241 おもちゃ箱
特徴的な形の『武器』が置かれていた。
例えば普通の鍛錬場では木剣、木槍、竹刀なんかだが、此処はそれだけでない。
瓶やレンチや酒瓶、他にも大きなスコップやベンチ等を模した物が地面に散りばめられていた。
さて。武道館は多様な区画に分けられている。
その内のひとつが、低い階段を降りた所にある目の前のように路地での戦いを想定した区画だった。
今のような太平の時代では、修業場でやっているような正々堂々と剣や馬でやるような戦い方ではなく、不自由な状況で戦うような訓練を受ける方がずっと役に立つ。
散らばる『玩具』を見て、はしゃがないという選択肢がシャルにある筈はなかった。
金銀財宝の山でも見たかのようにドタバタと階段を降り、そして駆け寄る。
「なんか凄いのじゃ!でも、これらは何なのじゃ?」
「屋外での戦闘を想定した模造武器だね。
冒険者みたく剣や槍を持ち歩いても良いんだけど、ぶっちゃけ路上だと臨機応変にこういった物を上手く扱えた方が強かったりする。
剣術の上段者なんかが、狭い路地で街の喧嘩自慢にボコボコにされるなんてよくある事だしね。ルールが違うんだ」
毎日真面目に訓練をしている憲兵が、不摂生な筈のマフィアの不意打ちで刺されるパターンとかもあり。
頷きながら、シャルは酒瓶型の模造武器をツンツンと突いた。使用されるクッション材に指がめり込んでいく。
路上用の模造武器の形は特徴的だが、色は無機質に統一されている。
実際の重量・実際の形をした重りを核とし、上からクッション材と革を被せた構造をしているからだ。
ボクシンググローブと同じ原理と言えば分かり易いか。万が一角での怪我が無いよう、被せ革は衝撃に強い魔物の皮から作られている。
また、他には威力を下げてペイント弾を仕込んだ蒸気銃なんかも用意されている時もある。
どっかのマフィアの事務所や犯罪者の潜伏場所なんかだと普通に転がってたりするからねえ。
そんな事は考えず、弾の入っていない蒸気銃で二丁拳銃ごっこをはじめるシャルは、無邪気な目でテンション高めに話しかけて来た。
無邪気とは言いつつ錬金術に精通している彼女は、道具そのものの価値は分かる人種だ。
「訓練器具ひとつ取ってもお金が掛けられて贅沢なのじゃ。お兄様、もしかして今日はこれを使うのかや!?」
ボクは眉をハの字にしながら苦く微笑んで首を横に振る。
「いや、今日は使わないね」
「そうなのかや?」
シャルはショックにぶち当たった。
シュンと悲しそうな顔を浮かべていく。かなり楽しみだったのだろう。効果音をつけるなら「ガーン」ってところか。
ボクは励ましの意味を込めて手の平を頭に置いてナデナデとした。少しだけ機嫌と顔色が戻って心が落ち着いた所へ、一言。
「まあねえ。でもショボンとするにはちょっと早いぞ。なんせ今日は、もっと凄い道具を使うからね」
「マジなのかや!?」
「マジさ。取り敢えず二丁拳銃は棚に戻しておこうね」
「了解なのじゃ。それで、どのように片付ければ良いのじゃ?」
「ああ、それはだね……」
「ふんふん」
気落ちした様子からパッと子供特有の気分変え。
場所と仕様を教えてやると、シャルは『お片付け箱』に向かっていった。
軽いソプラノボイスの返事とは裏腹に、かなり真剣にボクの説明を聞いていた。先程の更衣室では失敗したから、汚名を返上したいのかもね。
妹が片付け作業を行なっている間に先程言った『もっと凄い道具』を探す事にしよう。
とはいえそれが使われている区画に目をやればあっという間に見つかるのだがね。その巨大さ故に。
形状がマットなので区画ひとつを丸々占拠しているのだ。
先ず入る情報は、地味な見た目よりもスンとした草の匂い。ハーブのオレガノに似ているが少し違う独特の香りだ。
色は薄めの黄緑。草を編み込んで作っているので当然と言えば当然か。
ボクと同様の視線を追い、それを発見したシャルは目を輝かせて駆けだした。好奇心に素直で、元気な子だ。
ボディプレスのようにソレに飛び込むと、一先ずゴロゴロと身体全体で触感を楽しんだ後にガバッと顔を上げる。
「うにょ~~~。硬いような柔らかいような新触感!これは何なのじゃ!?」
微笑ましさは相変わらずだなあと思いつつ、何ともなしに答えを返そうとした。だが、その答えは別方向から来る事になる。
出入口方面から来る、少しダルそうなハスキーボイスによるものだった。
ハスキーボイスといえばしゃがれ声というイメージがあるが、彼女の物は劇団で男性役を演じている格好いい女優のような感じだ。
「そいつは『畳』。そんな見た目をしているけど、立派なオーパーツだ」
姿は空いた扉の後光で見えづらいものがあったが、と頭に生えたケモノ耳のシルエットは間違いようがない。
「「アセナッ!」」
「ようっ」
声がハモったと同時、道着姿の彼女は片腕を上げる。
ゴワゴワの袖から除く腕にはグルグルにギプスが巻かれたが、本当にそんな状態で訓練が出来るのか。
ボクの不安を他所に、彼女は歩み出す。但し、先程までボク達が居た路上戦用の区画だ。
彼女は足の指にレンチを挟んで続きを語る。
「正確には今の時代の人間に再現されたオーパーツでな。
遺跡から発掘された燈芯草という植物の種子を育て、文献を基に再現された。それだけで城と同じ程度の値段が付いている」
軽く爪先でレンチを頭の上まで蹴り上げる。
その先端を額で『キャッチ』した。額に棒を立てて上手くバランスを取っている形に似ている。とはいえ、レンチなので重量はあるし、そもそもクッション材に包まれているので難易度はずっと高い。
「作成には職人的な専門技術が必要であり、只でさえ貴重な燈芯草を何度もダメにしながら作ったとか言われているな」
その最中、更に大きいスコップを蹴り上げると、額でレンチを器用に支えたままリフティングをしはじめた。
まるで腕なんて要らないと言わんばかりの物凄い身体能力だ。
ああ、今更気付いた。
ボク達が来た時、既に模造武器が散らばっていたという事は、ずっと前に彼女がやって来ていて訓練を行っていたという事じゃないか。
出入口から声が来たという事は、ひと汗かいて風に当たっていたのかも知れない。ボク達が裏庭に居た時、よく周りを見れば合流できたのかも知れないね。
遊びが好きなアセナの事だから、このシチュをやりたくて敢えて身を隠していただけかも知れないけど……。
「その分、性能は本物だ。クッションの柔らかさと地面の硬さという相反した二つの性質を持ち合わせた作りになっており、投げ技や寝技。もしくは関節技の訓練にはとても有効な道具だったりする訳だ」
最後に慣性を利用し、ペン回しの如くスコップを回転させた。
同時にヘディングの要領でレンチを跳ね上げさせ、落とす。スコップとの一瞬の交わりと共に足を回転の中心から引き抜き、直ぐに足を延ばして軸を指に挟む。
スコップよ切っ先は前方に向けられ、ついでにレンチの締める部分が軸に嵌まっていた。
その繊細な動きはまるで、足で槍術を行なっているようである。
疑ってすまなかった。
アセナは両腕が使えなくても十分強い。
そんな気持ちが伝わってしまったのか、彼女はニヤリと得意顔を浮かべていた。あうう、お手柔らかにお願いします。
読んで頂きありがとう御座います。
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