242 柔軟体操は美容に良いらしい
そういう訳でボク達は、一同揃って畳のある区画に集まり柔軟体操をはじめていた。
使うのは勿論畳。
表面には植物特有の光沢があって少々冷たい。運動するのにバランスが良い素材だと思う。
「じゃあ先ずは股割から~」
一番運動が出来るアセナが仕切るのは自然な流れだった。
白い道着が褐色の肌によく似合っていて、胸元が少し開いて中々官能的だ。
ついついそこへ視線が吸い寄せられる。ボクの服オタクとしての脳が叫んでいたのだ。
彼女は開脚姿勢で座ると、関節が無いかのように綺麗に両足が180度広げられる。
そのまま上半身を前に倒してベタリと床に付けると背中が見えた。
「むぅ~ん……」
ボクもアセナと同様、足を開けていた。
実はボク、身体が柔らかいのが密かな自慢だったりする。昔は硬い方だったのだが護身術習得には必須という事で少しずつ柔らかくしていったのだ。
だからこその自慢だ。
硬い身体のままではハンナさんに失望されてしまうと焦り、無茶をしていたものだが急ぐと筋肉に炎症が起きて硬くなってしまうので良くないとの事。
なので一歩ずつでも確実にを心掛け、現在に至る。
それにしても、だ。視線を横にずらし、意外な才能を改めて確認する。
「むむ、何なのじゃ。お兄様」
「いや。シャルは凄いなあと思って」
「えへへ、そうかの」
テレテレと後頭部を掻く彼女だが実際凄い。ほぼ完璧じゃないか。
生まれつき柔らかい体質の人は幾つも見た事があるけど、これ程柔らかいのははじめてかも知れない。
てゆーかちょっと悔しい。
現に身体能力が自慢のアセナも少し感心しヒュウと口笛を吹いた。
「いや、実際すげーよ。実は何かやってたん?ヨガとか」
「確か外国の聖職者の修行の一種だよね。なんでヨガ?」
「貿易商からウチの国に美容に良いってセールストークで入ってきて、一部の女性人気があるんだ。新聞でも広告に載っていたりするな。
キャッチコピーは『良い女はヨガをやれ』って」
言われてみれば館の外に出かけた時、そんなポスターを見かけたかも知れない。
どうでも良い情報だったので、すっかり記憶から切り離していた。
そんな会話を繋いで膨らませ、ボク等二人は当人であるシャルに視線を向けた。
シャルは一旦戸惑う。何となく聞いていた状態から、質問も無しに視線だけ向けられたからだ。
しかし直ぐに気持ちを切り替え、冷静になると何かが腑に落ちたのか口を開く。
「別にヨガはやってはおらんのじゃが、きっと才能かの」
「才能か。それが自覚出来る位、頻繁に柔軟でもしてたのかい」
「ん~、いや。妾の『種族』がハーフ・ホムンクルスだからじゃの」
自分の事なのに、シャルは淡々と他人事のように続きを語る。
「ホムンクルスは人間の欲求に応えるよう人造的に作られた人間な訳じゃが、妾の本当のお母様は個人的な欲求に応える為に作られたからの。
結構無茶な事でも簡単に『壊れない』ように出来とる。その遺伝子を受け継いでおる妾も同様じゃ」
「……」
あ、やばい。結構重い理由だった。
話を振ったのはボク達なので応えもせず会話を切る訳にもいかない。どうして良いか悩んでいると、アセナが答えを出してくれた。
「ふ~ん。そうか」
慣れているような、何時もと変わらない顔をしていた。
だからといって、どうでも良いとは聞き手に思わせない。そんな微妙な力加減の声色だった。
思えば彼女はつい最近まで冒険者で、今は新聞記者をやっている。こういった重い話には対応が慣れているのかも知れない。
清濁を飲み込むように、フッとニヒルに笑って手をシャルの頭に置く。
「便利な物を持ってるな。少し羨ましくもある。役に立つから大切にしなよ」
『良い物』ではなく『便利な物』と、敢えて道具である事を強調した。何時もの軽い表情から少しのギャップ。
当人でさえないボクはキュンとした。これが人たらしの才能というやつか。
ホストの才能があるのかも知れない。性別は女だけど。
「身体が柔らかい事が役に立つのかの?」
「ああ。今、正に役に立っているさ。
だから怪我をしにくくて、これから誰よりもスムーズな運動が出来る」
「それもそうなのじゃ!」
するとシャルは満面の笑みになり、ボクを見た。
何か嬉しい事があるとボクに報告したがる癖がある。その姿が余りにも眩しい。だからせめて、ボクも彼女に笑みで返そう。
満面の笑みは出来ないから微笑が精一杯。それでも、彼女はコレを望んでいると信じたい。
ボクみたいな人間でも彼女の為にしてあげられる精一杯の事だ。
「良かったね、シャル」
「うむ!なのじゃ」
八重歯を見せたかわいいドヤ顔だった。
◆
そして数分後。
「い~ち、に~。ハイ、ここまで。お疲れ様でした~」
「ん、お疲れ」
「お疲れ様なのじゃ!」
アセナによる、体操のお姉さん的な掛け声によって一通りが完了した。
なんか一息付いちゃったし、ちょっと給湯室から経口補水液でも持ってこようかな。
あそこはこの領主館でも、冷蔵庫が置いてある数少ない場所だからキンキンに冷えていた筈だ。
確か場所は、ボクの背中側だったか。
「全員揃っておりますね。準備運動お疲れ様でした」
頭が本題を忘れつつある中、後ろを振り向くと『彼女』が居た。
両手に持つ金属のお盆には人数分のグラスが置いてあり、中には少し白濁した経口補水液が入っている。
服装は何時ものサラサラのメイド服ではなく、ボク達と同じゴワゴワした白い道着を着ていた。
「旦那様はお忙しいので、このハンナが教官を務めます。
至らぬ身でありますが、バリツの開発にも携わらせて頂きましたので、お役に立てますわ」
至らぬ身とは新手のメイドジョークかな。おなじみ、ハンナさんである。
相変わらず、ヌッと突然出て来るなあ。
何時の間に後ろに回ったんだとか、少なくともさっきまで目を合わせて話していたアセナが気付く気配はなかったとか思考がグルングルンと回転するがハンナさんなので仕方ない。