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276 放課後ティータイム

「それでは、よい異世界ライフを」


 出来上がった仮身分証は、薄っぺらい羊皮紙に書かれたものだった。


 営業スマイルで差し出されたショーヘイは、壊れ物でも扱うようにその紙切れを両手で大切に受け取った。

 再発行は可能だが、今回父上が直接来たのは『正体不明の異世界人』と会う為であって、一般的な戸籍無しは『領主様』に会う事すら出来ない。

 つまり、これを無くすと長い長いお役所仕事の犠牲者になる。その間はずっと戸籍無しに逆戻りだ。


 仮身分証とは、産業革命の余波によって爆発的に増えた戸籍が無い人間に対して発行される物で、最低限のメシの種を得るのに必要な公共機関を使えるという救済処置の一種だ。

 父上から見れば、結局異世界人は『力持ちだけど雇用の無い田舎者』に過ぎない。


 単なる田舎者にしては領に抱え込むリスクは多すぎるし、リターンも少な過ぎるんだけどね。

 法的手続きが面倒だし、お金をかけて育てた暗部を一人潰す事にもなるし。

 尤もその辺は父上の個人的感情と大貴族の余裕によるもの。そういう意味では珍しい動物よろしく、異世界人を抱え込む事は貴族のステータスに繋がるのかも知れないね。

 あくまで推測だけど。


 なにはともあれ、我が領の住人が一人増える事になったのだった。


 余談であるが「父上は領主の仕事があるのにネトゲに打ち込むとか大丈夫なの?廃人もびっくりな情報量だよ」。

 そんな疑問が浮かんだので後日聞いてみたのだが、実は暗部の皆さんから成果を定期的に報告されるという仕事形態をとっているらしい。

 暗部には、学園都市から秘密裏に雇った「ニートやるのは良いけどネットもやりたい」な異世界人なども交えた『異世界解析班』というものが存在し、今も地下室にて黙々とインターネットに打ち込んでいるとか。

 もしかしたらショーヘイもネトゲやSNSの最中、何処かでウチの世界の住人と接触していたのかも知れない。


 これは地球へ帰還かこの異世界に留まるかで悩んでいる転移者に対する福祉サービスにも役立っている。

 メールやSNSなどを介して向こうと連絡を取ったり、新聞やニュースなどを見せて自分が居なくなった様子を見せたりして今後を決定させるのだ。

 異世界転生したケースなら、死後の地球の様子を見れる訳だね。

 尤も、地球に帰還しても変わった姿が戻る訳でもなければ本人と証明出来るものもないのが難しいところ。


 そんな解析班の雇用形態は公務員。

 業務内容としては一日中画面に張り付いているだけで高賃金のサービス残業なし。ただし地球のネトゲ廃人との付き合いもあるので残業はあり。

 シフト制で休日ありのオヤツあり。運動不足解消にトレーニング器具の使用も自由。

 ただし完全秘匿性で休日もプライバシーは無きに等しい。


 それを幸福とするか不幸と取るかは個人の自由であるが、暗部の皆さんと学園都市から出張している異世界の人は、取り敢えずお疲れ様です。



 領主館を出て、これから冒険者ギルドに向かう事になる。


 サバイバルから帰って来たばかりなので軽くお風呂に入ったのだが、ネタにするような物もないので省略。

 浴場や設備に対するショーヘイのリアクションがちょっと面白かった程度か。


 プール程の大きさをして庭園を見渡せる巨大ガラスの張られたお風呂は、中々インパクトがあったそうだ。

 石像の持つ水瓶からジャバジャバお湯が出たりするのだが、ショーヘイの感覚だと『度を超えたお金持ち』のステータスらしい。

 今までもお金持ちポイントは沢山あったのに、まさかそれが決め手になるとは。家の経済力はバスタオルに表れるというやつか。


 それはそれとして、ショーヘイはこの世界らしい格好に着替えていた。

 上はチュニック。下は膝までの作業用半ズボン。その頭には適当にハンチング帽なんかも被せてみる。

 ちょっと細かい所が豪華だけど、平民の子供に見えなくはない筈。


 領都に付いてからボクん家に来た時、余りにも目立つと適当に見繕ったのだ。


 彼の肩から吊り下げられたポシェットには仮身分が入っており、大切そうに握ってソワソワとしている。

 おいおい、そんな大切そうにしていると街に出た時スリにあうぞ。

 法治国家から来た彼にとっては人間である事を証明する唯一の物なのだから、そうなるのも分からんでもないけどさ。

 ボクはナイフ一本あれば生きられるけど。ああ、それでもシャル達と離ればなれはキツいか。


 ボク達二人は横並びに庭園の大通りを歩くそんな時、正に「突然の事」と形容するに相応しい出来事に遭遇する事になるのだった。

 生垣の硬くて小さい葉っぱが舞い上がり、中からは大きいのと小さいのの二人が飛び出してきたのだ。

 ドドンと立ち塞がる彼女たちは、色々な意味で見た目が対極である。エミリー先生とシャルだ。


「話は全て聞かせて貰ったぞアダマス君!」

「聞かせて貰ったのじゃ!」


 手と胸を大きく広げて通せんぼのポーズをしたまま、両手を上下に動かして踊る。

 ついでに腰と膝も使ってズンチャカと楽しく踊る。事前に打ち合わせをしていたのか息が合っていて大変宜しい。


 駒の様に一回転してピタリと止まり、チラチラと此方を見て来た。どうして此処に居るか聞いて欲しいらしい。


「どうして此処に居るのかな。

というか実際問題、今日のシャルって修業場なんじゃなかったっけ」


 後半は素直な疑問。


 ボクがサバイバルをしている間、シャル個人が他の貴族達と話しても上手くやれるように、不定期通学だが修業場へ通う事になった。

 誘拐事件の後日、バリツの修行をしなかった場合の案のリサイクルだ。

 修業場に個人的な苦手意識があったので、シャルを向かわせるのは不安だというのを父上に伝えたが、通学日はエミリー先生も臨時教員をするという事で父上と話が付いたのを覚えている。


 だからエミリー先生とコンビで居るのは自然な流れである。

 四日ぶりに見るシャルのどや顔は、とても安心できるものだった。


「妾が居るのはもう放課後だからなのじゃ。

今日の中休みにハンナからお兄様が早めに帰って来ているのを聞いての。エミリー先生と一緒に待ち伏せしていたのじゃ!」


 一息。

 感情に任せて勢いで言った為、ちょっと呼吸が必要だったようだ。ツインテールがクルリと宙を舞って、ピシッと決めポーズ。

 このセンス。踊りの振り付けを考えたのはシャルだな。


「紅茶を飲みながら!」


 元気よく言った。

 決め台詞がそれかあ。かわいいので許す。


 それにしても、ハンナさんは領主の部屋でずっと父上と仕事をしていた筈。

 ボクが戻ると決めたのはショーヘイと会った時なので、完全に外界から遮断された森の中の情報をいち早く持ち帰る必要がある。

 授業間の中休みにシャルへ話をするには時間軸がおかしいけれど、ハンナさんだしまあ良いや。

 只、紅茶そのものはハンナさんからティーセットを借りたエミリー先生が淹れていたそうな。


 そんなやり取りをしている一方で、テンションとかに取り残されていたショーヘイはポツンと目を点にしているのだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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