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306 瓶底メガネはグルグルメガネ

 グリーンワイバーン。

 それは、古代から最も研究されてきた品種のドラゴンで、トマトやショウジョウバエのようなモデル生物として使われる事が多い。


 目の前に居るドラゴンにもその特徴は出ていた。

 翡翠の様な鱗、コウモリよろしく腕へ直接生えた翼、猪の牙の如く太くて尖った爪。ワニの様なトカゲ顔という、冒険小説でおなじみの一般的なワイバーン(飛竜)である。


 しかし違うのは体格である。

 ボクが知るワイバーンは、出来るだけ体重を減らした流線型の細い身体であるが、目の前の『ドラゴン』はどうだろう。

 大地を蹴る為の健脚は丸太よりもなお太い。大型建築物の柱を思わせた。

 エミリー先生が言っていた海鳥の飛び方を再現する為か、背中から胸にかけては二倍以上に膨れ上がっていた。肩幅が広い為か全体の大きさが別種の物に思える。

 随分確かに「筋力の強化」とは聞いていたが、まさかここまでやるとは。

 ずいぶん……鍛え直したな……!


 一見すると山脈のようで恐ろしく思える。

 しかし『彼』の性格をボクは知っていた。というより読み解いた。成長しているのを実感している。

 しかし、もしかして人間以外に使うのはボクだけが出来る特別な使い方だろうか?だとしたら優越感湧くかも。少し右手が疼く感触に駆られていた。


 さて、ボクはゆっくり歩み寄る。

 不安と好奇心でどひゃあと目を見開いていたシャルであるが、慌ててボクの横に駆け寄った。

 勇敢なものだ。こういう時は背中に隠れようとしない。


 だけど大丈夫。

 ボクとしても歩み寄る最中はまだ推測だったので、小動物のように心臓がバクバクといっていたが、他の皆は止めようとしない事で確信へ変わっていた。

 突然向かって来たボクに対しドラゴンは顔を近づける。鼻息と磯の香りが、空気の塊となって正面からぶつかって来た。

 そしてボクは、その前に突き出た口の上に手を置いて、ゆっくりと撫でる。鼻の真ん前に鋭く頑丈な歯が幾つも並んでいるが、彼を信じている。


「はじめまして、アダマスだよ」

「キュルル……」


 返って来たのは、見た目とは裏腹に高い声色。安心出来る鳴き声。

 読心術を使うに恐らく歓迎しているらしい。


 普段コレを使うのは人間の動作に対してだからで、かなり動作がハッキリしていないと動物については解らない。

 なんせ全種族に対して使えたら、それは動物と会話できる事になってしまう。ボクのはそこまで便利じゃない。

 つまり、それくらい目の前のドラゴンは心の底からボク達を歓迎している。


 『このドラゴンはとても優しい性格である』という予想が当たって何よりだよ。


 脱走をしないという事は大人しいという事だし、放し飼いでも人々が驚かないのは『ドラゴンが自分達を襲わない』という事を街の皆が解っているからだ。

 慕われているのだと思う。 

 磯の香りからして海にでも行って来たのだろう。鱗の上から擦るように撫でた。


 そんな事をしていると、ハラハラとした狼狽した様子でシャルが聞いてくる。


「お兄様、大丈夫なのかや!?」

「ああ。大丈夫さ。シャルも撫でてごらん」

「う、うむ……。それでは失礼しますのじゃ」


 息を呑む表情とは裏腹に、あまり恐れの感情がなかった。

 読み取れる感情は『信頼』。ドラゴンに対してではなく、ボクに対して信頼を寄せているが故の判断である。

 読心術を使ってしまった事に対する申し訳なさの直後、嬉しいという気持ちが胸から込み上げて来る。


 そして、柔らかい女の子の手の平がドラゴンの身体へ、ゆっくり触れた。


「わあ、スベスベなのじゃ」


 一度安心したが故だろう。

 はじめてピアノに触れた子供であるかのように、ワクワクとしながら手の平で口の上の長い距離をなぞっていた。


 余談であるが、しっかりと栄養の取れたドラゴンの鱗は、高級な魔骨素材として取引される。そのまま飾るのも良いだろう。

 ワイバーンは竜種の中では火を吐かない『レッサードラゴン』という下級竜の位置づけであるが、触った鱗の感触は上位の竜と遜色ない物であったのである。


 シャルのマッサージに対して気持ち良そうにするドラゴンはさておき、周りを見た。随行者が居る筈だ。

 見張りも無しにドラゴンを街中に行かせる筈は無いし、勝手に出て行く性格でもない。

 性格を考えると勝手に前に出て歩くというより、誰かが牽引して後ろを付いて行くという感じの筈なのだが。


「初見だというのに【アポロ】を可愛がって貰えるなんて嬉しいねえ」


 そんな時の事だ。ドラゴンの『背中』から声がした。

 ソプラノをわざと濁らせた子どもの様な声である。


 既に人が乗っていたのである。太い首に隠れて見えないが、それ故に随行者は子供のように小柄であると予測できる。ボクの脳内書庫に思い当たるのは一名。


 故に予想は当たっていた。

 首の横から二つ、ピョコンとピンクの球の様なものが生えたように見える。騎乗者の髪の毛だ。


「アポロ……それがドラゴンの名前かな」

「そ。可愛くて良い名前でしょ」


 『彼女』はぴょんと背中から降りる。

 空想的な髪とは裏腹に、着ているのは武骨なゴム製ツナギ。水場で作業するのに愛用され、この辺では銅塊の様に厚みのある漁師達が着ているのをよく見る。


 声同様に、見た目は子供。一見するとボクと同じか、一歳ほど高いくらいだろうか。

 ただしそれは『只人(ヒューム)』の視点に限るのだった。


「やあやあ、アダマスじゃないか。大きくなったねえ」

「君はあまり変わらないけどね。ピーたん」


 言いつつピーたんは、着地と同時に少しズレた瓶底メガネを直す。

 そのフレームの掛かっている尖った両耳は、紛れもなく長命種(エルフ)の証拠だ。


 彼女こと【ピーたん博士】は、ボクが小さい頃から度々会っているが昔から見た目は変わらない。

 自称するには学園都市創設者とどっこいの年齢らしいので、少なくとも5世紀は生きている事になる。

 500歳のエルフなんて物語の中ではよくある設定だけど、こうして人間社会の中で実物を見てみると不思議な物だ。


 昔から知っている天才科学者という意味ではエミリー先生に近いものがあるが、同じ感情を抱かなかったのは、そこまで彼女がボクに興味を持っていなかった故だろうか。

 つまり、他者ではなく自分の為に才能を使う一般的な天才であるとも言える。

 天才は無理に周りに合わせようとしても浮いてしまうので、自然と自分の為に動くようになるのだ。


「他の人達とかは居ないの?」

「ああ、ちょっと街の人たちと話をしたいから先に行っててって言われてね。遅れているから直ぐに追い付いてくるよ」


 そんな事か。

 この時はその程度に思っていたのだが、此処でひとつの可能性が頭から抜けていた事を後悔する事になるのだった。

挿絵(By みてみん)

お絵描き。ピーたん

本名アンピトリテ。ピンク色の髪の毛は地毛。

純エルフなので素顔は美少女系…の、筈


読んで頂きありがとう御座います。


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