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289/566

289 六枚切りの食パン:一枚63グラム

日本円に当てはめて1ルメハ=1円。

ただし物価は異なるものとする。

 ある日の午後の事である。


 父上の手伝いを終えたボクとシャルは何時ものようにお忍びで外に出た。

 お昼になればラーメン屋で魚醤の匂いがキツめの醬油ラーメンを食べ、イチャイチャと遊び、そして労働者達が退勤時間になったなという時間の事である。


 行く事がスケジュールに組まれていた、ある場所に来ていた。

 大宴会から暫くぶりにショーヘイに会う為である。


貧民街(スラム)とはまた違うんじゃの」

「ここいらに住んでいるのは、一応ちゃんとした『市民』だしねえ」


 シャルが見上げているのは、赤煉瓦で作られた集合住宅である。


 一目見ると外から鉄骨で補強されている様にも見えるが、そうではない。建物を覆う鉄製の階段や金属管が支えに見えているという話だ。

 補強されているように見せているのは所々にヒビが入り、煤汚れた古い煉瓦である事と、単に道路が汚い事による。

 それら下級労働者達の住処が、ゾロゾロと辺り一面に立ち並んでいた。


「ボロボロだけど実用性一直線なのじゃ」

「おや、こういう所は苦手だったかな」

「そんな事はないのじゃよ。機能美があって素敵じゃしの。いわゆる劇画チックに『むせる』なのじゃ!」

「そうかい。まあ、此処に住んでいる人達は飾る事にお金を掛けられないってのもあるけど、こういう時期が一番楽しくて一番輝いて見えたのはよくある話さね。

主人公が貧しかった時期が一番面白いサクセスストーリーのなんと多い事か」


 治安の充実と農業技術の発展により、都会に職を求める若者が増えた。

 画家に、演劇俳優に、錬気術士にエトセトラ。様々な物になりたいと夢を持つ者が居るだろう。ない者も居るだろう。

 後から夢を持つのも良い。


 だが一様にして成す為の金はなく、こういった安アパートを借りてまだボンヤリとしか決まっていない夢を語るのが此処という事だ。

 一方で安アパートに住まざるを得ない、年を重ねた方々もいらっしゃるけれどね。


「で、此処にショーヘイが来ているんじゃったの。アセナのトコに住み込みの筈じゃったから、冒険者としての仕事かの」

「そうだね。今のショーヘイにはぴったりの仕事をしている」

「なんか冒険者の仕事とアパートって結びつきが考えられないのじゃが……あっ!」


 シャルは周りを見回していると、街中で宝物を発見した時特有の反応をした。

 キラキラと目を輝かせ、ブンブンと手を動かしてボクに話しかける。


「お兄様!パンじゃ!みんなパンを持っているのじゃ!」


 確かに彼女の言う通りだった。

 道行く人は皆、長いバゲット(フランスパン)を大切そうに持って帰路に付いている。

 普通、ボク等みたいな金持ちに見える子供がこういった場所を歩いていると、チラチラと視線をよこされる物だが、一様に興味は無い。皆、それどころではないのだ。


「ああ。今日はパンの配給日だからね」

「ふ~む。もしかして皆、食べるに困っておるのかや。市場だとジャガイモが凄く安い印象じゃったが」

「そ。此処に住む人達の低賃金ではパンを買うにも困る人は少なくない。それ故に、月一でああやって無料で配給している訳だね。

確かにジャガイモが安く買えるんだが、主食はやっぱパン。父上の政策さ」

「ほへ~。なるほどのぅ」


 一般労働者の週賃金が、おおよそ大銀貨・角銀貨・銀貨がそれぞれ一枚ずつ。18000ルメハくらいだ。

 そしてバゲットのパン一個240グラムが小銅貨一枚の500ルメハ。

 尚、この値段は港町オリオンから貿易商を介して小麦を輸入しているウチならではの物。

 本当はもっと安く出来るそうだが、目の前のように貧者救済用に無料配給もするのでこの値段らしい。

 王都だと銅貨一枚の750ルメハか、それよりちょっと高いくらいだったっけな。

 それでも家賃やら服代やら、ついでに仲間内でやるしょっぱい博打の損失やらを差し引くと、まあ、それなりにキツくなるな。


 同じ人に渡さないよう、チケットとか細かい制度が別にあるんだけど、そこらは省略。

 兎にも角にも、こういう福祉は領主がやらなければ別勢力がやり始めて権力の分散につながるからかなり重要な事らしい。


 ウチの領ではないが、古くは教会勢力がやっていたし、今ではマフィアなんかに闇市よろしくやらせてしまっている場所もある。

 そういうのを放置しておくと、中々取り締まれない反社会組織である『いいヤクザ』が根付いてしまう訳だ。

 権力者を倒すのは何時だって『貧しさ』。これ重要。


 なので完全な慈善福祉という訳でもないという事だね。

 ちゃんと配給の時は「ラッキーダスト侯爵様によるパンの配給を行います」って言うらしいし、読めるかは別としてチケットにも書いてある。


 因みに、我が国でジャガイモは剣と魔術の時代以前からある伝統的な食べ物だ。

 ミュール辺境伯の守る国境の向こう側に大平原がある。アセナの故郷だね。

 更にその先に行くと巨大な山脈地帯があって、そこから亡命して来た者によって現物と栽培法がもたらされたそうな。

 なので別に新大陸からやって来たとか、しばらく観賞用だったとか、毒として警戒されていたとか、聖書に載っていない悪魔の植物として食用化が滞ったとかの歴史は無い。


「……で、此処が『広場』になりまーす。ウェーイ、パチパチ」

「パチパチなのじゃ!」


 広場に付いた。


 広大な領都に小さな広場がポツポツとある訳だが、此処は幾つもの太い道路同士が交わる場所といった感じ。

 真ん中には開けた空間があった。

 空間を形成する円を描くよう、所々へ木が植えられていて、根元には丸い一人用ベンチが幾つも並べられている。


 その一つに、シャルは指差す。


「あ、ショーヘイ見っけなのじゃ」

「あの肉体年齢では隠し切れない中年臭さは確かにショーヘイだね。変わってないなあ」


 ベンチのひとつに彼は座っていた。見えるのは背中だけだが、確かにショーヘイだ。

 久しぶりといっても、そう大した日数が経っている訳でも無し。髪型や身長なんかは全く同じである。

 疲れているのか背中を丸めて哀愁を漂わせている。


 なのでボクは、忍び足でソロリと彼の背後に近寄った。

 ゆっくりとあの日と同じ言葉を紡ぐ。


「君、誰?なんかおじさんっぽい」


 ショーヘイは一瞬肩をピクリと動かし、ゆったりと此方へ振り向いた。

 そこにあったのは苦笑い。だけど初めに見た卑屈な感情はあまり見えなかった。心からの『嬉しさ』から来る歓迎の色が見えたのだ。


「おじさんって言うなし」


 ベンチの隣には革の鎧。はじめに会ったあの時と同じやり取り。

 しかし冒険者社会にもまれたその顔は、くたびれつつも一回り逞しくなっていた。

ピコピコ=リンリン王国・貨幣表

(単位は『ルメハ』で計算。所々に中途半端な数があるのは旧貨幣によるもの)


半賎貨:1 賎貨:5 粒銅貨:50 雫型銅貨:100

小銅貨:500 銅貨:750 大銅貨:1125

小銀貨:2000 銀貨:3000 角銀貨:5000 大銀貨:10000 

小金貨:50000 金貨:100000 大金貨:200000


金剛貨(別枠):ダイヤモンドで出来た貨幣。中央に紋章が刻まれている。

大きさやカット数で値段が変わり、とても大きな取引に使われる小切手に近い。使用には、それを鑑定する技量を持った鑑定士を雇うか学が必要という意味合いも込めて、それなりの『身分』が必要である。


◆物価の一例

・ジャガイモ一袋(18ポンド:8.165kg)。900ルメハ。37個入りで、一個24ルメハほど

・ベーコン(450g)。210ルメハ

・茶葉(2オンス:57g)。800ルメハ

・卵一個。100ルメハ

・砂糖(3ポンド:1.361kg)。2100ルメハ

・バター(1.5ポンド:680g)。2100ルメハ

・シャツ。800〜1200ルメハ

・コート。2400ルメハ

・中古の男物ブーツ。1800ルメハ

・お高い服(下層中流階層向けや裕福な労働者階級向け)。19200ルメハ

・アセナの出版してる新聞。100ルメハ

・パパ上の発行してるラッキーダスト領公式パンフレット。1125ルメハ

・大工の週賃金。25200〜36000ルメハ

・機械工の週賃金:25200〜50400ルメハ(エミリー先生が子供達に教えている分野)


読んで頂きありがとう御座います。


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