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238 一家団欒

 一階食堂。


 ボクが席に座れば、シャルもぴょこんと膝に乗る。

 後は彼女とお喋りしながら、台所のハンナさんが料理を乗せた盆を持って来るの待つだけ。と、いうのが何時もの朝食。

 しかし今日は何時もと違っていた。


 軽い声がかけられる。


「やっほ、アダマスにシャル。おはよーさん」

「……おはようございます」「お、おはようございますなのじゃ」


 食卓に父上と母上が座っていたのだ。後は母上も。

 挨拶されたが余りの不意打ちで、今度は何の企みだと疑ってかかる。シャルもどうして良いか解らず、戸惑いながら定型文で応えていた。


 父上は普通の父親のように、アセナの会社が発行している新聞であるウインド・ルーモアニュースを広げ、モーニングコーヒーを飲む。

 此処から目についた記事には、緋サソリが逮捕されたと大きく取り上げられていた。

 字が小さくてよく見えない。だが読まずとも真相は弄られているのだろうという事については予測が付いた。


 しかし、そんなボクの視線は新聞ではなく、隣に向けられる事になる。

 つまり母上だ。


 母上は先程からジッとボクらを見ているが無言。それだけ見ると「怒っているのかな」とも感じられる。現にシャルはどう反応して良いか困っていた。

 しかし、読心術(ズル)の出来るボクは解っていた。それが不機嫌ではなく、寧ろシャルと同じ感情から来ているという事に。


 昔のボクだったら見て見ぬ振りをしていただろう。しかし、皆と一緒に過ごして自分から動く事を学んだ今は違う

 軽く微笑み、母上としっかり目を合わせる。


「母上もおはようございます」

「あ、ああ。おはよう」


 母上は普段の『完璧な侯爵夫人』とはまるで離れた少し噛み気味の口調だったが、取り敢えずは成功したらしい。いい事だ。

 それで安心したのか、流れでシャルも挨拶した。彼女も彼女で苦手だったというよりは切っ掛けが欲しかったようである。


「おっ、おはよう御座いますなのじゃ。お義母様っ!」

「……ああ、お義母ね!?そういえばそうなるわね」


 あまり呼ばれない自分への呼び名に反応するも、息を整えて何とか微笑みを作り、返事を返す。営業スマイルを思い出しているのだろう。ぎこちない顔の形がそれに似ていた。

 しかし、心臓は慌てふためいていると読心術が告げている。


 不器用にも母親らしい母親になろうとしているのだ。


「ええ。おはよう、シャルちゃん」

「「……」」


 そんなやり取りの後は、気まずい無言が渦巻く。仕方ないと言えば仕方ない。

 ここはボクが渡し舟を出した方が良いな。何より今回は相手が悪かっただけで、人付き合いの上手なシャルには普段からそっちの問題でお世話になっているし。

 たまにはお兄ちゃんらしい所も見せなきゃね。


「シャル、母上は好きかい?」

「ほえ?好きじゃよ」

「……そうなの?」


 そこに反応する母上。辛うじてテンションが上がる事は抑えたらしい。

 まあ、普段から関わりはないけど「家族なのだから出来れば好かれたい」と思っている義理の娘からそんな事を言われれば食いつきもするよね。


「うむ。前の母上の愛情は父上の事しか見ておらんかったですしのう。

そういう風にプログラムされた人造人間(ホムンクルス)なのじゃから、当然といえば当然じゃが。

なので『己の子供』に気を遣ってくれるだけで妾は凄く幸せですじゃ!」


 シャルはニカッと笑いかけた。

 軽く言うけど相当ヘビーな事だよなあ、コレ。前例が酷すぎたから、普通より一段落下の待遇でも幸せに感じられる。お嬢様として産まれたからって幸せとは限らないという事だ。


 とはいえ、ボクも中々酷い事をしていると言えなくもない。

 何故ならこの質問をした時にシャルが今の様な反応をすると理解出来ていたのだ。ボクに一目惚れした理由も似たようなものが故に。


 彼女はウチの領に来る前、どんな酷い扱いを受けるか不安に感じていた。それは長い移動時間によって更に深くなっていく。

 機関車で行けば直ぐだろうけど、初日にエミリー先生と会った際の機関車への反応でそれを使わなかったと予測できる。馬車辺りだった筈だ。

 つまり、ボクへの一目惚れは「不安に思っていたけれど、なんか優しそうな人で良かった」程度のギャップ差程度の理由でしかないと思っている。

 エミリー先生は幼馴染という下地があったし、アセナはかなりの年月を一緒に過ごしていたしね。


 しかし切っ掛けはどうあれボクはシャルが好きだし、シャルに好かれたいと思っていた。時間を掛けて、本当の意味でボクを好きになって欲しい。

 だからこそ、ボクの家族も好きになって欲しいんだ。


 そんな事を考えていると、母上は予想外の行動を取った。

 突如席から立ち上がり、ズンズンとボクの膝の上に座るシャルに向かってくる。下を向いているので表情は見えない。

 その様子にシャルは思わず上半身を引くが、母上はそれでも構わず向かって来た。


 とうとう半歩程の位置まで彼女は、ガバリと顔を上げる。

 そこには哀しそうに号泣しながら顔をクシャクシャにした、今まで見た事のない母上の顔が在った。彼女は前触れもなく、ガバリとボクとシャルの二人へ同時に抱き着く。

 万力の様に力強い。


「シャルちゃんっ。ずっと此処に居て良いからね!困ったら私に何時でも言いなさいっ!」

「は、はあ……了解しましたのじゃ」


 シャルはどう反応して良いか解らず、取り敢えず片手で敬礼。

 母上、今まで仕事の顔しか見せなかったけど本当は自分でも抑えきれない程に心を重視する人だったんだなあ。ボクも知らない家族の一面だった。

 なんかシャルの実家の事とか反吐を出してそうな印象ある。


 ところで今日の朝ごはんはなんだろう。思っているとさりげなく声をかけられた。


「先程ぶりで御座います。本日はロールキャベツになりますわ」


 ああ。ありがとう御座いますハンナさん。

 さっきまで食堂に居なかった筈だが、ハンナさんなので仕方ない。

読んで頂きありがとう御座います。


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