293 武器版ヨーヨーは子供ヒーローのステレオタイプ
人差し指に指輪を嵌める。
正確には懐中時計の鎖の末端に付いている留め具で、服のポケット等に取り付ける物だ。
本来の役割を果たす為に手錠よろしく開閉出来る構造をしている訳だが、機能の一つに過ぎない。
指を跳ねさせ懐中時計を手元に戻した。
「おおっ!武器版のヨーヨーみたいで格好いいの」
「良い着眼点だ。この懐中時計の仕掛けって、基本はそんな感じさ」
何時ものようにシャルの頭をなでなで。
指輪は魔力を通す事で魔骨製の鎖を介して本体を操作するリモコンの役割をしている。
スイッチや安全装置の省略など。単なるからくり仕掛けでも出来なくはないが、手元を本体が離れていても操作可能という利点がある訳だ。
しかも成長して体格が変わっても大丈夫。
ある程度は変形が効き、ボクがどんな年齢でどんな体格でも対応可能との事だ。この辺は魔骨でも再現可能。骨格を変えて変形するタイプの魔物の骨の粉末を合金に混ぜて作るのだ。
しかし今指に嵌めている物は、若い頃のお爺様が海を探検している時に発見した物凄い高価なオーパーツを態々改造した物らしい。
本来は御伽話で魔法使いが付けて魔術媒体にしている『魔法の指輪』に近い物だったとか。
さて。魔力を流せば、カシャリと内部のからくり仕掛けが稼働して本体は前後に分かれ、二枚を繋げるのは中央の芯には鎖が巻かれている。
巻いてある鎖は最終的に指輪へ帰結する、ヨーヨー形態の完成だ。
この鎖は予算度外視で作った特殊合金製で、成龍が引っ張っても数分は千切れない。緋サソリをグルグル巻きにしていた鎖の上位互換だね。
このまま武器として扱って良し。構造物に引っ掛けて建物間を移動したりワイヤーアクションするも良し。
負担なんかは魔法の指輪と本体の内部機構が調整して、象が踏んでも壊れない本体へ散らしてくれるので、指が千切れたりはしない。
そんな物凄く優秀な暗器なのだが、ボクが未熟なせいか今のところ出番のない不遇のアイテムでもあった。
緋サソリの時も上半身をガッチリホールドされていなければコレで脱出出来た筈なんだけどなあ。
さて、勢いで出してみたけど何も考えていないぞ。
取り敢えず技でも出してみるか。
ヨーヨーなので回転させて、鎖であやとりのように蜘蛛の巣の形を作り、ひときわ大きな空間に本体を通したままブランコの状態で回転を維持。
ハイ、蜘蛛の子っと。ストリングプレイなんたらの別名もあるが、初期案なので正式名称ではない。
シャルはクルクル回る金毛の羊を、吸い付くようにジッと見ていた。静的な身体に半比例するように目はキラキラと輝いている。
こう見られるともう少しサービスしたくなる。
あやとりをサッと解いて再び手元に戻して、懐中時計本体を彼女に差し出した。
「シャルもやってみる?楽しいよ」
「良いのかやっ!?」
「良いよ。シャルは特別」
「わ~い、なのじゃ」
シャルの魔力でも使えるように登録しすると、八重歯を見せながら無邪気に笑う。
しかし途中で回転の保持が難しくて泣き出しそうにもなったが、そこで登場エミリー先生。
教えるのが下手なボクの代わりに、力学やら構造やら難しい事を分かり易く解説し、手首の動き方など試行錯誤しながら結果を残す事になる。
シャルの顔はやり切った顔をしていた。
「デデーン!なのじゃ」
「おお~、凄い凄い」
「えっへっへ、お兄様とエミリー先生のお陰なのじゃ!」
ボク達から拍手を浴びせられる彼女の指先からは鎖が垂れて、先端にはクルクルと回転を維持する懐中時計。
これならヨーヨーの競技でも点数を出せる立派な『技』だ。
それにしてもシャルの応援と言うか、天然で人に何かをさせたいと思わせる動作は凄いな。ボク単品だったら此処までやれなかったと思う。
シャルが楽しそうにしていると、ついついもっと楽しませたいと頑張ってしまうのだ。
尤もベッドやらお風呂やら更衣室やら。シャルが一緒に居る事が当たり前になっているここ数日に『ボク単品』を比較するのも難しいが。
「ところでアダマス君。さっきシャルちゃんは特別って言っていたけど、私は特別じゃないのかな」
「エミリー先生も特別ですから大丈夫ですよ」
ちょっとゴメンねとシャルを膝から降ろし、船の揺れで落とされないようにハイハイで近付く。揺れのせいでちょっとおぼつかなくて、本当に幼児みたいな動きだ。
彼女の膝に乗ると、白い頬にキスをした。
そしてエミリー先生は暴走した。
◆
数分後。
首から股間にかけた縄に幾つかの結び目を作り、お腹の辺りで六角形を作る事で、亀の甲羅にも見える縛り方。
鎖によってそれを用いられ、エミリー先生はハムの様に緊縛されて横たわっていた。勿論ドレスの上から縛っている。
はじめて鎖として役に立ったな。
エミリー先生は母性と愛欲が融合している難儀な性格だ。
ハイハイで近寄って甘えるようにキスまでしてしまえば、こうなる事を失念していたな。
「正直なところ、シチュエーション的にはボクも嫌いではないです。
ただ、最中に船がひっくり返るのはムードが落ちますし、そうでなくても危なっかしさを覚えながらはちょっとな感じですかねえ」
「あっはっは、ゴメンゴメン。今度、ひっくり返らない船を作っておくよ」
彼女は横たわりながらもケラケラと笑った。既に正気には戻っているようだ。と、いうか途中からノリでやっていたと思われる。
でも、ひっくり返らない船は本当に作ってくるんだろうなあ。
因みにシャルは、そんな様子をドキドキと指の間から目を見開いて見ていた。二人が楽しそうで何よりだよ。
一息をつき、着崩れて鎖骨や肩が少し露わになった服を正すと残念そうな声が聞こえるが気にしない。
「さて、これからどうするか」
「それでは坊ちゃま、オリオンに向かわれるのは如何でしょう」
声を掛けられたのは絶妙なタイミング。
沈みかけの涼しそうな日光を浴びて用水路のほとりから声をかけるのは、ボクの乳母故に専属メイドみたいな役割も果たしているハンナさんだった。