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27 お会計をしよう

 パスタも食べ終わり、お冷も飲み終わったので勘定を払う事にした。

 すると、ボクの背中を小動物のようにシャルが付いてこようとする。

 払い終わるまで席に座ってても大丈夫なんだけどな。


「なんか興味あるのかな?」

「う、うむ。金銭のやり取りをな……見てみたくて」

「ああ~確かにシャルはお金に触れるのもはじめてだもんね。

良いよいいよ。見ちゃってくれ」


 なるほどなと、ボクは財布を開く。

 中には銅貨どころか銀貨金貨と色とりどりで、子供の小遣いにしてはあり得ない量だが、そこはスルーだ。気にしないでおこう。

 シャルはそれらを宝物を見るかのような目で見ていた。

 まあ、実際に宝物と言えば宝物ではあるけどね。


 ボクは大振りな銅貨を財布から取り出した。

 手の平をシャルに向け、コインを中指と人差し指に挟んだ形となっている。


 形は丸いが、製造時期がまだ工業制手工業の時代の物なのだろう。

 円と呼ぶには歪みが多い。


「これが大銅貨。一枚で大体1125ルメハだね。今回のマスクリームパスタは、二人分で丁度これ二枚の値段だ。折角だし、遊びながら見ていこうか」


 余談であるが、『ルメハ』と云う単位は、古代の貨幣であった『貝殻』の意味だ。


 比較対象として小麦粉1kgが大体350ルメハ。

 父上の仕事の手伝いで勉強した事だけど、一家族は週に約25kgの小麦で生活している。つまり8750ルメハだ。

 なので今回のパスタ1皿は、ざっくばらんに一日で消費する小麦粉くらいの値段という事になり、まあまあご馳走だ。


 それはそれとして、ボクは父上仕込みの手遊びで、銅貨を移動させていった。

 人差し指で軽く弾いて中指の背にコインを乗せると同時に薬指で挟み、表裏と回転させながら小指側へ動かすのだ。


「なんか移動の動きが滑らかじゃの。ヌルヌルじゃ」

「だろう?実はこの店で使われるオリーブオイルを塗っているんだ」

「そうなのかや!?」

「ごめんね、実はウソ。ホントは格好つける為に必死こいて練習した」

「ちえ~」


 シャルはタコみたいに唇を尖らせた。しかし楽しそうに、コインを眼で追いかける。

 完全に小指と薬指に挟まった位置へ来た時、ボクはコインの移動を一旦止めた。

 故に彼女の視線も留まる。


 そこで素早く、財布から取り出す際に隠し持っていた別の硬貨と、片手ですり替える。

 それなりの難易度があるトリックである。どうだ凄いだろう。


 シャルはかなり驚いたようだが、ボクのターンはまだ終わらない。


「これが銅貨。価値は750ルメハ。

……で、こっちは小銅貨。価値は500ルメハだね」


 さりげなく銅貨の陰から、予め重ねておいた小銅貨を取り出した。大きさが違うコインはこういう時に便利だね。

 ボクはその小銅貨を、はじめにやった手遊びと同じようにヌルヌル移動させた。今度はその小銅貨のみを中指と人差し指で挟む。

 そして握った。


 手の平を開く。

 そこには、はじめの大銅貨が真ん中にあるのみであった。


「じゃあ、シャル。ちょっと手を出して。

手の平を上にして、飴玉でも受け取るようにさ」

「ん、こうかや」

「そうそう。上手いうまい。それでボクはさっきの大銅貨をシャルに渡すでしょ?」

「うむ。確かに渡されたの」


 白く柔らかい手の平。そこへポトリと、少し小汚いコインが二枚落とされた。

 その価値は平民が少し背伸びした贅沢をするのに必要な代金である。


「じゃあ、会計に行こうか」

「……え、マジかや?」

「うん。マジマジ。お兄ちゃん嘘つかない」

「さっき付いた気がするのじゃけれど」

「おや、こいつは一本取られた。なら折角だ、ボクもシャルに付いていこう。危なくなったら何時でも変われるようにね。

それに、シャルも自分で出来た方が良いだろう?」

「う、ううむ。まあ、そうなんじゃがの」


 言って彼女は片手に大銅貨を強く握った。

 もう片手でボクの腕を握る。その様子をウエイトレスのおばさんは微笑ましく見ているのだった。

 噛み気味のシャルにも商売人らしく対応する。


「ちょ、ちょれでは会計をちゃのむのじゃ!」

「2250ルメハですね」

「う、うみゅ!それでは……ええと……」


 シャルはやや涙目でウロウロと周りを見回した。流石にこれ以上は、はじめての外食の彼女にはハードルが高いかな。


 ボクは無言でウエイトレスの手を指差した。

 シャルは口を大きく開け、そして慌てて閉じる。こりゃ声を上げそうだっかな。

 自分でやっといてなんだけど、頑張れシャル。


「じゃ、じゃじゃじゃ……これでっ!なのじゃ」

「はい、ありがと~ございます。またどうぞ~」

「うむ!」


 バッと勢いよく片手と言葉尻を上げて、完了した。

 そして扉を貴族特有の優雅な開け方で丁寧に開け、パーティー会場からの退出であるかのように出ていく。カウンター席の警備員達は何とも言えない苦笑い。

 とはいえ、シャルにそれを意識する心の余裕はないようである。


 外に出る。扉を閉じる。

 そして彼女は一気に息を吐き、心を落ち着かせ勢いよく此方を見た。少し不安げだ。


「お、お兄様っ!これで……これで私はこの土地の住民になれたじゃろうか!?」


 ボクは頭を撫でて、言う。


「ああ、なれてるよ。だから、今度はもっと上手く出来るようにまた行こうか。何事も数をこなさなきゃね」

「そうじゃの。また行くのじゃ!」


 楽しみにする彼女の後ろを見ると、アイウ山が相変わらずそびえていた。

読んで頂きありがとう御座います

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