250 最後の魔王軍 その2
ハンナさんがドアを開けるよ
もしも『人』が神の如き力を持っていたら何をするだろうか。ほとんどは神らしく振舞おうとはしないのではないだろうか。
なので彼女も例に漏れず、ただ人らしく、小まめな防犯をしたのだった。
「さて」
扉の前にて、ハンナはエプロンの下に手を入れた。正確にはそう見せているだけで、実際は異次元に存在する収納空間に手を入れている。
国中をよく探せば持っている人間も見つけられる程度には、超常の力の内では珍しい部類ではない能力だ。
『アイテムボックス』と呼ばれる事もある。
緋サソリ事件において、兵舎にて明らかに物理法則を無視した量のナイフやフォークを持っていたのはこれによる。
個人によって容量は違うが、ハンナのものは無限。生物も惑星も非物質も入る優れモノだ。
そこから取り出されるのは、リングに掛けられた鍵束だ。
鍵の種類は古代の監獄で使うように古くシンプルな物から、歯車が内部にある機械仕掛けまで様々である。
因みに古代遺跡などで使えるカードキーも持っているが、鍵束としての雰囲気が変わるので付けていない。
家政婦長という身分は主人の補佐を任される事を示す為に常に権威の象徴である鍵束をジャラジャラと腰に下げているのが普通だ。
だが、敢えてハンナはゲストとの会見時や、教師として修業場に行く時など。部外者へ身分を示す以外は表に出す事は無い。
権威を見せびらかすのは好きではないし、領主館に勤めていて彼女を知らない人間なんて居ない。それに、彼女の持つ鍵束は機密の塊なので滅多に面に出る事はなく、人に見せる時は別に用意しているレプリカの鍵束を使う。
隠密行動には音が邪魔になるし、只のアクセサリー以外の意味がないのだ。
「坊ちゃまが『格好いいから付けて』とおっしゃるなら吝かでもでありませんがね。うふふ……」
一人事を呟きながら、ドアノブの鍵穴に鍵を差し込む。
古代の監獄で使うように古くシンプルな鍵だった。現代においてはシンプル過ぎてアクセサリーに近いものだが、それで良い。
そもそもこの『扉』の解錠に鍵山なんて意味がないのだから。
扉の向こうは最重要機密を隠しているだけあって、今までの罠解除の比ではない能力が『本人』に求められる。鍵という物理的な要因に求めている訳ではないのだ。
アイテムボックスのように人が持ち得る超常の力というより、世界の理を超えた能力である。
例えば家政婦長室の扉を開くには、0.005秒ごとに不規則に変化する三十億以上の種類の魔術式を一刹那以内、かつ正しい順番通りに流し込む必要がある。
失敗すれば鍵を介して人体程度なら一瞬で蒸発するエネルギーが逆流する仕組みだ。射程範囲は1kmほど。
しかし、魔力の伝達速度の関係で入力中にパスワードとなる術式が変わってしまうので時間への干渉能力が求められるという事だ。
尚、超常の力では『全ての扉を開けることが出来る能力』というものもあるが、これはアイテムボックス以上にポピュラーな能力なので簡単に対策は出来た。
使った瞬間、異世界への扉に接続されるようになっており宇宙空間に飛ばされるようになっている。
どのような異世界に繋がるかは完全にランダムなのでハンナでも解らない。
周りの壁や扉そのものを壊すのは更に難易度が上がる。
何故なら物理法則どころか世界の理が通用しないのだから。
『世界を騙す幻術』により『存在』という概念だけを実体化させられた壁だ。本当は存在しないが、世界は存在していると思っている。
世界そのものを騙している為、この世界に存在を認識された物では消す事が出来ない。
無理やり言葉を当てはめるなら、コンピューターゲームのバグで現れた破壊不可の『オブジェクト』とでも言うべきか。
例えば「作った覚えのないオブジェクトがある。デバックモードで消そうとしてもエラーが起きて消えない。ゲームを初期化しても再インストールしても消えない」と、いった心霊写真の様な気持ち悪い現象が起こっているのだ。
これを破壊するには客観的視点から世界を観測し、干渉する必要がある。
つまり『この世界と接点及び接触のない異世界』から『現在干渉を受けている自分自身』を観測しつつ、『自分自身の存在する世界』へ、世界破壊規模の力と世界創生レベルの精密さで干渉する必要がある。
異世界から世界の理へハッキングして破壊してみろという事だ。壁抜けやワープでの移動は対策済み。
例外的にハンナは入れるが、該当する能力を持っていると入れないようになっている。
彼女の自信作だった。
そんな事を思っているとカチリと音がする。扉の鍵が解除された。
物理的には軽く、情報量は非常に重い扉が今開かれるのだ。
扉を開けて魔力灯のスイッチを押すと光に照らされ、なんの変哲もない家政婦長室が現れた。
机に置かれた家政婦長日誌やら、壁に掛けられた鍵束。下級貴族が持つようなそこそこの箪笥やベッドなど。
一応表向きの偽装はしてある。
例えば日誌なんかは、魔力を流すと違う絵や文章を浮かび上がらせる事が出来るもので、動画の保存も可能。容量は10TB。中には歴代のラッキーダスト家の家族写真なんかが入っている。
だが、これも宇宙開拓文明の高ランクオーパーツの部類であればあまり珍しくはない。
『本当の偽装』を隠す為の『一般人向けの偽装』である。
するとハンナは、おもむろに天井に向かって指を弾いた。元気いっぱいなキーワードを放つ。
「マジカル☆スタイルチェーンジ!」
自身の魔力的体質を変化させたのだ。
指を弾く必要も、声を出す必要も特に無いのだが、その方が面白いと思っている。つまりはあらゆる姿になれる筈の彼女が、人間の姿でいるのと同じ理由である。
因みに魔力の物理学的性質上、今の状態のハンナが存在する事はあり得ない。だが、だからこそ、彼女の力を表す言葉は昔から存在していた。
その言葉は、今でも稀に現れるイレギュラーの通称としてもよく使われる。
『いかさま』と。
彼女は行き止まりの筈の壁に1平方ナノメートルのみ敢えて存在させた次元の隙間から『壁抜け』で内側に入り込む。
壁抜けの能力が必須となるのは勿論だが、次元の隙間以下の大きさを持つ物体は通れない仕組みになっている。
壁抜けチートを持っていると部屋に入れない癖に、壁抜けが無ければ進めない。
『簡単な』防犯対策だ。
毒々しい赤い空間にポツンと存在する神殿内部へ続く白い階段へ向かっていった。
この空間は一歩進む為に様々な能力を駆使する必要があり、それが出来なければ一歩も動けず次元の狭間へ永遠に取り残される仕組みになっている。そこに時の流れはない。
後は何の変哲もない家政婦長室が残るのみである。
ところで。
この世界の文明は栄えては滅ぶというサイクルを繰り返し、古代文明として跡が残っている。だが、そこには矛盾があった。
照らし合わせると、かなりの時間が経っている事だ。
具体的には、現在人類が住んでいる惑星は膨張する太陽によって、とうの昔に消滅している。もしくは太陽そのものが寿命を迎えている筈の時間だった。
学園都市ではその理由について様々な議論が交わされているが、未だに納得できる結果は出ていない。
真実を知っているのは、只一『人』である。
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