24 マスのクリームパスタに決定
泣き顔の似合うヒロイン
シャルは腕を組んで少し腑に落ちない仕草を取る。
「盗まれてしまうならいっそ、一部に解放しちゃっても良いんじゃいかんのか。
きっと普段もお金を払って獲らせているんじゃないかや?」
「お金を払って獲らせているのは正解。でも、産卵シーズンは獲っちゃダメなんだ」
箱入りの癖に漁業ギルドの概念に触れるとは。
やっぱシャルは賢いなと感じた。踊り出したい衝動に駆られるが流石に我慢だ。ここは室内だし。
「そりゃまたどうして?」
「先ずは卵の量が減るっていうのもある。
けど、それは些細な理由でね。単純に産卵期のマスは不味い。力を河登りと卵に使っているって漁師さんは昔から言ってるね」
「ほほう。しかし、それでは小悪党は得をせんのでは」
ボクは溜息をつく。
「そうなんだよなぁ。それでもやっちゃうから小悪党なんだけどさ。
それでだ。そんな小悪党が不味いカメリアマスを盗んでは余所で売る訳だ。安い値で。でも普通のサケなんかりは高い値段で。
すると『ラッキーダストのカメリアマスは評判ほど美味しいものじゃなかった。あいつらはブランド名だけのぼったくりだ』と悪評が広がっちゃうんだね。
そうなると実際に美味しい方を食べて褒めてくれるファンの人が馬鹿にされたり……その苦情が領主の屋敷にまで豪華な羊皮紙で届いたりで、はぁ……」
やっちゃいけないからやりたい気持ちも分からないでも無いが、限度を弁えて欲しいものである。みんなも川で産卵が終わった鮭なんかを拾って食べるんじゃないぞ。
ボクはつい仕事を思い出して溜息を付いた。肩が沈む。しかし、そんな肩をよしよしとシャルは撫でて励ましてくれた。
ありがとう。ボクは背筋を伸ばす。
「さてはて要するにだ。
そんなに評判を護るほど……特に今の時期のカメリアマスは丁度その産卵の為に脂肪を蓄えている頃だから旨味が溜まっててかなり美味しい。
一度食べてみると良いかもね」
「ああ成る程。ではこの『マスのクリームパスタ』を頂くのじゃ」
因みに、パンフレットにも大きくイラスト付きで、この店の名物は『マスのクリームパスタ』と書いてある。
「お兄様……申し訳ないのじゃ。なんか妾のせいで注文まで時間が伸びてしまって」
「いやいや、ボクもウンチクばっかで割と退屈させないか不安だったし。そうじゃなければ良かったんだけど」
それにクレーマーに比べればシャルの考える迷惑なんて天国みたいなものだ。
「いやいや、とんでもない!お兄様の話はとても興味深かったのじゃよ?自分が関わる事じゃし」
「そうかい、なら良いんだ。おねーさーんっ。マスクリーム二つで」
「は~い~」
ウエイトレスのおばさんに二つを表すピースサインを向けて、軽く注文した。
カウンター席で何かを必死でこらえている感覚を読心術が伝えてくるが、害はないので取り敢えず放置。
ボクは向かいの席のシャルの方へ顔を向ける。見えたのは横顔。
彼女は、なにか切なげな感情を以て山の方を向いていたのだ。
「おや、どうしたんだい?困ったことがあるならお兄ちゃんに頼ってくれて良いんだぞ」
「さっきのマスの話でちょっと考えてしまってなぁ。言ってよいか?」
「そりゃ言うべきだよ。シャルの話なら何でも聞きたいな」
妹はアンニュイな表情を浮かべていた。そのままボクのような溜息を付く。
そうしてお冷をチビチビと啜りながら話を続けるのだ。
あ、お冷来てたんだ。
「……なんかの。マスってば結局、産まれた所へ戻って来るんじゃろ。
さすれば妾も何れ実家に戻らねばいけない日があるのでは。そう思ってしまっての」
妹がとんでもない事のように落とした一言は、ボクにとっては「なんだそんな事か」と思えた。
だってボクがシャルを隣にして不安に思い続けていた事なのだから。ボクだって、シャルが何れ帰ってしまうのではと危惧していたのである。
想い続けていたからこそ、ポッと答えが出てくるものだ。
「だったら心配ない。
マスが産まれた河に戻って来る理由。それは安全だからだ。
その場所に『必ず産卵出来るぞー』って任せられる自信があるからなんだよ。
シャルがボクの家に居場所を見出している限り、シャルの『帰るべき本当の故郷』はこっちにしてみせるよ」
流石に臭かったかな。
そう思いつつシャルを見ると、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
しかし、どうもそれは、彼女の中で様々な感情が、パスタのように渦巻いて絡み合って中々表に出せない事が原因のようだ。
呆れられているという事ではないらしい。
そして先ず出て来たのは一滴の涙だった。
頬を伝い、重力に従って唇を少し濡らした。けれども彼女はそれを拭わない。
「ふ……」
「腐?」
「ふえ~ん!」
そして突然泣き出した。ええっ、どうすればいいの!?
まさかの展開に困惑しつつ、早歩きで彼女の隣に移動して頭を胸へ抱き寄せる。
「急にどうしたんだい?」
「う、うぅ。ズビマゼン、なのじゃ……。
只、ただな。そんな事生まれてこのかた言われた事が無くって。それだけの事なのに……うぅ……」
鼻水を啜りながら、随分な涙目で言った。
胸で泣くので服にそれらが付くが、まあ気にはならない。
ボクはナプキンを取り出し、妹の鼻の方へ向けた。
「よしよし、良いんだよ。はい、鼻水チーンしようね」
「……チーン!」
「収まったかな?」
「うむっ。ありがとうなのじゃ」
そうしてシャルは顔全体を手で拭い、フンスと鼻を鳴らす。
本人はどうにかなったと思っているようなのだが、明らかに顔全体に伸びてしまっているところがまたシャルらしいなあと感じた。
お冷で濡らした別のナプキンで顔を丁寧に拭く。
痛くないかなと心配にもなったが、寧ろそうされているのを喜んでいるようなので、ひとまず安心の一息。
その一方で彼女が化粧をしていなくて良い年齢で幸運だと思ったが、口には出さなかった。女の子だもんね。