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251 最後の魔王軍 その3

 「自分は何故こんなことをしているのだろう」と、ふとした拍子に己を追憶する事がある。

 コツコツ。長く白い階段を下りる今のハンナには、正にそうした考えが下りてきていた。


「思えば、つい最近の事になりますね」


 しんみりとした口調で言っているが、数世紀も前の思い出である。


 普通の人間の感覚では大昔であるらしいが、ヒトが文明らしい文明を得てから現代までよりも、石器時代の方が長かったのでどうも実感が湧かないのだ。

 そもそも人間が古今に拘るのもどうかと思う。


 何時からはじまり何時から終わるのか。

 本当に胎児の前は『ゼロ』であるのか。本当に生命活動を停止した時に『ゼロ』になるのか。

 生命全般に言える事だが、際立って人間はソレがあやふやだ。

 まだ『ひとつ』でないモノを祝福する時もあれば、限りなくゼロに近付いたモノを輪郭のしっかりした『ひとつ』として残そうとする。


 だが、それが人間の良いところだとも感じてはいた。

 『ゼロ』と『ひとつ』の境目に存在する微かな輝きを、とてつもなく巨大な視界を使って何となく「きれいだな」と、無邪気に眺めていた事もあったくらいだ。

 さながら浜辺で珍しい石ころでも眺めるかのように。


 実際、望めば何でも手に入る彼女にとって、人程度が想像しえるものは大体平等に石ころで正しい。

 だからこそ世俗の利合では裏切らない。彼女を動かしているのは、そんな石ころに対する『愛情』に他ならないのだ。


「そんなある日、彼に出会った」


 『勇者』と呼ばれていた彼の輝きは特に印象深いものだった。何故なら、汚いからこそ綺麗だという不思議な色合いをしていたのだから。

 普通の人間であれば汚点を輝きで隠すものだが、普段はくすんでいる彼が輝くのは汚点が露わになった瞬間だ。

 己の様な絶対者には出す事の出来ない光だった。


 小さな存在である筈の彼の輝きは、永劫の存在である彼女がずっと見ていたくなる程に興味深いものだった。

 瞬きする程度のあっという間の時間で居なくなってしまったのも、感情を強く揺さぶられた原因なのかもしれない。


 輝き続けるのは数十年ほどという『暫く』程度だと思っていたのに、ずっと居たいと思ってしまった。


「そう。私は彼を『好き』になっていた」


 勇者と呼ばれていた彼を失う事を前にして、いよいよ傍観者であった彼女に「自分は人間である」と宣誓させる程だった。


 だって彼は人間だから素晴らしいのだから。

 もしも魔王の様に綺麗なだけだったら、宰相の様にドス黒かったらそんな葛藤もなかった。生き返らすなり無敵のチート能力を与えるなりして、壊れない様『ケース』にでも仕舞っておけば終わりだった。


 だがそれは人間としての彼を永遠に失うことになる。

 不自由さ、有限さ、汚らしさがあってこその素晴らしさをもう見れなくなってしまい、同時にくすみ続ける彼を永遠に見続けなければいけない。

 その時の気持ちを思い出し、階段を降りていく。


「私は人間になっていた。

珍しい石ころを見ていた筈が、興味は情になり。

そして何時しか自身が愛という感情に固執する人間に成り下がっていた……」


 一歩段を降りるごとに、カツンとヒールの音。


 こうして胸にぽっかりと穴が開いたような初めての喪失感を味わいつつ、手慰めでもするかのように彼の遺した物を維持する事になった。

 そこで驚いたのは自らの身を人間の作った不自由さに置く事で、彼の遺したものから明らかに彼とは違う『ひとつ』としての独特の輝きを見出す時があった事だ。

 彼とは違って明らかに弱々しい輝きは、人間でなかった頃なら素通りしてしまうが、人間として振舞おうとする度に目に入る。


 気付けば、それを壊さないよう愛でるのが楽しくなっていた自分が居る。石ころには石ころなりに違いもあるし、楽しみ方も分かって来た。

 特にアダマスなんて彼自身の記憶を持ちつつ彼とは交わらない逆ベクトルの『ひとつ』として独立しているのは、懐かしさの中に新しさを覚えるという、泣く程嬉しい現象だった。


 しかし彼女は神ではない。人間だ。

 愛情が向けられるのはラッキーダスト家に対してのみである。


 さて。

 かつて彼女の愛とは万物へ向けられていた物だった。

 善も悪もなく、命じる者によっては文明を育む時もあれば滅ぼす時もある。


 全ての存在に無私の愛情を注ぐ万能のエネルギー体は『賢者の石』とも『神』と呼ばれていた時があった。

 開拓の手を銀河系の外へ伸ばすなど、全ての現象は人の手で起こせる。我々は万物の長たる霊長であると豪語しオカルトを否定する文明ほど『神』と呼ぶ傾向が強かった事をよく覚えている。


 『人間』として自己に目覚めたハンナの愛情は数百年の時を得て、神故の『万物への愛』から人間特有の『個を差別する愛』へと変わっていった。

 神の如き力を持ったままでだ。


 人間らしいエゴを以て神の力を振るう。

 ハンナの人間化とは、『邪神』と呼ばれる者の誕生の瞬間でもあったのだ。


 しかしハンナにとって、そんな風評はどうでもいい事だ。彼女にとって大切なのは『彼の遺した不便さ』だけなのだから。

 枠組みとも言う。


 だからと言って初代が一番という感情は持ち合わせていない。

 『ゼロ』か『ひとつ』か曖昧なヒトという種を彼女の広い視点で見た場合は、初代を起点として子々孫々と続く連続を『一人』として捉えているのだから。

 人間の視点で言えば、個人を判別する際に細胞一つひとつを数えないようなものだ。

 尤もハンナの場合は『一人』を形成する個体を誰よりも詳細に識別した上でやっているのだが。


 故にハンナの枠組みは『ラッキーダスト家の味方』なのだ。

 分家の事は挿し木で増えた子株程度の愛着はあるが、やはり大切なのは本家の方だ。


 とはいえかつての初代の面影に何も感じない訳でもなく、故に『今』は凄く面白い。

 ワクワクと世俗的な高揚感を胸に階段を降り切る。


「ああ、楽しみです」


 何気ない歩き方で奥に進む最中、人差し指をピンと立てるとクルリと回す。その指先には魔力によって、黒い渦が形成されていく。

 独り言。そう、これは単なるメイドの独り言である。


 黒い渦はある程度の膨張を進めると、人目には膨張が止まったように見える程の大きさで留まった。そのままゆっくりと回る。

 黒いのに動的な物だと分かるのは、その内部に幾つもの光り輝く『星』が散りばめ得られているから。

 彼女の魔力によって作られたミニチュアの宇宙だ。

 物凄く時間の進みが速いという事と、外部が影響を受けない様に結界で覆われている以外は本物と遜色ない。独自の進化を遂げた知的生命体も生まれている。


 誰も居ない所で行うハンナ特有の手遊びだ。

 彼女は脳の空き要領を見つけると、なんとなく世界を作ってなんとなく終わらせる。故に指先をクルリと回すと、宇宙は霞のように消滅した。


「ああ、なんと面白いのでしょう」


 もう片手の指を回す。

 土くれが何処からともなく召喚され、一旦赤く光ったと思うと段々と青い惑星が形成されていった。自転するそれをよく見れば、針の様に細い樹木が何本も生えている。


 そうして遊ぶ間に、一面の白い空間に辿り着いた。

 大理石より尚白い石の壁に囲まれているそこは、彼女の本当の仕事場。いわば『真の家政婦長室』とでも言おうか。


「うふふ。此処に立つと、またあの頃を思い出しますね」


 透き通らせるかのように部屋全体を照らしている明かりは魔力灯よりも明るい人工的な光である。

 何故か光源は何処にも見当たらない。まるで室内の空間そのものが光っているかのようだが、眩しいという訳でもない。


 部屋の中央には円卓状のテーブルがある。


 それは、かつてハンナが勇者アダムとはじめて会った場所。

 それは、かつてハンナが勇者アダムと今生の別れをした場所。

 それは、かつて海底都市を支えるエネルギー源として『賢者の石』が祀られていた場所。


 むかしむかし、海底火山で唯一滅ばなかった海底都市の『神殿』の内装だったのだ。


 勇者アダム亡き後、神殿は元の場所に戻った訳ではなかった。魔王城付近に戻してしまえば王都からの警戒は解けないからだ。

 その為、神殿は当時開拓中だった大真珠湖付近の崖に埋められ眠りにつき、その上に建てられたのがラッキーダスト領主館である。


 とはいえ、眠りについたのは表向きの話だ。

 別に戦艦としての機能が無くても、内装された古代文明のコンピューターが使えなくなった訳ではない。

 今日も元気に世界中の情報を収集・処理し、ラッキーダスト領の平和を守るのだ。


 尤もその『世界』とはこの惑星に存在しない場所を含まないとは限らないし、『平和』とは他所の迷惑に掛からないとは限らないが。


 彼女は唯一アンタレスの名を継ぐ、最後の魔王軍。


 イベントが上手くいくよう裏で暗躍していたり、勇者の一族への献身が凄まじいのだ。

 きっと事件の最中にアダマスが壺を調べると、ハンナが先回りして仕込んだ回復アイテムとかが入っている。

読んで頂きありがとう御座います。


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