295 魔王が去った後の魔王城
ピシッと人差し指を立て、シャルに声を掛ける。
「実はボク、オリオンには詳しくてね」
「それはワクワク出来そうじゃの」
突然であるが、ボクは次期領主として領主代行の身分を与えられる事がある。
その時の出張先は歴史ある旧都であり貿易の拠点であるオリオンの場合が大半だ。故に楽しみ方も覚えたのである。
とはいえ小さいボクには荷が重く、実務をしていたのは専らハンナさんだったが。つまり今とあまり変わらない訳だ。
基本的なサイクルは大真珠湖から海に伸びる大河を船で渡り、城で代官をしているお爺様への挨拶と歓迎パーティー。
その後ハンナさんが主体になって街の視察・有力者への挨拶回り・軍艦や貿易港などの調査。見学のボクは名目上では一番偉いので、ハンナさんの決定に相槌を打つ。
城に戻り、ハンナさんの書類整理を手伝って領主代行としてのお仕事終わり。たまにお爺様も手伝ってくれるな。
それが2~3日程。終わるとプライベートビーチや観光街なんかでバカンスを楽しみ帰宅といった感じだ。
お爺様としてはハンナさんの強さをよく解っているので、孫のバカンスに護衛は邪魔と判断しているらしい。
と、それではシャルの心には響かないだろう。
何でも楽しめる無敵のシャルなら、もしかしたらそれでも効いてしまうかも知れないが、出来るだけ楽しめる案を提出したい。
面白いと思えるものの方が、移動中の船旅は楽しいものだからね。
「なんとオリオンに行くと、魔王城に住めるよ」
「なっ、なんじゃとっ!」
アーモンド形の目が大きく開かれて、ピョンとツインテールが跳ねるという、良いリアクションを見せてくれた。
ライトな勇者伝説とかが大好きな妹様のハートにはクリーンヒットだったようだ。
最近はボクの部屋の本棚にもそういう小説が増えてきたので、気持ちはよく分かる。シャルに布教されて貰った物だ。
海底人の超文明によって作られた魔王城は数世紀の時を以てしても劣化せず、魚雷や対空ミサイルといったオーパーツ規模の兵器をそこらの塵から製造し、ついでにバリアも張れる。
代官屋敷城である前に、無敵要塞として海賊や深海の魔物などの脅威からオリオンを守っているのだ。もはや守護神とも言えるな。
貿易港として人気があるのは侯爵領が豊かだったり、上手く儲けて貴族籍を買えば父上に取り立てて貰えたりと様々な理由があるが、一番の理由はシンプルに安全だから。
海賊から追われていてもオリオンの領海内に逃げ込めば、どんな大悪党でも追って来る事が出来ないのだ。
現代でも王国最強の城と言われ、接収されないのは『総力戦でも王国軍が負けるから』の理由がある。
政治の世界で影響力を決める要素は様々だけど、やっぱ決め手は暴力だね。
そういった意味でも見た目重視な領主館とは別ベクトルな建物と言えよう。
尚、そんな魔王城に勇者アダムが簡単に入れたのは、無敵要塞としての機構が『魔王の試練』の失格者に罰を与える為の装置という一面も。
魔王的にはイベントをこなさずに初期の城からいきなり艦隊を貰って総攻撃を仕掛けるのは勇者失格だったらしい。
ところでシャルは目を光らせて話題に喰いついてきた。
「魔王城という事は、まさか謎解きギミックがある地下の迷路とか、複数アイテムを揃えないと開かないロマン全開の門とかもあるのかの!?」
「ああ。流石に普段使いでは不便だから改装してあるけど、出来るだけ名残は残すようにしているね。その機能も使えるよ」
「おお……。と、いう事は城の周りに毒の沼とか、中ボスのドラゴンを倒さないと開かない扉とかあるのかの!」
「流石にその辺は街の安全やら仕事やらに支障が出るから撤去かなあ」
「ちえ~、なのじゃ」
少し肩を落として唇を尖らすが、はじめ程ガッカリした様子は無かった。どうやら気分を乗せる作戦は成功したらしい。
そんな彼女の顔をつい顔を引き寄せて軽くキスをした。特別な意味はない、何時もやっている挨拶程度の気持ちだ。
「と、いう訳で一緒に行ってくれるかい?」
唇を離したボクは、微笑みを浮かべた。
するとどういう訳だろう、シャルは顔を赤くしてモジモジと人差し指同士を合わせてしまったではないか。
少し目を逸らした彼女は恥ずかしそうに呟く。唇を尖らせながらのソレは、まるで小鳥の啄みだ。
「ハイ……喜んでお供させて頂くのじゃ……」
どうしたのだろう。
首を傾げて逸らせていた視線を合わせると、再び啄むように、途切れ悪く応える。
新たに芽生えた感情に対し、それを確かめるよう、己に言い聞かせるよう、思っている事を口にしたようだった。
「その、なんかお兄様……はじめに会った時と比べて、笑顔を浮かべる事が多くなっとらん?」
「そうかな。まあ、今まではぎこちない笑顔が自然に出る様になったのは確かかな」
表情筋が鍛えられるようになったからだと思う。
それもこれも最近はシャルやエミリー先生など、彼女達と居ると日常が楽しくなって、よく感情を表に出す様になったからだと思う。
───だからこそ
「特別な人の前では一番自然に笑えるんだ。これが心から笑うというヤツなのかも知れないね」
言った時のボクの顔は、丁度水面に映っていた。
その、なんとなく自然に出来た表情は笑顔と呼べる物だった。たったそれだけだというのに、シャルは頬を膨らませて沸騰しそうな程に顔を赤くした。
「むふ~~~!お兄様っ、いっぱいズルいのじゃっ!
何時ものお人形さんみたいな表情とのギャップがなんかとってもエモくて、そんな顔でお願いされたら了解する以外ないじゃろう!」
『いっぱいズルい』とは凄い言葉だな。言わんとしている事は解るので、特にノータッチにするけど。此処で指摘して得にはならないし。
なので代わりに、再び微笑を浮かべながら落ち着けるよう抱き寄せたりした訳なのだが、シャルの興奮は収まるどころか絶頂に近い状態まで上り詰める。
「んにゃ~~~っ!!バタンキュなのじゃ」
幸せそうな顔でボクの胸にもたれ掛かって、なんか倒れた。
耳元に息を吹きかけてみたところ「んひぃ!」とは言うし、脇の下を擽ってみると「うひゃひゃひゃひゃ、ギブ!ギブなのじゃ!」と、ちゃんと反応は返ってくるので意識はあると思われる。
なら、どうするか。
取り敢えずもう一回くらい擽っておこう。ハンナさん、ちょっとそこに生えている大きな鳥の羽みたいな草を取って下さいな。
「ぶひゃひゃひゃひゃ!ギブって言うたじゃろにーっ!」
庭園にはソプラノボイスの絶叫が響き渡った。
後、シャルの肌はぷにぷにだった。
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