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239 ルビーに浸したロールキャベツ

 食堂の上窓からは朝あけの日光が注がれていた。


「先程ぶりで御座います。本日はロールキャベツになりますわ」


 ハンナさんはボク達の目の前にコトリ。朝食の盛られた皿を差し出す。


 日光は白いテーブルクロスに置かれた白い食器達を照らし、無彩色特有の秩序だった清潔感を醸し出す。

 だからこそ、メニューの中にある『赤』という暖色が際立ち目を引いた。溶かしたルビーを思わせるトマトスープの色だ。

 陶磁器製の深皿に溜められており、中心には小さなロールキャベツが浸されている。


 ボクだけではなく母上も同様んび目を引かれたらしい。母上は質問を投げかける。


「あら綺麗。これは昨日の豚の丸焼きの余りかしら」

「ご名答で御座います。

レチョンは香辛料とハーブを大量に使うので、一日置いた事でその味が染み込みます。故に、昨日とは別の楽しみ方が出来る料理にしてみました」


 なるほど。確かにロールキャベツは中の味付けが濃い方が美味しい。

 更に香辛料とハーブの両方に相性のいいトマトスープに浸す事で、豚肉単体とは別ベクトルの味を引き出す料理になっているのだろう。


「しかしハンナ。このサイズとはいえ、まだ小さな子供に朝からロールキャベツは重いのではないかしら。中身も脂濃い豚ですし」


 何処からともなく取り出したレース地の扇子でハンナさんを差す。食器でやるのはマナー違反だから仕方ない。自宅でのパーティー等でよくやる仕草なので常に持ち歩いているのだろう。

 しかしハンナさんは戸惑わず、敢えて母上ではなくボクのロールキャベツを一口分に切る。特等席で見るボクは、青々としたキャベツの中から美味しそうな豚のひき肉が現れるのを見届けた。


 母上が心配しているのは子供だからボクとシャルが該当。

 シャルはロールキャベツを自分の手で切りたそうな性格をしているので消去法でボクのロールキャベツになったという事だろう。


 ハンナさんは母上に柔らかい対応で返した。


「ご安心を、奥様。

この豚肉は一旦調理の為に温め直した後、食べやすく冷ました物を使用しております。トマトスープも冷たいものです。故に、朝に合ったあっさりとした味わいとなっています。

また、トマトには激しい運動によって発生する活性酸素に有効なリコピンという栄養素が含まれます。

これは脂分に溶けやすく、脂分の多い豚肉と合わせる事で吸収を良くします。栄養的な相性の良い食品は、医食同源の思想の元に得てして食べ易い味になるものです」


 その台詞に対し、シャルが反応。


「そうなのかや!?」

「いいえ、持論で御座います」

「ありゃりゃ。でも、そんな気はしてくるのじゃ」


 肩を落とすシャルに申し訳ありませんと微笑んで、ガラスのグラスに入った真っ白な牛乳を、紹介する。手の平で差し出すような仕草だ。

 豪華な展示品でも紹介しているかのようだった。


「飲み物は冷たい牛乳を用意させて頂きました。

これも中に含まれる脂質がリコピンに作用し食物の吸収をよくする他、不足しがちなカルシウムを補充致します。

油分そのものは三大栄養素で最もエネルギーを多く含み、これから沢山動くに向いた食事と自負しております」


 ハンナさんはロールキャベツを一口サイズに切り終えると、フォークに刺してボクの口元に運んだ。「あ~ん」というヤツだな。

 なのでパクリと一口で食べた。しっかりと染み込んだ香辛料の芳醇な味がトマト特有の酸味によって程よい爽やかさになる。

 ある程度咀嚼してゴクンと飲み込み、少し牛乳を一口。


 ボクは母上に薄っすらと微笑んだ顔を向ける。こんな性格なので満面の笑みは出来ない事を許して欲しい。

 本音を言えば先にハンナさんへ向けたいのだが、此処は母上へ向けた方がハンナさんの意思を汲み取る「空気を読んだ」行動だ。下手な気遣いは優しさではない。


「美味しいですよ、母上」

「……そう。それは良かったわ」

「母上も食べましょうよ」

「そうね。アダマスが言うなら、そうしましょう。

いきなりメインから行儀が悪いですが、まあ公式ではないし構わないわね」


 流石に、話の中心である子供に言われたなら母上とて何とも言えまい。しかも滅多に見ない笑顔のおまけ付きだ。母上は風を噴くような薄い笑みを、ボクへ返した。

 彼女はナイフとフォークを手に取って、「行儀が悪い」の言葉とは裏腹に貴族らしくピンとした姿勢でロールキャベツを切り分けて上品な態度で口に持っていく。

 そういった仕草がデフォルトのものとして身体に染み付いているのだろう。父上とは対極の人だよなあ。


 そうして口に含んでいる最中、母上がシャルに対して視線を向ける。ソワソワとした仕草で我慢するように、朝ごはんに手を付けていなかったのだ。

 チラチラと母上を見ている。


「あら、シャルちゃん。食べないの?」

「いやぁ。なんか流れ的に、お義母様が一口目を飲み込んでかなぁって……」


 言葉を聞き、彼女は目を見開く。公式な場では幾つもあるけど、私的な場面では全く遭遇した事のなかった場面なのかも知れない。

 すると父上から『フォロー』が入る。


「まあ、シャルは私的な人付き合いに恵まれなかった家庭環境だったからねえ。

一家団欒での食事のやり方なんて、公的なマナーを守ったパーティーでのやり方より知らあない事だらけなんじゃね」


 だよなあ。昨日の無礼講もそうだと思って、ボクから切っ掛けを作ったものだし。

 ぼんやり思っていると、何かを決心したのか母上はすっくと立ちあがり、シャルの背中へ歩み寄った。


「シャルちゃん、フォークとナイフを持ってくれないかしら」

「え?は、はあ……こうですかの」


 突然の行動にかなり緊張した様子だが、教科書通りの持ち方で食器を握る。

 すると母上は二人羽織の如くシャルの握り手を上から更に握った。シャルの腕を操作して、ロールキャベツを切っていく。

 母上の従僕のような行動にどうして良いか解らず、ボクに視線を向けてきたがハンドサインを返す。内容は『このままで』。


「ふえ~。そんな殺生な」


 益々シャルは困った表情を浮かべる。

 そこへ母上は上からポツリと語り掛けた。慈母のように安らかな表情だ。


「良いのよ。少しずつ慣れていきましょう。家族として。

私もきっと、貴方たちに対して似たような物だから」


 切り分けた一切れをシャルの口元に持って行くと、もうヤケだとシャルはパクリと口に含んだ。モグモグ咀嚼し、ゴクンと飲み込む。


「どうかしら、シャルちゃん」

「むむん。美味しいですじゃ。結構緊張でしたが」

「そう、それは良かったわ」


 お茶目な様子で母上は手を離しシャルを開放。自分の席に戻って焼きたてのクロワッサンを手に取ると、言う。


「ねえアダマス。シャルちゃん。

折角だし、普段は外に出てどんな遊びをしているか教えてくれないかしら」


 嘘偽りなく微笑んでいた。読心術を持つボクが言うのだから間違いない。

 ボクはゴホンと咳ばらいをして、口を開く。


「ん。それでは先ずはボクから……」


 その後は、下町でご飯に行った事やエミリー先生の店に行った事など。他愛もない親子の会話だった。

 でも途中でシャルが加わったりして、とても充実した時間を過ごせたと思う。こうして朝ごはんの時間は優雅に過ぎていった。

読んで頂きありがとう御座います。


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