272 貴族はお茶会が好き
確かに烏龍茶は、向こうの世界でなじみ深いものだ。
だけどそれだけ。
自慢するに間違ってはいないが、正解という訳でも無いのではないだろうか。
烏龍茶は味噌と同様に古代遺跡から発掘されたレシピより作られた。
複雑な製造工程を得るものの沢山のレシピと種子が見つかるので比較的簡単に再現され、一部は平民でも飲める程度には出回っている。
そんな事をのんびり考えていると、少し違和感を覚えた。直後に「あっ」と嫌な予感が警報音を上げた。
烏龍茶のレシピは『沢山』見つかった。それが意味する事に気付いてしまったのだ。
この『テスト』には正解が存在する。
そして選択次第で、ショーヘイのこれからが決まるかも知れない。喉奥からじわじわと感じさせる物は、即ちソレである。
「さて、何方を選ぶかね」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる父上は、烏龍茶はショーヘイを驚かすものでないと知っていたのだろう。そもそもアセナの冷蔵庫の中身位、知っていて当然だ。
だからこそ意味のあるテストなのだ。
油断させて、此方の世界の底を知った気になった異世界人がどの様に行動するか。見ているのはソコだ。
この『罠』をどう対処するかとショーヘイの方を見やる。
彼は若干顔を青くしていたが、恐る恐る一言を発した。
「ええと、では紅茶を下さい……」
「……えっ!?」
その回答に対し、思わずボクは虚を突かれた。まさかの正解だよ。
どういう事なのか、ショーヘイをジッと見る。
「じ~」
「え、え?何、なんだよ」
「……いや、別に」
観察の結果分かったのは『違う』という事。正解は只のラッキーパンチだった。
だとしたら単に賭けには出ないという小市民としての本能だろう。ビビっているとも言う。
はじめにボク達と会った時といい、父上の『地球』に関する知識量といいで、この先も何かあるのだと想像を膨らませてしまったのだと思う。
返って来るのは父上からの力強い返事。黒い意味のある、邪悪な力強さだ。
思わずショーヘイの心は一歩下がって声を緊張させる。
「おお、そうかい!
君が我が領に『興味』を持ってくれて結構な事だ。ではブレンドは此方で決めさせて貰うよ。良いかな?」
「あ、はいっ!お願いしますっ!」
「だが、異世界から来た君の舌に合わないかも知れないよ。それは良いのかな?今からでも変えて大丈夫だよ」
「いえ、一回言った後に偉い人に変えさせるのは失礼ですし。何より、此方に住むのに自慢の品を受け取らないのもどうかと思いますし」
「はっはっは。それもそうだ。『当たり前』だよねえ」
「はあ……」
このやり取りの裏にあるのは、貴族の会見においてメニューの選択とは、政治的に大きな意味を持つという事である。
今回の場合、貴族の茶会における解釈だと、ショーヘイは烏龍茶と紅茶の何方かを取るかを提示され、此方の世界を取ったという意味になる訳だ。
そして、性質を提示された上で紅茶のブレンドを勝手に決められるという事は「主導権を相手に渡す」と取れて、貴族がやられるならば割と屈辱的な事でもある。
本人にその意図がなくても目上の貴族が「そう」だと言ってしまえば、それは本人の意思になってしまうのだ。
因みに「私は貴方より地球のものについて詳しいですよ」と烏龍茶を取った場合。
ショーヘイは「私は地球人として此処に居ます」というアピールをする事になる訳だが、ここからが父上の罠だ。
間違いなく、ショーヘイを『身分の関係ない異世界からの客人』という同格として扱う。なので、話題を烏龍茶そのものに移していく。
こうしてジワジワと烏龍茶を取った『意図』について話題を掘り下げ、どれ程警戒すべき人間であるか確かめていくのである。
手始めに「俺は君程そちらの世界に詳しくない訳だが、現地の住人として『どの』烏龍茶がお勧めかな?具体的に言ってみてくれたまえ」とでも聞いてきたのだろう。
烏龍茶のレシピは『沢山』ある。つまり紅茶と同様に『多様な種類』の存在する茶という事だ。
元々はある国の王室御用達の茶であったが、長い年月を掛けて大衆用にも発展していったと学園都市の研究記録にある。
後で父上から聞いた話だが、日本で親しまれているのは『水仙』という種類の烏龍茶で、日本独自の『商品名』を用いて500mlを『ひゃくえん』くらいで買えるらしい。雫型銅貨一枚ってところだね。
つまり前提条件として、商品名ではなく品種名で答える知識が必要だ。
しかもこのカテゴリーの中でさえ、大きく閩北水仙と閩南水仙の二種類があってややこしい。
鳳凰単欉なんて八十種以上あるらしいが。
尚、我が国で広く出回っているのは『東方美人』。『オリエンタル=ビューティ』とも呼ばれているね。
そうした幅広い種類を持つ烏龍茶は、幅広い階級の人間にも対応出来るという事でもある。
よって王室から庶民まで、選択次第で相手の『格』を暗喩させる行為にも繋がる訳だ。
つまり「原産地である地球人ならまさか、種類くらい解るよね?間違っても大貴族であるこの俺に、平民向けの安物なんかを飲ませたら容赦しねえからな」と、暗に言っている訳だ。
加えて「十分な教養も持ち合わせていない人間が貴族に口答えするんじゃない」ともね。
レモネードという正式名称のあるラムネのように『本当は多様な種類が存在するけど、異世界の一般人には一種類しか知られていない』の飲み物。
それが烏龍茶である。
良かったねショーヘイ。
用意されたハードルの遥か下を潜った事で「向こうの世界に対する執着や自尊心は薄く、逆らう意思は少ない。しかし主体性も低いので、周りに流されて逆らう可能性もある」もしくは「此方の意図を深く考えず、企み事が出来ない程度に頭が悪い」と判断されたぞ。
つまり「頭は悪いが愚かでもない」という事だ。
ともあれ、こうして父上は目の前のチート能力者に対して『自分のほうが文明人として上』と思わせる事にも成功した訳だ。
『相手の方が頭が良い』『力は弱いけれど襲ったら痛い目を見る』と思わせる事は、野生の熊などの猛獣に人間を襲わせないようにするにあたって有効な手段である。
そして人格テストという前振りも終わり、話は本題に移っていく事になる。
仮身分証を発行するやり取りだ。
それは父上が質問を投げかけ、ショーヘイが答えるというやり取りで行われる。
その際にボクはバインダーを持ち、書記として記録を取っている。第二書記として、父上の後ろに立つハンナさんも記録を取っていた。
「名前と年齢は?」
「秋田 昌平。13歳です」
「ああ、実年齢でお願いね。すまんが、異世界人の身分証発行にはそういう決まりがあるのさ。只、ふ~む、そうだねぇ」
言ってジッとショーヘイを観察した。
その顔からは全然感情という物が読み取れなく、即ちとても理性的に頭を動かしているのが伺える。まるで獲物を見る猛禽類だ。
「話したところで当たりを付けてみたんだが、33歳のO型って感じかな。それで良い?」
「えっ!?」
ショーヘイの仕草は正解を示す。
大袈裟ではないが、弱い雷にでも打たれたかのようにビクリと肩を震わせていた。
「……正確には32歳です。血液型は合っています。その、すみません」
「うんうん、俺よりちょっと年下ね。正直でよろしい。
大丈夫だよ~、おじさん怒ってないからね~。今度から気を付けようね~。
一応『表』で使う身分証では13歳 (仮)とさせて貰うけど、後で行う遺伝子検査の結果次第で変わるかもね」
脳が打ち出した分析を利用し釘を刺す。
この場において、相変わらず父上が上位者としてリードを取り続けていた。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ下の評価欄をポチリとお願いします。励みになります。




