3 のじゃロリな妹
「ふふん、ふんふん。
そういう訳でだ、我が息子よ。シャルロットの事は任せたぞ」
父上はふんぞり返らない。
細めの腰へ手を置いて、ただ気楽にこちらを見るのみ。
それなのに大分偉そうにして見えるのは、心の中でふんぞり返っているからだ。
本人も認めていて、母上から聞いたところ若い頃からずっと変わらない父上の在り方だとか。
父上にふんぞり返る動作は必要ないのである。
だからボクにとっても相変わらずの姿だが、放たれるのは無駄にバリエーションに富んだ、対処に困る事ばかり。
正に傍若無人だった。
「いや、そう言うもどう言うも。
ボクとしてはなんにも聞いていないに等しいのですが」
「なあに、世の中の兄が兄になる事に理由なんて必要ない。アダマスだけが知っている必要などないものだ」
いやいや、勢いで言ってるけどそこは面白がって猶子にしたという明確な理由があるのでは?当主の決定だからどうしようもないのは分かるが。
一拍置き、父上は言った。
「俺は仕事については幾らでも教えてやる。
が、ぶっちゃけアダマスがシャルロットに対してどうありたいかなんて知った事じゃないのさ。よーく、考えてみるといい」
「……」
知ったような口を。
ボクは何か返そうとしたが、一拍タイミングが遅れた。
その隙に父上はヒョイと部屋の外へ逃げる。その顔つきは、ニヤニヤとしていた。
うっわ、むかつくわぁ。
部屋に残ったのは父上にぶつけてやろうとした気持ち。
そして先程からボクの目を、おっかなびっくりにチラチラと見るシャルロットである。
だからぶつけてやろうとしていた気持ちは呑み込んだ。
「ふう……まあ仕方ない。
さて、シャルロットよ。ボクの目付きが気になるかい」
ボクはいわゆる『ジト目』である。
つまり人を覗き込むような目付きをしている訳だが、印象の良くない物だと個人的には思っているし、実際に他者からも良い印象を持たれる事は少ない。
しかも表情の変化に乏しいので「顔は整っているのに、あまり眼を合わせたくない」との評判を頂いている。
何故そんな目付きになっているか。
実は、ボクには人の感情を読む力が生まれつき備わっている事に由来する。
世間じゃ【読心術】なんて呼ばれているね。
大貴族の息子という立場のボクは、一部の貴族連中には美味しそうに見えるらしい。
そんな彼等の笑顔の裏側にある黒々とした心を、幼い頃から見て育ち、気付いた時にはこんな目付きになっていたのだ。
自分から近付いておいて勝手に気味悪がるとか、理不尽も良いところだよ。
しかも『心を読む』とは書くもの、魔術とかテレパシーとかそんな便利なものでもない。考えている事をなんとなく当てるといった、感覚が優れているという程度のものだ。
例えば駅のホームとかでぶつかりそうになった時に「あ、この人このタイミングで曲がるんだろーな」とかで緊急回避するアレを物凄くしたものだね。
分かりづらいなら『顔色を伺う』の凄い版でも良い。
名前ほど便利なものではないが、己が実感出来ない者から見ればとても恐ろしい物に見えるらしい。
生まれつき持った観察眼の不幸とも言えた。
それはさりとて、ボクは少し驚く。
ボクの質問に対して、シャルロットがコクコクと小動物のように頷いていたからだ。
「……おや?」
読心術で読む限り、シャルロットは確かにボクの目が気になるようだが、彼女がボクに抱く感情は恐怖よりも好感の比率が大きいのである。
「怖がっている訳じゃないんだ」
「はあ。ま、まあそうですが、どうして分かって……」
「なんかそうじゃないのかなーって思って。ボクってこんな仕事してるから色んな人に接するしね」
この症状が発症してから裁判官や探偵の真似事をやらされることが多くなったので、言い訳も簡単に出る。こういう時はポンと軽く返すのが良い。
そして考える間を出来るだけ与えず、本題に移しておく。
「結構怖いって言う人は居るんだけど、シャルロットはなんで見ていたんだい?」
「その……綺麗な瞳だなって思って」
緊張で震えているのが分かった。口が上手く回っていないな。
でも、嘘でないのが嬉しい。ボクは出来る限り優しい眼を作った。
「ふーん……珍しい事を言う子だなあ。ならもうちょっと近付いて見て良いよ」
「へ?あ、はい」
シャルロットは一歩踏み込んだ。
読心術を持つボクには彼女の油断を突く事なぞ容易く、素早く手を彼女の脇に滑り込ませた。
そのままヒョイと素早く持ち上げて、彼女の軽い身体を持ち上げてボクの膝の上に乗せる。体重軽いなー、この子。
鼻先同士がくっつかんばかりに顔が接近する。
ぽつりと言葉を落とす。
「このくらい近ければ良いかな?」
「うへ?え、え、え、えええええ!?」
今自分がどういった状況に立たされているが、脳がやっと追いついたのか耳まで真っ赤にして、そのまま硬直。
どうして良いか分からず、ボクの眼をジィと見ているばかりだ。
面白いので此方も視線を合わせ続ける。
シャルロットはパニックで何も考えられていないようだった。
「……」
「……」
苦笑いが浮かぶ。
「まあ、進展がないのもアレだし、思ったことをそのまま喋ってみなよ。
なんでもしてあげるから」
「ほへっ!?なんでもとな!?」
「うん、ボクに出来る事ならなんでも良いよ」
すると何かを決心したのか、シャルロットはゴクリと唾を飲む。
へえ、こんな表情も出来るものなんだ。
「そ、それではお兄様……妾を……」
どうやら彼女の中では、ボクの呼び方は『お兄様』になっていたらしい。まあ、悪くはない。
それにしてもこの娘ったら一人称が妾だよ。箱入り娘って感じだなあ。
彼女は、サラサラのオデコのお陰でよく見える眉を、ギュッと締めた。
「愛してほしいのじゃ!」
追い詰められてやっと本来の口調で喋った風のシャルロットに、ボクはぽかんと口が開く。
これには心を読めると言われるボクも読めなかったなあ。
とりあえず凄いなこの妹。のじゃっ娘だよ。