32 研究者、趣味を語る
エミリー先生は何かを思い出したように手を叩いて、ボク等を見る。
「そういえばさ。
色々とダラダラ話し込んじゃった後だけど、結局アダマス君たちって何しに来たの?」
「随分と今更な質問ですね」
「でも映画とかだとよくある事でしょ?寧ろ話が終わった後も『え?結局なんだったの』と謎を謎のままにしておくとか」
すっかり警戒心の無くなったシャルはコクコクと頷く。
色々思い返しているのか、自身の額を見るかのように視線を上に寄せていた。
「妾は映画を見た事ないから分かりませんが、物語では確かにありますの」
「でしょ?突然やって来た宇宙人モノに多い気がしなくもない」
「分かりますわぁ」
女二人、ボクを挟んで指を差し合い頷き合っていた。
ついでにプニプニと軽く頬を突かれる。
シャルにはやや恐れがあったが、エミリー先生の方は突く度に癒されているのが分かった。
内心を表現するなら「チョ~ヤバ~イ」ってところか。
シャルと一緒じゃなかったら間違いなく抱き付かれて乳に顔を埋める事になっていたな。
そんな彼女は色っぽい大人の顔でボクを見た。
「と、いうわけで今は庶民のアダマス君。監査じゃないネタバレ、よろ!」
「自由ですねえ。まあ、言い訳させて貰うならちょっと領地観光を。なんか物語好きの妹が駅を見たいって言うのですよ」
用意しておいたバックストーリーを話すと、フンワリ納得してくれたようである。
軽く頷いて、「じゃあ」と立ち上がった。
眼前の袖の黒羽が揺れ、今まで椅子の下に在ったドレスのスカートが柔らかく靡き、その様はまるで舞い上がった鳥である。
「観光……観光かあ。シャルちゃんは行きたいところとかある?」
「行きたいとこ……ふ〜む。
だったら駅のホームが良いのですじゃ」
「ふうん?
まあ、私の管理してる場所でもあるし、自由に行き来できる場所ではあるけど、そりゃまたなんで」
「決まっておる!お兄様と『君に捧げる楽譜』ごっこをしたいのですじゃ!」
おや、エミリー先生を歌で倒しに来た筈では。
もしかしなくても天然で忘れてる?まあ、シャルがそれで良いなら、別にいいけどさ。
立ち上がり、シャルは興奮気味に口走る。
反してエミリー先生の口数少なく、ボクに視線を向けるのは、そもそも流行の物語をあまり読まない人だからだ。
侯爵家の催し物などの付き合いで、話題に困らないように軽く触れる程度には読んだりする。
だが、触れるのはそれくらいで、先程の様に完全な若者向けの小説……忌憚のない言い方をすればライトノベルは読まない人なのである。
外世に無頓着で、頭の中の五割がボクの事で、四割が研究で、残り一割がその他が故に。
尚、こんな美人の頭の半分を独り占め出来てラッキーと考えるか、愛が重いと考えるかは人による模様。
さて。
ボクは彼女の視線の意味を察して、物語の説明に入った。
「『君に捧げる楽譜』。発行は去年でラウラ・ブルーダーの著書。
ラッキーダスト領によく遊びに来る学園都市の女学生が電車を待っている若い吟遊詩人の男の人に一目惚れする話です」
かなり雑に言うと、彼女はヌッとボクに近付く。その顔は、先程と打って変わって興味深そうな顔である。
いやいや、今のってエミリー先生が興味を持つ要素あった?
「ふ~ん。そういうのってアダマス君も読むの?」
ああ、そういう。
本には興味ないけど、ボクが読むからというタイプか。
それでも共有する者を増やしたいという気持ちは何処かにあるので、興味を持ってくれて素直に嬉しかった。
「最近は結構趣味で読みますかね」
「へえ。じゃあ、今日案内する代わりに幾つか紹介して貰って良い?」
「良いですよ。しかし、だったらボクの部屋に置いてあるヤツを紹介させますよ。
シャルに」
「……え、妾かや!?」
突然話題を振られたシャルは、驚いて自身を指差した。
「そりゃまあ。シャルだったらボクの部屋にある程度の娯楽小説なら、ボクより読み込んでいるだろうし、エミリー先生と共通の話題を作るのに良いだろう?」
「むむむ……。まあそういう事なら妾もやぶさかでないのじゃ!」
「「うん、期待してるよ」」
彼女は「むむむ」の時に少し考える振りをして、胸を張った。
腰に手を当てフンスと鼻息を吹く。
そして微笑ましいものを見る顔をしたエミリー先生は両手でボク達の手を取ると、ハイヒールの踵を返して改札口の方まで歩く。左手側がボクだ。
その表情はニコニコと、とても嬉しそうだった。
そういえば子供好きなんだよね。
シャルがボクの妹になるという事は、彼女の教えるべき『子供』が一人増える事にもなるのか。
彼女の気持ちを考えると、胸に温かいものが沸き上がってきた。
同時に『ボクの関係者』というジャンルでもあるので、重い愛を受け止める事になるんだなあと、しみじみ思った。
ところで気になった事があったので聞いてみる。
エミリー先生が此処に来るまでの経緯だ。
「エミリー先生。子供好きなら、保母さんとかにはなろうとしなかったのですか?」
子供のボクを優しく見下ろして、手を繋げたまま苦笑いひとつ。
しかし彼女が「子供はそんな事を気にしなくていい」といった態度を取らないのは、ボクの自慢。
「う~ん、それも考えたんだけどね。この指輪見たら、先ず君のウチに行ってみてからでも良いかなって思ってさ」
歯をニカリと見せて、子供らしく笑っていた。
ボクと彼女を繋ぐその手の指には、ボクが昔プレゼントした玩具の指輪が嵌まっていた。
花を模した安っぽい紫の石が、光を反射して輝いていた。
読んで頂きありがとう御座います