31 先生の保健体育と丸裸の妹
「君はホント変わった子だね。まあ、だからこそ興味深くあるのだけどさ」
クスクス笑うエミリー先生は、先程とは違って面白いものを見る眼を以て笑う。
機械技術者には結びつかない、白魚の様な指はボクの顎に沿えられる。
彼女に優しく顎をクイと上げられる。
まるで接吻をするかのようなその間合いに顔を近付けられると、眼前の紅い唇は艶やかに動いた。
つい見惚れる。なんでも委ねてしまいそうになる。
しかし脱線し過ぎはいけないか。ボクは反省して前を見る。
「それはありがとう御座います。
さて、自分から話を振ってなんですけど、シャルの身体の話に戻りましょう」
「クフフ……。残念、ちょっと妬けちゃうなあ。
まあ、ぶっちゃけるとシャルちゃんの身体は普通の人間と変わらないよ。
判断材料は動物実験や過去のデータとかだけど、理屈は殆ど解析したからソレでほぼ間違いないさ」
その一言にシャルは何処か安心したような表情をしていた。
お母さんに何か問題でもあったのだろうか。
「……た~だねっ!」
軽く言い放たれるエミリー先生の逆接語。
シャルはビクリと震え、直ぐに唾を飲んだ。
彼女の緊張感が重みになったような音が此処まで聞こえてくる。
内情としては「軽い雰囲気にそこまでの爆弾はないと思いたいが、完全な安心もない」といったところか。
まあ、その傍らのボク自身は寧ろ安心しているんだけどね。
これから飛び出る言葉は絶対にくだらない事だと分かるから。
エミリー先生は過去の事故が原因で、真面目な事に対しては人を揶揄わない。その事に対しては、ボクは何より信頼しているのだ。
ぶっちゃけ真面目な話はさっきので終わっていたのだろう。ポップコーンがあっても良いかも。
「ただ……なんなのですじゃ?」
「シャルちゃんのお父さんが仕込んだ内部機能が幾つか遺伝しているんだ。
つまり、『理想の女性』に求める身体の特徴がシャルちゃんにもある訳だね」
「……嫌な予感がするのじゃが、例えばどんな事ですかや?」
二枚貝のあしの様に、ゆっくりとシャルは横から頭を乗り出させた。
エミリー先生は迫ってきたオデコに指を当てる。
「好きな人に対して身体が『敏感』になったり~。
幾ら使っても『桃色』のまんまだったり~。
過激なスケベにも耐えれる『頑丈さ』があったり~。
他にも色々あるけど~、流石に『膜』の再生はしないんだな~」
「……ブフッ!」
スラスラと言い放った言葉がリアルな重量を以て頭を叩いてきたかのように、シャルは吹き出した。
少しボクにかかったけど、まあしょうがないよ。ある意味酷い爆弾だ。
ボクだってこの歳になってから『お前の身体、性的に色々弄られてるよ』なんて言われたら失神するかも知れない。
せき込んでいるので背中をさすってやった。
そうしている間にエミリー先生はニヤニヤと親父臭い笑みで、人差し指を動かす。
「とはいえ、男性に対して好感を持ち易くなるとか君のお父さんの命令に従うだとか、そういう精神的なものは薬などによる後付けで、シャルちゃんに遺伝してないから安心して良いぞ……アダマスくん!」
「ええっ、ボク!?」
「クッフッフ。
気持ちが本当なのだから、美しく成長した後に寝取られる心配が無くて良いだろう?」
「ああ、そういう……」
ボクが頬を搔いていると、シャルは二枚貝の様に引っ込んでボクの膝の上で頭を抱えた。
というか、シャルの父さんってそんな心の調整までしてたんだ。
母上じゃないけど心が通わないって逆にソレ、信頼出来るのかな。
考えていると隣では驚きの量の感情が溢れていた。シャルのものだ
先ほどよりもずっと強い羞恥の感情である。
「丸裸にされた気分で、私は貝になりたいのじゃ」
「まあまあ。恥ずかしかったと思うけど、勝手ながらボクはシャルの事を知れて凄く良かったと思うからさ」
羞恥からか気持ちが硬くなっているな。
それを時間をかけて丁寧に撫でていくと段々とそれは柔らかくなっていき、落ち着いていく。
「お兄様はエッチなのじゃ」
「ごめん、そうだね。嫌いかな」
「……考えておいてあげるのじゃ」
「ふふっ。ありがと」
ギュウと抱きしめ合うボクらの傍ら、エミリー先生は檸檬を直接口に放り込まれたような顔をして見ていたのだった。
彼女は手持ちの、やたら隠し機能がありそうな太いペンで、取り出したメモ帳にサラサラと書き出してボクに見せた。
メモを見せる彼女の表情は優雅にして妖艶。
ところが字の形は丸っこくて可愛らしく、庶民的で馴染みやすい。
書かれているのは以下の通り。
【かぁ~、すっぱい!初心か!!】
レモンの挿絵付きだった。
なのでボクはジト目で舌を出した。
シャルを支えて、そして撫で、両手が塞がっているので、あっかんのない「べー」のみである。
それを見たエミリー先生は、ボクの目の下の方まで指を動かし、圧する。
下にずらす。そして本来のあっかんべーが完成する。
何とも言えない気持ちになる中、何が楽しいのか彼女はクスクスと笑っていたのだった。
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