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252 最後の魔王軍 その4

 ハンナは人差し指と中指の二本を立ててクイと上に上げた。円卓の中心に透けた球体が浮かぶ。

 実体の無いホログラム映像のようなものだが、電気的なものでもない。

 この『世界観』において電子機器は魔力によって機能が阻害される為に使えないのだ。


 電気そのものは琥珀を擦れば発生する程度なので、発見はされている。

 しかしそれ以上に魔力文明が栄えているので、今更蒸気機関に頼ったインフラを全部作り変える訳にもいかないし、電気技術の研究の度合いも実用レベルには程遠い。

 この背景には文明の黎明期、高度な技術が必要な電気よりも、生身でも使える魔術や既存のシンプルな技術をアレンジできる錬金術の方が素早く結果を出しやすいのがあった。


 と、いうわけで魔石の消費によって魔力に塗れたこの空気。

 異世界転移で、もしも電子機器を持ってきたり古代遺跡から発掘した電気文明の物を使っても、使えたものではない。

 そういう手合いを暗部としてのハンナはよく見てきた。充電はあるが電源の入らないスマートフォンとか。


 ハンナの力があれば物理法則を改変して使えるようにも出来るが、それは面白くない。


「裏技は幾らでもありますしね……」


 ろくろを回すような仕草を取ると、手と手の空間に半透明の石ころが現れて宙に浮かぶ。


 石英にも見えるこれの正式名称は曹灰硼石(ウレキサイト)といって、塩水湖の周囲で干上がった場所で見つける事が出来るものだ。

 別名をテレビ石。

 コンピューターディスプレイの上に置くと、ディスプレイの絵や文字が浮かび上がる事で付けられた名前だ。


「電気でなければ良いだけなのですから」


 テレビ石が画面を反映するのは、透過した光が表面に浮かび上がる事に起因している。

 この性質を技術として発展させると、光ファイバーが出来上がる。


 テレビ石がキラリと輝く。

 どういう訳か映るのは、目の前のホログラム映像ではない。

 部屋でお楽しみをしているアダマスたちの姿だった。音は出してないが、躍動感のある映像が音を連想させる。

 隠しカメラのようなアングルは妙な性癖を刺激するもの。

 ハンナのお楽しみの一種だ。直接混ざりに行けば幾らでも見れるのだが、敢えて強大な力を無駄に使って覗き見るのがポイント。

 とはいえこれから仕事もあるので、少し残念に思いつつ画面を閉じた。


「さて。今日もこの面白き『世界』を守っていきましょうか」


 負けイベントをひっくり返してみたい。

 そんな事を思った事はないだろうか。


 自分の手元にあるご都合主義アイテムを使えば簡単だが、敢えて負ける筈のキャラクターを超強化して本人の力で勝たせたように見せたい。

 一兆度の炎を吐き出す宇宙恐竜と光の巨人との戦いで、敢えて怪獣を一撃で倒せる英知の結晶を使わず、裏で手を回して光の巨人を勝たせ「今日も世界は平和だった」をしてみたい。


 ハンナは『一人』と自分が一緒の『小さな』家に暮らし、互いに幸せを分かち合う『平凡』なスローライフを送りたい。

 その一方で、ラッキーダストに連なる『ひとつ』が持つ輝きを見たい。

 故に彼女は平和をプロデュースする。


 球体を撫でる動作をすると、幾つもの文字列が球面を走った。

 速度にしてマッハは越えているだろうか。しかも止まったところで人間の目には何かの羅列にしか見えない、不規則な文字列だ。


 だがこれらは、幾つもの『場所』で起こっている事を一度に見る為に映像という情報を文字単位まで圧縮した物だ。

 この道具も彼女の力があればいらないのだが、この方が『人間らしく』楽なので使っていた。

 ただし人間の理解できる概念でこの文字を映像として処理する事は不可能であるが。

 じゃあ本末転倒だとは言ってはいけない。ハンナさんはお茶目なのである。


 ハンナは微笑を止め、浮かばせていたテレビ石を消滅させると圧縮映像へ視線を移した。


「ふむふむ。

ウィリアム様はシオンさんと領内のホテルでお休みですか。やはり体力的に限界が来ていましたね。寝ている今のうちに、修理と置手紙をしておきましょう。


王都は相変わらず様々な勢力が暗躍していますね。『スポンサー』の失脚に気付いた貴族が何名か。おや『ミアズマ』の手先をしている貴族も、そこに含まれていますか。

早速『二代目・怪盗緋サソリ』に活躍して貰いましょうか。


ミュール辺境伯は今日も元気に隣国と小競り合い中。幾つか両内に取り逃がしております。あら、これは獣人ですね。個人情報を分析するに、ルパ族を裏切った部族の者で間違いないでしょう。

旦那様に預けておけばどうにかなる問題ですね。


ミアズマ本部は変化なしと。果たしてこれを滅ぼすのは旦那様か坊ちゃまか。

まあ、この程度ならいざという時はどうにでも出来ますが。


海の向こうの大陸では原始的な魔力文明同士が衝突中。片方がオーパーツの小型人型兵器の量産に成功。しかし実現が遅かったのか、このまま滅びるもよう。


地繋がりの辺境の大地にて人型に変形可能な宇宙戦艦が出現。

どうやら異世界で宇宙戦争が起こった際、別次元からエネルギーを取り出す動力炉の影響を受けて転移したようで、電気回路をオフにすれば半分の性能で起動可能。

宇宙戦艦は惑星を滅ぼす程度の戦力と判断。いざという時には『突然のマシンエラー』を装う事は可能。

ふむ。パイロットの人格面も問題ありませんし、適当に異世界旅行でも楽しんでてもらいましょう。


5800光年先に知的生命体がワープで出現。他の知的生命体の精神エネルギーを吸収して増殖。詐術を用いて取り入り、エネルギーを搾り取った肉体は操り人形として使用する生態である。

外宇宙航海を可能とする文明を持ち、我々の惑星も確認済み。

滅ぼしても構いませんが、惑星圏内に到着次第弱体化で。旦那様が倒すならそれで良し。余波が坊ちゃまに来るならフォローへ。


異世界の神が坊ちゃまの拉致を画策。

事故死に見せかけ転移者として異世界へ送り込んで不老不死の力を与えて、数百年かけて神の代弁者たる救世主に仕立て上げる模様。

直ぐに取り戻す事も出来るが、全て神の手柄となり成長に繋がるメリットもなし。

その異界は消滅させるに値すると判断。まあ、情けで神の消滅だけは勘弁してあげますが、我々の世界が存在するという記憶は消しておきましょうか……」


 等々。様々な『場所』を観察し、自分が手を打つべきと思った所に手を加えていく。

 判断基準はラッキーダスト領という幸せな箱庭の脅威となりえるか。もう少し具体的に言えば、人類の力で対処不可能に見える危機を剪定する作業だった。


 無私の愛を平等に注ぐ神であったなら自然のままに危機はやってきただろう。誰か一人が理不尽を憎み天に唾を吐いたところで、神は変わらず傍観者であっただろう。

 しかし邪神の天秤は差別をする。

 故に先程、『まだ』罪のない宇宙人が人間レベルまで力を削がれ、異世界そのものが一つ消滅した。


 尤もハンナにとって特に思う事はない、日常茶飯事に過ぎないからだ。


 ハンナの眼球をある圧縮映像が通り過ぎ、フッと優しく微笑みを浮かべた。

 得た情報はアダマスの現在。彼女は未来を見る事も出来るが、過去と現在しか見ない事にしている。

 解らない不便さが面白いというものがあった。


「『ひとつ』の成長を見守る。これの贔屓している(さま)が何と面白く背徳的な事か。

私に『人間』という形を与えて下さった勇者(ご主人)様。

彼の『魂』を受け継ぎし旦那様。

そして……彼の『心』を受け継ぐも、彼とは真逆の心が育った坊ちゃま」


 具現化している心臓がトクンと動き、ワクワクとした感情が湧き上がる。ハンナは左胸を抑えて、楽しそうにクルリと回った。

 天井を見る表情はうっとりとした恍惚だ。

 ニマリと目を弓型に歪ませた。頬を赤く染めた。

 火照った紅色の唇からはハアハアと荒く熱い息遣いが漏れる。


「嗚呼、嗚呼、ああああああっ!」


 仰け反りと共に発せられた大きな喘ぎ声は部屋中に響いた。

 本来は全世界に向ける筈の愛情を一人に向けているのだから、こういった動作も致し方のないものなのだ。己で発生させた湿気が彼女を包む。


「うふ、うふふ。うふふふふふふふふ……」


 己の両頬を掴んでワキワキと指を動かす。

 その度に球面には喜怒哀楽。アダマスが産まれてから現在までの秒も逃がさぬ映像が連続で映し出されていき、上塗りに上塗りが繰り返されて球面を覆い尽くしていく。

 態々こんな事をしなくても圧縮映像を使えば一行で済む情報量であるし、映像を上塗りせずとも一旦消せばクリアに整理される。

 膨大な情報の中から『思い出して』いるだけなので、引き出した画像に上塗りしたところで消える訳でも無し。

 まるで彼女の思考を反映させるかのように『思い出』がモニタを埋め尽くしていくその様子は、まるで人間の脳内のようだった。


「はぁ、はぁ……ふぅ……。

今日もお慕い申し上げております。坊ちゃま。」


 映像がポツポツと消えはじめ、動きが穏やかになって声も落ち着いたものになっていた。

 暗い部屋の中。ひとりの男の為なら世界全てを敵に回せる、狂気を孕んだ人間の女の顔がそこにあったのだった。





 ……と、そこでハンナは突然ピタリと、動きを止めた。


 彼女は『世界中』を見る事が出来る。大陸中でも、惑星中でも、宇宙でも、異世界でも。

 そして、第四の壁の向こう側に存在する『画面の向こう側の世界』にも視線を向けた。

 反った体勢を正して何時もの微笑んだ顔に戻るとスカートを摘まんで軽く一礼。


「それでは画面の前の皆様。読んで頂き誠にありがとう御座いました。

次話から少々長めの番外編を挟みますが、引き続き4章も宜しくお願いします」


 『3章』と書かれたカーテンの幕が下ろされた。

読んで頂きありがとうございます


挿絵(By みてみん)

お絵描き。ヤンデレハンナさん

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