269 返事はハイかイエスだ!良いな!
尚、ショーヘイの同棲相手は出ないもよう。
楽器や絵画、詩文といった芸術関係は、貴族の世界だと一通りは習う。パーティーなどで教養を見せる会話の為に必要な事だからだ。
しかし向こうの世界での彼は平民だ。今は戸籍なしで一文無しだけど、向こうでは平民だ。
もしかしたら、普通に生きているだけでは触れる機会の少ない物なのかも知れない。
ボクとしては、平民は自分で行動を決められという点において、貴族より優れていると考えている。
と、いう事はギターを弾く者には行動を以て『貴族的』になろうとする、リアルで充実したステレオタイプがあるのも知れない。
向上心と行動力があるという事は平民の世界では生活力がある事になり、強いては『モテる』というイメージに繋がるのではないだろうか。
尤も純粋に音楽が好きな人だって居るし、行動出来ても儲けるとは限らないのだから、これも十分偏見に満ちた考えではあるが。
悪い事、聞いちゃったかもなあ。
なんか今日のボクは予測で話す事が多いけど、相手が異世界人なので仕方ないと納得する事にした。
認識の違いによる行き違いはあるものだ。そして、それをどうにかするのが、貴族の仕事だ。
異文化の交流に衝突は付き物とはいえ、言葉が通じるのはありがたい。と、いう訳で定番の態度を取る事にした。
「……ゴメン。まあ、興味を持つようになったら言ってね」
「いや。こちらこそなんかゴメン」
謝るのは大事。
だが、ショーヘイも腰の低い態度で謝り返してくる。
彼は何に対して謝っているんだ。それともこういう文化なのか。読心術で読む限り、少なくとも心から謝っている訳ではない。
異文化交流の基本は相手の価値観を尊重する事であるが、だとすればボクも『挨拶』すべきなのか。
「こちらこそゴメン?」
「あ、いや。ええと、ゴメン?」
なんか謝り合って互いに引かないボク等。どうしてこうなった。
──ゴツン
と、深く考えていると頭に衝撃が来た。
修業場時代で散々味わったこの感覚は、間違いなくアセナの拳骨だ。
衝撃の割に全然痛くないのがポイントで、ボクが優柔不断な態度を取っているとコレが飛んできた良き思い出が蘇る。
「うぜえ。『ゴメン』を使うの禁止」
「あ、はいスミマセ……」
「だから止めろって言ってるだろ」
再び拳骨がショーヘイの脳天に落ちた。
「返事はハイかイエスだ!良いな!」
「そんな……禁止は『ゴメン』に対してだけって……」
頭が真っ白になったのだろう。慣れない状況にショーヘイは言葉が出なかった。ボクも似たような経験があるから気持ちは解る。
そういう卑屈な態度を取ると、「いい加減にしろ」とより強引なルールを敷いて力技で改善して来るのがアセナだ。人によっては理不尽と取れるかも知れない。
しかし、何時だって小さなルールの意図を読めない人間には、より広範囲に渡ったルールが制定されるのである。
と、いう訳でショーヘイが言い切る前にボクが早速『お手本』を実行した。
「イエス!マム!」
ビシッと敬礼。
その体勢のまま流し目でショーヘイを見る。アセナも腕を組んで彼を見る。
プレッシャーに勝てなかったようで、恐る恐る人差し指の側面を額に合わせた。
「い……いえす・まむ?」
「うむ。それで良しだ、ひよっこ共!」
アセナは憲兵の教官みたく、口をへの字に曲げた。
そして腕を解いて立てた両手の平を前に出し、手首で指先を下に降ろす。敬礼は止めにして良いという合図。
ボクが額に当てていた手を下ろして楽な体勢を取ると、またふにゃり。何時もの調子に戻っていた。
「んじゃ、続けるぞ。
さっきのルールは取り敢えず無しで良いから、質問があったら素直に言ってくれ。
具体的な住居についてだが、『会社で宿泊』っていっても、ちゃんとウチには退勤時間がある。
なので、社員寝泊り用の集合住宅を近所に買ってあるから、その一室を使ってくれ。
異世界人法的には一番都合が良いんだ」
これが単なる転生症ならエミリー先生のお店に放り込んでおけば良いんだけどね。
只、チート能力持ちとなると常に見張り、報告書を書く法的義務が発生するのでそうも言ってられない。
確かにエミリー先生の能力なら出来る。だが、それ以上に彼女は国の義務よりも己のプライベートを重視する人だった。
正直な話、彼女の様な天才気質はルールに縛られるのを嫌う。渡り鳥のように住処を変える場合が多い。
不自由の中から自由を見出す、アセナとは対極の存在と言えよう。
そんなエミリー先生がこの領土に留まっているのはボクへの病的な依存心が故だと、ベッドの上における彼女自身とのピロートークでよく聞いていた。
ボクとしてはそれも愛情の在り方と思っているので特に問題はない。素直に喜ぶことにしている。
ボクが彼女に『命令』すれば何でもやってくれるのだろうけど、ショーヘイの為にエミリー先生の時間を潰すなんて薄情と思われようがやろうとも思わない。
彼女の愛情に依存しているのはボクも同じという事だな。
そんな訳で、出張しているルパ族の皆さんが住んでいる社宅の一室に押し込むのがベター。
右も左も分からないショーヘイには、黙ってアセナの案を聞いて貰う事にした。
「ショーヘイには他のヤツより広い部屋が渡される事になる」
「おおっ。良いっすね」
「そこでお前は、他の人間と一緒に生活して貰う」
「おいいいい~~~っ!聞いてないっすよ!」
飛び跳ねた。
目を見開いて唇を蛸のように尖らし、その間から歯を見せる面白い顔をしている。
特に天才と言う訳でもないが、プライベートは重視する性格の様だ。
前世における彼の話から推測するに、一人で居る時間に今の何倍もの価値のある社会なのかも知れない。
彼にとっての仕事とは辛い物であるが生きる為にやらなければいけない事であり、プライベートな時間とは解放でもあるのだから。
根強い問題だ。どう言い包めたものかと思案する。
だがそこで、アセナが身を乗り出した。
「法律だしなあ。でも、同棲するのは美人の女の子だぞ」
「え?」
「しかも家事とか面倒見てくれるし、一緒に住むだけでお前には金が入るぞ。ぶっちゃけ、慎ましく生きるのであれば働く必要も無かったりするぞ」
「その話、詳しく聞いても良いっすか?」
興味の気配をムンムンに漂わせ、スススと近寄る。
アセナはこういう、興味を持たせる為の話術が上手いなあ。見習いたいところだ。
「と、いう訳でアダマス。説明よろしく」
おっと話を振られた。これは責任を押し付けられたというより、純粋にボクの為と判断する。
ボクはこれから学んでいかなければいけない。此処が非公式の場だったから良いものの、法律の説明を異民族にさせたとは次期領主としては落第点だ。
ありがとう。
読んで頂きありがとう御座います。
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