302 戦略シミュレーションの主人公
敵軍が赤い色で表記されたりするあのシステム
静かになった玉座の間にて。
ラッキーダスト家のご隠居、ドゥガルド・フォン・ラッキーダストは一人玉座に腰掛けていた。
展望を楽しんだアダマスたちが、魔王城を去った後の事である。
歓迎会まで時間があると適当な理由を付けて、アダマス達を外へ遊びに行かせたのである。
領主代行としてなら遊びに行く前に仕事をする方が正しい。
だが、最愛の孫があれだけの人数を連れて此処に来たことが何より嬉しかったのだ。
一旦遊びに行かせた方が、メンバー全員でオリオンに特別意識を持ってくれる下心もなくはないが、最も大きな理由は祖父としての気持ちである。
玉座の手すりの『カバー』をパカリと開くと沢山のスイッチが並んでいて、その内の一つを押すと、椅子全体がくるりと回って窓へと向き合った。
床に固定はしてあるが、仕掛けが無いとは言っていない。リクライニング機能や冷暖房も完備しているし、その気になれば床そのものが動いて椅子の位置を動かす事だって出来る。
港町を上から見て呟く。
「あれってホントに儂の孫?良い子過ぎん?」
「ご隠居様は謙虚な心配をなさいますね。
間違いなく貴方の孫ですとも。しっかりとこの目で確認させて頂きました」
『一人しか居ない』筈の部屋。突如声が聞こえてきた。
背もたれの後ろから聞こえるそれは、特別高くも低くもなく、聞き取り易い女の声だ。
しかし彼は慌てない。
瞼を孫の様にジトリと落として半目の状態にした。その眼球に見えるものは相変わらず窓の向こうからの景色であるが、脳内に焼き付けられた姿を忘れてはいない。
「……やはり来ているのだな。ハンナよ」
「ええ。私の目はおはようからおやすみまで、何時でも坊ちゃまを見ておりますわ」
「バカ息子の秘書をしなくても良いのか」
「私にとっては大した距離ではありませんから大丈夫です。貴方の時も、ちゃんと定期的にオルゴートの成長報告をしていたでしょう?」
「はっはっは、それもそうか」
確かに領の経営はハンナに任せていた。
しかし「定期連絡の為に船でやって来ました」と言っては度々会いに来るので、冒険中は妻の次に見知った相手である。
流石に人類未踏の新大陸を冒険している際中も怪奇現象の如く現れたのは驚いたものであるが。ハンナは「強制イベントなので、こういう現象もあるものです」と言っていた。
ドゥガルドが促した事ではあるが、妻はこの手段を使ってハンナに連れられて、たまに海の向こう側に居る息子に会いに行っていた。
誕生日や学園都市入学・卒業祝いや結婚式など、本当に『たまに』だ。
しかも周りからの批難も考慮し、オルゴートと二人きりになれる僅かな時間帯のみだが、妻は有益な時間だったと言っていた。
しかし一方でドゥガルド自身が領主としての義務以外で会いに行かなかったのは、個人的な罪悪感による物である。
平民と駆け落ちした貴族の面汚しで、実際に外国では天下の大海賊と知られる大悪党だ。突然「良いヤツ」になってどうする。罪は自分独りで背負えばいい。
けれども丸っきり繋がりがなかった訳では無く、息子への手紙は妻やハンナの指示で強引に書かせられていた。
息子からの返信は憎まれ口ばかりではあったが、普段から海の悪党として『本物の憎悪』という物に触れているだけあって、可愛らしい憎まれ口はなんとも微笑ましい気分にさせてくれたものだった。
例えば若者の間で流行っているらしい不幸の手紙なんかが来た時なんかは爆笑したものだ。
本当に嫌いであるなら、返信なんてしないしな。
そんな思い出を昨日の事のように振り返りながら雑談に花を咲かせていると本題に切り出した。
「お前たちは領主育成の為に、アダマスに試練に与えると聞いている。教材は恐らく、前々から問題になっていた『アレ』という事だな」
「ご慧眼、恐れ入ります」
ハンナな深々と頭を下げ、ドウガルドの脳裏でもその通りの動きをする。
お手本の様な礼は、若い頃の記憶と照らし合わせてみても一挙一動が合致していた。完璧な女である思う一方で、完璧と最高は違うという意味の深い笑み。
完璧故に心を読む事だって出来るのだから、ご慧眼もないだろうというツッコミもあるが、敢えて言わない。
そもそもこうした邪念を抱いても笑顔のまま接してくれるのは、彼女の寛大さによるものも大きいのだから。
「……まあ、干渉は最低限で頼むよ」
「はっ。心得ております」
ハンナは椅子より前に歩き、大窓の前で振り返るとスカートを摘まんで礼をした。その時はじめて、脳内のハンナ像と違う部分があった事に気付く。
「ん?メイド服のデザイン変えた?」
「坊ちゃまは服への興味が強く、私も時々変えているのですよ」
「そうかぁ。女の服を変えさせるなんて、あの歳にしてなんとも罪作りな孫だ」
言葉とは裏腹に嬉しそうに表情を緩めた。
その直ぐ後、ハンナは礼の体勢のままゆっくりと透けていく。まるで色水が海に溶け込むかの如くだ。故に暫くすると、白昼夢であったかのように見えなくなっていた。
こうして再び一人になった部屋で、海を眺めていた。
実はドゥガルド、アダマスと同様に読心術を持つ人間である。
しかもその能力はアダマスを遥かに凌駕する。それどころか、歴史上においても最強に近い才能を持つ。
しかし彼は、アダマスや勇者のように人の気持ちを察する事は出来なかった。
そもそも読心術とは魔法のように心を覗く訳ではなく、「対象の動きを観察して、内面を察する事が出来る」という病気である。
此処で重要なのは、動きを観察出来れば良いのだから読む対象は人間である必要も、生物である必要もないという事だ。
視野が広ければ広いほど、人間一人の内面を察するには小さすぎて効果が薄くなる。
その代わり『大きなもの』の『これから』を瞬時に理解する事が出来る。
ドゥガルドは、『海』その物の動きを読むことに特化させた人間だった。
微細な波の変化、風や船の揺れ、大気の温度や湿度などといった要素を五感で以て『観察』し、海がどの様な状況であるかを理解して安全な航路を求める他に海中に何があるかも、遠く離れた他の船の状況だって解る。
誰が敵で誰が味方か。どの様な人間が船の指揮を執っていて、どれ程の規模であるのか。
更に船の性能を測る技術の応用で、人間を道具として見た場合、武力・統率力・政治力・知略など大雑把にどのような性能であるのか等も手を取るように理解出来た。
因みに武力全振りの勇者の場合は、武力以外のステータスは理解できない代わりにチート能力並みに『攻撃力』や『防御力』などといった個の戦闘に必要な数値をもっと詳細に分析出来ていた。
尤も勇者は引き算が出来ないなど、壊滅的に学は無いので他人にフンワリとしか伝える事が出来ないし、パーティーを組むより独りで戦った方が強いのでそんな機会も無かったが。
アダマスの記憶の中に居るには居るが、本気で相容れない人種である。
読心術を超え、船乗りに因んで『風読み』と呼ばれるようになったドゥガルドの技術は、彼を最強の海賊にするにはそう時間がかからなかったし、航海に使う道具が発達した今でも無敵の技である。
新航路にしても完全に解っている訳ではないので、貴族や商人に取っては喉から手が出る程欲しい物だ。
因みに陸上でもある程度は機能する。
尤も、今は暴れるだけ暴れて実家でスローライフな最中なので「戦うのはもういい」という気持ちが強かった。全クリした後のゲームの虚しさというやつか。
そんな彼がポツリと、ある男の名前を呟く。
「さて、貴様はどう動くかの。
【バルザック・フォン・フランケンシュタイン】よ……」
その瞳にはこれから待ち受ける運命の形が見えていた。そこには『この街に居る』シャルの実父も組み込まれているのだ。
分岐する運命を眺め、笑みが漏れる。
──スパン
と、そこへ束ねた紙が後頭部へ置かれた。
別に蚊ほども威力は無いが、構造上大きな音は出る。ハリセンである。
「なにニヤニヤ笑っているんですか。ほら、紅茶持ってきましたよ」
ラッキーダスト家において、当主に紅茶を淹れるのは大体ハンナの役割であるが、ドゥガルドは違う。
平民メイド上がりの妻が居るのだから。
彼女は普通のメイドとそう大して変わらなかったが、美味い紅茶を淹れるので幼少時に『お付き』として側に仕える事を許されたのだった。
「はっはっは、昔からのハリセンの腕前は鈍ってないな。うん、そういえばこんな関係だったの。儂らって」
「何を今更。暴走する貴方にツッコミを入れるのは何時終わるのかと思っていたら、まさか爺さんになっても治らないとは予想外でしたよ」
今日も魔王城は平和だった。
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