317 アリエス海賊団船長【風雲児のドゥガルド】
旧魔王城にて。
ドゥガルド・フォン・ラッキーダスト老人は、妻に淹れて貰った紅茶を口にする。
腕前はメイド時代から全く衰えておらず、一口飲めば若かりし頃の情景が鮮明に思い出せた。
ネモの祖母に出会った時も、今のようにとても穏やかな海が広がっていた。
◆
青い空に穏やかな潮風。
はためく金羊の海賊旗は死神のサイン。
期待の若き新星海賊、“風雲児”のドゥガルドは今日も元気に船を襲っていた。ゲスの極みとも言うべき、分かり易い悪人スマイルである。
「あっはっは!楽しいなあ、略奪はぁ!」
最近はドゥガルドが暴れ回るので、辺りの専業海賊は全滅。
彼の目に隠れながら、売り上げが伸びなかった時の商人が海賊行為を行う兼業海賊が主な獲物だ。
しかし天才的読心術である『風読み』の前には丸裸同然。逆に隠れていると誤解させ、丁度いい所で襲い掛かるのである。
しかも、それは現行犯であるとは限らない。
だって海賊なんですもの。元々が商人だけに専業海賊を襲うよりウハウハであった。
そんないい気分をしている最中、如何にも人相の悪い、絵に描いたような悪徳商人が現れた。
「クッ、離せ海賊如きが。私を誰だと思っている!?」
「余計な事を喋るな!キリキリ歩け!」
彼はグルグルと身体をロープで巻かれて、ドゥガルドの船の女クルーに引かれている。
海水を吸って鎖のように重くなったロープがドンブリに入ったラーメンを思い起こさせ、「最近塩漬け豚を単品で食べてばかりだし、故郷のラーメンでも作らせてチャーシューとして乗せるか」と、本日の夕飯に注文する料理をボンヤリ考える事になる。
故郷からひよこ豆製の味噌を少し持ってきているので味噌ラーメンにしても良いのだが、豚骨も捨てがたい。
さて。
見た目で人を判断してはいけないが、目の前の男と下調べで描かせた人相描きと一致するし、風読みのスキルが彼を海賊の首魁だと言っている。
話では奴隷商人という事らしい。
この辺りの国では奴隷はまだ合法なので、それ自体は別段悪事ではない。
しかしこの男は大きな船を持っていて、『仕入れ』に田舎の町やら小さな商船やらを襲う。最近は借金漬けにして財産を奪うなんて事業も展開しているとか。
つまり、商人と名乗っているだけの典型的な海賊である。
だけどドゥガルドにとって、そんな事は素敵な海賊ライフを続けるほんの些細な理由の一つに過ぎなかった。
「私を見逃せば貴様を貴族に紹介してやろう」やら小悪党的な事も言っている気はするが、どうでも良すぎて頭には入らない。
『風読み』において、視界にも入らない小物は分析の対象でないのである。
着ているロングベストの内ポケットに手を入れると、上等な羊皮紙で作られた封筒を取り出す。既に封蝋は開けられていたので、鹿革の紐で巻かれて閉じられていた。
今朝、一人息子のオルゴートから届いた物である。喧嘩中であるが何だかんだと可愛い物で、届いた日は必ず胸ポケットに入れているのだ。
そこらの宝石なんかよりずっと大切に扱っていたので、紙自体は新品同様にピンと張っていた。
(それに、こういう時に便利な物が入っている時もあるしな)
開き、下に向けると比喩でもなくザラザラと砂利が落ちるような音がする。
大量の『画鋲』が甲板に落ちたのだ。
オルゴートの手によって「開けた途端に手に刺さっちまえ」と封入された物だ。厳選された画鋲の針は小さな釘のように太くて長めで、よく尖っている。
風読みを持ち、邪悪な海賊として『本物の悪意』に触れ続けたドゥガルドにとって引っ掛かる物ではない。
だが、敢えて封蝋を開けて中身を確認しておくのは一緒に手紙も入っているから。
要約すれば「死ね、クソ親父」くらいの内容が常なのだが、字体からは様々な感情を読み取れるので有意義な『会話』を楽しめる。
尚、前回はカミソリが入っていたりもした。
ドゥガルドはつまらなそうに汚れた靴を前に差し出し、言う。
「服従の意を示して靴を舐めるか、首を垂れて画鋲を顔面に刺すか……」
奴隷商は一旦目を見開いたが、そこは日常に暴力を取り扱う海賊。
これは暗喩だと解釈した。服従か死かという分かり易い海の掟。ならばと直ぐに、舌を出して靴に近寄って……顔面に靴の爪先がめり込んだ。
「汚い物を俺の靴に近付けるな!」
サッカーボールキックによって首が少し変な方向に曲がり、縛られた状態のままゴロゴロと甲板を転がって壁に叩き付けられて仰向けになる。
鼻の骨は折れて前歯が砕けているが、ピクピクと痙攣しているので生きてはいるようだ。
その表情は「訳が分からない」といったところ。
回答はどちらを選んでも同じだった。
はじめから首魁を利用して利益を得ようとする気持ちも、ましてや許そうとするなんてないのだ。
単に「純粋な悪意」というタチの悪い気持ちによって痛めつけたいと思った程度に過ぎない。
溜め込んだ船から略奪し、賞金首は金に換える。
賞金首じゃなかったら奴隷として金に換える。
海賊なんてそれで良いじゃないか。
実は金には困っていないが趣味を仕事に出来るなんて、なんて素敵な事だろう。
「うむ。全然ストレスも感じないし、海賊ライフは良い物だ!」
ついでに罪悪感も一切無い。
勝鬨とばかりにゲラゲラと下衆な笑みを上げていると、また声が聞こえてきた。また別の女クルーの声である。
「キャプテン、商品として積まれていたの奴隷の中に話をしたいという者が居ます」
「放置で。奴隷からの交渉なぞ、向こうに差し出せる物が無いのだから無駄なだけだろう」
「でも教養のありそうな美女ですよ」
「よしっ、通せ!」
二つ返事で許可を出す。
美醜は政治をする上で武器の一種と捉えているので、クルーに報告するよう伝えている事だった。この場合、奴隷は自分が美人である事で会見する機会を得た訳だ。
単に女好きであるというのもあるが。
こうして奥からやって来たのは、茶髪の女。顔全体のバランスが整っていて、かなりの美人である。
知的で大人っぽい雰囲気であるが、年齢は十代後半といったところか。
その表情には呆れの色が見えていた。
「アリエス海賊団の風雲児ドゥガルド。又の名を『ハーレム海賊のドゥガルド』。
噂通りの方のようで」
周りを見渡せば、確かにクルーは女だらけだった。
船乗りというものは「海の神さまに嫉妬されて不幸が起きる」と、迷信なんかで言われるが、それに唾を吐くようなメンバーだ。
だけどドゥガルドは、そんな今を恥じる事なく歯を見せてニカリと笑う。
「人生なんて女を侍らせてなんぼというものだ。ようこそ、レディ。歓迎するよ」
無駄に練度の高い貴族式の礼をした。
後にネモの祖母となる彼女から見て、第一印象は勿論最低だったという。
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