては、つまらない話になりますが『タイムアップ』を狙います」
「あら、時間制限なんてあったかしら」
「今日の夕飯は『ボクの歓迎会』でリトルホエールです。つまり間接的に、『ボクが渡す』という事になりますね。
適当に夕飯まで時間を潰しておけば、自動的に最高級のリトルホエール料理が食べられるという事になります」
「ウフフ、なんとも小狡い発想なようで」
ボクは口をへの字にした。
逃げの手ではあるが、正直な話をするとボクの目の前の皆は真剣にエミリー先生の取り合いをハラハラと見ている訳でもない。
真面目なのはネモだけだ。
単にノリでやっているだけなので、これが正解でもあるのだ。
本題はドラゴンが海の恐怖を克服出来るかという問題……と、いう観光旅行だ。楽しめればよし。
海水浴場にでも行って、皆で屋台に売っている『粗悪』なリトルホエールを食べてお腹いっぱいになるのも悪くない。
皆で楽しんで食べた物はみんな美味しくなる。
同じものを食べるので両者ドロー。そう思っていると、母上が意外な援護射撃を出した。
「それなら、今から獲りに行けば良いじゃない」
「出来るので?」
「出来るわ。少し話は逸れるけど、貴方なら最近ウチに『海図』が渡されたのは知っているわね?」
「ええ、まあ」
知っているどころか当事者だしね。
『怪盗緋サソリ事件』にて、犯人であるウィリアム氏がトリックの材料として使った海図である。
アレには超エネルギー体である『賢者の石』への手掛かりが記載されているとかなんとか。
その時、ふと勇者の記憶から『賢者の石』ってハンナさんの事じゃないのかという考えも浮かぶ。
──あら、『ハンナさん』と呼ばれる前の存在が一時的に『賢者の石』と呼ばれている、複数存在する物質に変化していけだけなのかも知れませんわよ。
いや、もしかしたら『ハンナさんの身体』は本当に『目に見えている一人だけ』なのかも怪しいですわね。
いやいや、そもそも『世界』が『存在する』と、『ハンナさん』に思い込まされているだけで、見る事も触れる事も使う事も出来るけれど『実際は存在しない物質』なだけなのかも知れません。
ん?なんか今、思考回路の中にハンナさんの声が聞こえた気が──するけどまあ、良いか。
何故、深く考える事を放棄するに至ったかはよく分からない──けど、まあ良いか。
ボクは母上の話を聞く事に専念するのだった。
海図と今日の昼ごはん。果たしてどんな関係があるというのだろう。
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