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301/568

301  君に見せたいんだ。この向こう側にあるもの

「「「「「いっせーの……せっ!」」」」」


 五つの手が重なって、同時に最後のオーブを嵌めた。

 シャルが「お兄様、一緒にやるのじゃ」と二人の手を重ねて緑のオーブを嵌めたところ、あれやあれやと綺麗どころが集まってきて全員でやる事になった訳である。

 因みにお爺様は微笑ましい表情で此方を見ているのみである。人間老いれば与える事の方が楽しくなるらしいが、ああいう事だろうか。


 全てを揃えて暫く。

 ひとつのオーブが輝いた。ちゃんと目に配慮した優しい光である。

 輝きつつ別のオーブへ向かって光線を放ち、光線を吸収したオーブは同じように光り出してまた別のオーブへ向かって光線を飛ばす。

 揃った光の軌跡はオリオン座を描き、全てが強く輝いて門の縁取り全体に、なんとも形容しがたい光の模様が浮かび上がった。

 演出である。


 光を纏いながらゆっくりと内側に向かって開く門は、この先には何が待ち受けているのだろうかという期待を目の前の者達に抱かせる。目の前のシャルの様に。

 因みにボクは見慣れているので驚かない。


 門全てが開き終わった後、テンション高めに跳ねる調子の声が後ろから聞こえてくる。


「いやー、凄いね!良い物見せて貰ったよ。凄く面白かった!」


 意外にもエミリー先生である。

 まるで風呂上りであるかのように頬を火照らせていたのだ。

 分析機能の付いている義眼の光を上下左右にギュンギュン動かせて、その度に楽しそうに考える。


「天才のエミリー先生が機械の内部構造を覗いて『考える』なんて珍しいですね」

「そりゃ私だって考えるさ。欠片しか設計図を渡されなかったウルゾンJを、ほぼ想像だけで『再現』する時も結構考えたしね」


 スカートの端で揺らめくフリル。奥から覗くのは真鍮色のハイヒール。

 それを以て、もう光っていない城門に向かい彼女は歩み寄り、指でなぞりながら頬擦りした。


「クフフ……。これが海底帝国の技術かあ。

まだ人類では及ばない海底の住人だけあって、凄いモノを持っているねえ。くふ、くふふ……」


 浮かぶのは玩具を渡された子供の無邪気さと、取り入れようとする大人の愛。

 とても楽しそうな筈なのだが、それを見るボクの心にはチクリとする物を感じた。ボート遊びでシャルに抱いた感情に似るが、ちょっと違う気持ち。


 なのでボクは彼女に駆け寄り、横から細い腰をギュっと抱き締めた。

 エミリー先生は、ニマリと頬を吊り上げる。


「あらら~、アダマス君ってば嫉妬してくれるの?う~れ~し~い~!」


 言いながら思い切り抱き返し、胸の狭間にボクの顔を埋める。慣れた事なのに、この役割を別の何かに取られるのが悔しいのだ。

 ボクは嫉妬深い男なのである。


「……でも、続きは後でね」


 何時もより早くホールドを解いて霞へ消え入りそうな言葉を残す。

 しまった。感情が高ぶったのでやってしまったが、此処は玄関前じゃないか。皆の視線が非常に痛い。


「す、すみませんでした……」

「ほっほっほ、これもまた若さじゃの。謝れたようで感心な事じゃて」


 お爺様が笑って流してくれた。

 この場で一番偉い人なので、話を締めるのにとてもありがたい事だったのだ。



 その後も様々な魔王城らしい設備(アトラクション)を紹介された。


 どんな傷もたちまち治る『回復の泉』。

 だが、魔王が居なくなってからは濃度が薄くなり、今では健康に良い温泉ほどの効果しかないとの事。

 と、いう訳で現在は浴場へ配管を引いて湯として使っているとか。皆で入ろうと盛り上がった。


 勇者を悩ませる迷路は改装して太い一本道を中央に作ったが、原形となった細い道も残っている。

 途中から道が分からなくなってシャルが泣き出しそうになったが、床に大きな矢印が描いてあるし壁にも迷路の全体図が描いてあるし、途中でショートカット用の扉を設けたので心配は無くなった。


 一応扱いは代官屋敷城という『お役所』なので一般の客を観光目的で入れる施設でもないのだが、小さな部屋が沢山あるのは偉い人としては便利なのだ。

 因みに『勇者』が壁を壊す不正がないよう不壊属性が付いているのだが、それを改装出来るのはハンナさんのお陰である。


 ついでに年代物のミミックを見せて貰ったりした。

 迷路に所々宝箱が設置されている訳だが、勇者が開け忘れてずっと放置され続けた物を、そのまま飼っているそうな。

 ミミックは宝箱に潜むスライム・ヤドカリ・タコだったりとした生物型や防衛用の機械だったりと種類があるが、魔王城の物は幽体に近い純正な魔導生物というかなりの珍品だ。

 だって『お化け』が実在するのだから。微妙に触れるのがそれっぽい。


 アセナは冒険者生活でミミックを見慣れている筈だが、珍品への好奇心から興味深そうに観察していた。エミリー先生も同様だ。

 モテモテのミミック君であるが、今度は嫉妬で抱き着くのを我慢したボク偉い。


 そのように愉快なお約束を様々巡っていよいよ終盤に差し掛かる。


 大きめの部屋と向かいにある扉。

 これは守護者を倒さないと進めない扉だったそうだ。

 入り口の方へ振り返って上を見ると『安置』と呼ばれる謎の窪みが壁にあった。ここに引き籠って飛び道具を撃っていれば守護者は倒せるらしい

 尤も勇者アダムは大剣一本の脳筋勇者なので、安置の存在に気付く事なく激闘の果てに普通に倒しているが。


 ともあれ守護者は居ないので、今は禍々しいだけの普通の扉だ。

 中に入ると螺旋階段。その隣には、後付けであろう現在の流行に合わせた扉が取り付けられている。

 特注。しかも名のあるデザイナーに作らせたのだろう、現代式の装飾ながらも魔王城の持つ独特の雰囲気に違和感なく合致していた。

 引き戸仕様の外扉と格子型の蛇腹式内扉から成る二重構造は、代表的なエレベーターの扉の形だった。


 なので皆で入って上に向かうのである。

 ……そう、成人四名・子供二名の『皆』で入れるサイズなんだ。ウチでもカート一台とかそんな感じなのに。

 壁に付いている機械仕掛けの操作パネルをエミリー先生が手動でガチャガチャと動かし、無事に目的地へ辿り着くのだった。

 尚、操作には専門知識が必要で、エミリー先生にとっても初見の機械の筈である。



 そこはサッカー場程の大きな広間だった。

 最高階。『玉座の間』である。広さは戦闘用が為だ。

 奥には巨大な椅子が当時の姿で建っていた。それは床に固定されて動けない。

 勇者の記憶がある今のボクが見ると、魔王亡き今は何処か寂しそうにも見える。


 おもむろにお爺様が口を開いた。


「オリオンがまだ領都だった頃な。

初代様と魔王が戦ったこの部屋の使い道は、様々な議論があったそうじゃ。

沢山の机を入れて事務所の様にした執務室として良し。神聖な場所としていっそ触れないのも良し……」

「それで、どうなりましたのじゃ?」

「うむ。シャルちゃんや、先程エレベーターに乗ったじゃろ」

「はいっ!

ああいう大きいのは炭坑用の物くらいしか無いと思っていたので、とても凄く感動したのですじゃ!領主館の物より大きいし」

「ほっほっほ、それは嬉しいの」


 こんなに「のじゃ」の濃度が高い空気も珍しい。


 シャルはぴょんと右手を上げて、素直な感想を嬉しそうに述べる。

 機嫌を良くしたお爺様は辺りを撫でるように見回した。カーテンや時計など、所々見栄えが良くなるよう工夫されている。


 お爺様は嬉しそうに腕を広げた。


「パーティーホールになったのじゃよ。初代様があの窓の景色を大層気に入っておっての」


 窓の向こう。つまりやたらと仰々しい悪魔の飾りの口の部分。

 そこに嵌められた強化ガラスからは太陽に反射する水平線が在った。


 魔王と戦う前、背中合わせで友人のように語り明かした時に見えた、何処までも巨大な真珠の様に美しい自然の美しさその物だ。

 そして勇者自ら指揮を執って開拓し、死後発展した港町も見渡せる。

 嘗て海底都市の存在した土地であり、海底火山によって隆起した後は魔王が人間と手を取って作りたかった物である。


 領主代行として先ず連れて来られるのはこの部屋だ。

 此処から見渡す『歴史』を心に刻む、一種の儀式なのだ。


 それに、儀式は別としてボクもこの景色が大好きだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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