299 お爺ちゃんのお家
オリオンにある元魔王城は海沿いにある高い崖の上に建っていて、その名に恥じぬ見た目をしていた。
魔王主人公の話が出回る今日この頃、『クラシック』過ぎて逆に珍しいのだ。
先ずは挨拶とばかりに二重のグネグネとした城壁に囲まれており、正面から見ると端が天に向いて尖ったように見えるデザインだった。
そして中心からはドンと黒くて巨大な城が聳え建っているのだ。
とはいえ、インクでもぶちまけたかの様に真っ黒という訳でもない。
少し薄暗い煉瓦を使っている程度で、寧ろウチの領内にある古い集合住宅の方が黒いのではないのかさえ思える。
余りに黒すぎると、こうして日の出ている時間だと逆に安っぽく見えてしまうのだろう。
しかし色合いによって黒く見せる工夫は見て取れた。
基本構造にはあまり普通の城と変わらないが、全体を縁取るように金色の素材が使われており黒を強調しているのだ。
更に所々の『出っ張り』を強調するギザギザした金色の飾りが伸びる。勿論実用性はない。
頂上の玉座の間は勇者と戦闘が出来る様に大きく作られており、全体から見ると塔の上がプクリと膨れているような形になっている。
更にその壁には、大きな角の付いた悪魔の顔を思わせる巨大な飾りが取り付けられており、屋根は禍々しい王冠の形をしている。
感想を述べるなら、ちょっとロマンを追求し過ぎじゃないかな。
もっと小さい頃に此処へ来た時は、重力で玉座の間だけ落ちないか不安にもなる時もあったが、海底人の超技術で何世紀にも渡り同じ姿を保っており今は気にならない。
夢で勇者アダムの事を知ってからは、元の持ち主がちょっとピュア過ぎる人だっただけにビジュアルも張り切り過ぎてしまったようだったと推測出来る。
まあ、それくらい純粋じゃないとあの時代背景で人間と仲良くやろうって発想は絶対なかったというのは納得できる話だ。
だって魔王視点を人間で例えるなら「災害から逃れた場所にゴブリン程度の低い頭脳の生き物が、原始的な武器で喧嘩を吹っかけて来た。此方は武力的に何時でも滅ぼせます」って状態だぞ。
「魔王城ってホントにこんな形をしているんだの。おとぎ話からそのまま飛び出して来たみたいなのじゃ!」
「浮世離れし過ぎて、お姫様の居る王城以上にロマンス性のある城と言われているからね。
此処を目的にウチに来る作家なんかも多い。
一日目は領都で、二日目はオリオンの観光コースね」
白馬の上。
ボクと相乗りをするシャルは、城へ指差しはしゃいでいたのだった。勿論、ボクの腕と脚に挟まれる定位置にスッポリと収まっている。
「と、いう訳で行くのじゃ!いざ魔王城!」
シャルは目の前に聳える仰々しい代官屋敷城を指差した。
しかし自ら走るとかそういう訳じゃなくて、目を輝かせながら「早く早く」と此方を見て急かす。ワクワク感で身体が左右に揺れていた。
と、いう訳で先ずは馬を止めると、はじめにボクが普通に降りる。
続いて馬の首付近からピョンと飛ぶように降りてくるシャルを上から抱く形で受け止める。これがボク達の下馬方法だ。
あの体勢でシャル個人が元気いっぱいに先立って、勢いよく降りると危ないからね。仕方ないね。
ボクのかわいい妹は周りに配慮が出来る良い子なのだ。
抱っこ状態のシャルはボクの頬に軽くキスをした後、身体のバネで新鮮なエビの様に跳ねて手元からピョンと離れた。
着地し、ボクの手を恋人繋ぎで掴むと、タッタと駆けて城門の前で止まる。
閉じられた観音開きの扉は、とても大きい。
シャルは小柄であるが、この扉を前にすればボクも他の大人組の皆も、同じくらいだ。初期のウルゾンJより半分ほど高いくらいだから、16~18mってところかな。
此方は煉瓦と違って夜の様に真っ黒な色で素材は不明。見た目は金属のようでもあるが、微妙に質感が違う。
そしてやはり本丸と同様に金縁が飾られていて、サソリのような形状になっている部分があった。扉の右側には、それでサソリの絵が描かれている。
とはいえ、サソリにしてはずんぐりしている。
図鑑では見る事の出来る化石の世界の住人。古代生物のウミサソリだ。
サソリ座とは魔王らしい趣向である。
左の扉は所々に赤い宝石が埋め込まれていて、同時に球状の何かを嵌め込む窪みが7つある。そして、その宝石と窪みを結ぶとオリオン座となるのだ。神話における勇者オリオンを討つサソリの構図である。地球の神話とはちょっと内容が違うらしいが。
思わずシャルは叫んだ。
「これは魔王の城の『7つのオーブ』!
王国中に散らばったオーブを窪みへ嵌め込む事で、扉が開くという有名な扉なのじゃ!」
当時、魔王アンタレスは勇者選別の試練として世界中に作ったダンジョンへ扉を開けるオーブばら撒き、それを守る魔物を設置したようである。
ちゃんとボスを倒せるアイテムを入れた宝箱や、回復の泉も態々用意してあったそうな。
ホント自分の城を攻めさせる気満々だな。あのロマンチスト魔王。
でも、正直ダレそうなイベントなので、ゲームマスターとしての才能はないと思われる。どうせ中ボスも『何度倒しても復活するアンデッド』とか置いたりしたんだろうなあ。
「ふむふむ。ならば、試しに嵌めてみるかね」
と、そこで声が掛かる。
老人特有の少ししゃがれた声だった。
だが体力的に衰えている様子は無く、聞き取りやすい物であった。
まるで霞が形を成したかのように、彼は突然、ボク達の横に現れた。
格好はシャツにベストと、パブにでも行けばあっさり見つけられそうな程度にカジュアルな服装である。
額には年相応に皺が刻まれ、整えられた白髪の髭を生やしていた。
顔から醸し出される上品な雰囲気は、どこぞの貴族の執事と名乗っても通じるだろう。
だが、ボクのように服に詳しいと解るのだが、着ている全てが高級ブランドの物だ。
そして誰かに好まれるように飄々と柔らかな表情を作っているが、生き方を語るかのように完成された猛禽類の様に鋭く凶暴な眼は隠し切れる物ではない。
「おおっ!それは是非!……ところで貴方はダレなのじゃ?」
「なあに、大した者ではないの。お嬢ちゃん。
儂は【ドゥガルド・フォン・ラッキーダスト】。このボロ城を君たちのお父さんから任されている、単なるジジイじゃよ」
そう言ってカラカラと笑って見せた。
いえ、全然大した人です。ツッコミ待ちですよね、お爺様。