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236 ドレスを嫌がるお嬢様

 さて、シャルを起こそうか。


 ボクが上体を上げているのに対しシャルは仰向け。

 故に無防備に腕を広げる小さな上半身の全体像がよく見えた。薄ピンクのパジャマは着崩され、肋骨のラインとお腹が露わになっている。

 普段着は肩出しだから鎖骨は見慣れている筈なのに少しドキッとするのは、きっと洋服効果。やはりファッションは素晴らしい。


 思いつつ、シャルの顔を手で挟んでモチモチの頬をグニグニと動かした。あっちょんぶりけ。

 口がちょっとタコの形になるのがかわいい。


「お~い、シャル~。朝だよ~」

「むにー、朝かやー?」

「そうだよー」

「そうなのかやー……って、そうなのかやっ!?」


 うつらうつらとしていた彼女はハッと目を開き、打って変わって覚醒する。


 なんか、こんな風に妙に焦る時あるよなあ。朝の目覚めって。特に遅く起きた感が強い時によくある。

 何気にシャルって、初めて見たウルゾンJのレバーの位置を丸暗記出来るくらい記憶力が良かったりするし、常人よりも優れた時間感覚が体内にあるのかも知れないね。

 少なくともボクよりは良い。


 話し辛いと思うので頬を開放。

 彼女は大きな声を上げてしまった為か、バタバタと両手を振って一旦止まり、深呼吸を二回ほどして自分を落ち着けさせようとした。

 しかし感情のコントロールは難しかったらしく、少し緊張した様子で口を開ける。アーモンド型のくりくりした目をギョッと開いて此方を見る。


「お、おはようございますなのじゃっ!お兄様!」

「うん、おはよ。元気で何より」


 さあ、今日も日常のはじまりだ。

 意気込んでいると、何時も通りコンコンとドアノックが叩かれた。


「ハンナです。お召し物をお持ちしました」


 今日も安心安定のハンナさん。

 何時もと違うのは時間だろうか。まるで、シャルが遅く起きる瞬間を見計らったかのようなタイミングだった。


「ああ、入ってくれ」

「それでは失礼致します」


 ハンナさんはピンと背筋を伸ばし、上品な姿勢で部屋に入って来る。洗練された歩き方はそれだけて美しい。ウチのメイドの怠惰な者に見習って欲しいものだ。


 余談であるが、ウチのメイドの三割は修業所から実技研修としてやって来ている者達だ。貴族としての生活習慣や、礼儀作法を身に着ける為の社会勉強の一環である。

 しかしそんな彼女たちは、単に『学生』なので本気で取り組んでいない場合が多く、ハンナさんの姿勢とはかけ離れた物である。


 近年、名門貴族である事を利用して成金上がりの貴族に向けた修業場を経営している者は多々居る。

 しかし、それは失敗例も多発していた。

 技術革新に取り残された本業の経営難もあってか正式な使用人の大多数を解雇し安い研修生に任せ、結果として貴族としての格が落ちてしまうのだ。


 そういう訳で、ウチの残り七割は正式に雇っている者たちだ。家政婦長ハンナさんを頂点として、その下に直属の信頼出来る使用人達。従士とかメイド長とか呼ばれている人達だね。全員が貴族階級である。

 そして、その下に彼又は彼女達が雇っている使用人達が居る。館で最もよく見るのはこの人達だ。


 ならばいっそハンナさんだけで良いのでは?とも考えられるが、幾らハンナさんがスーパーメイドでも人数ばかりは補えない。

 例えば何時も通り暗躍している時なんかは、巨大な領主館の維持をしている人が居なくなってしまうのだ。


 さて。

 ハンナさんは服の入ったカートを押し、ボク達の腰掛けていたベッドに接した。ボクはシャルの手を恋人繋ぎで握り、いっせいのせで二人同時にベッドを降りる。

 その後は両腕を広げ、身体全体でTの形を作る。着替えの待機姿勢だ。何時もの事なので言われるまでもなく、反射的にやってしまうのだ。


 ハンナさんは自然な動きで流れるようにカートから衣装を取り出した。


「それでは、本日のお召し物は此方になります」


 そう言ってボクの目の前に見せられたのは、ワンピースよりも短く、ブラウスよりも丈が長いトップス。色は白。子供用の小さなチュニックだった。


 チュニックは剣と魔術が飛び交っていた中世からの伝統ある庶民の服である。

 現代における労働者の衣装は傷付きにくいオーバーオールが主流となっているが、それでも普段着等でまだまだ現役だ。お洒落だし。

 流石に貴族が着る物なのでかなり良い作りをしているが、基本は田舎の農夫なんかが着ているものと変わらない。


「それでは万歳して下さいね」

「了解。ところでさ、なんか今日はシンプルな服だけど『バリツ』の訓練と関係あるのかな」


 モゾモゾと袖に通されながら聞く。

 貴族専用の衣装は妙なところに留め具なんかがあったりで、着るのも二人がかりな複雑な仕事着だったりするものだが、今日はシンプルなものだ。

 それこそ、ハンナさんに着せてもらう必要なく自分で着れるのでは?と、思えるものである。

 とはいえ、パーフェクトメイドな彼女は、こんな服でも仕事を全うする。どんなに下らなくても、一流は仕事を完遂するのである。


 そんな彼女から答え合わせというより、確認のように答えが返ってくる。


「ご慧眼、恐れ入ります。本日は朝食後に直ぐに稽古着へ着替える為、このような形を取らせて頂きました。

ウフフ、シンプルな服も坊ちゃまなら似合っておりますわ」


 さいですか。ありがとう御座います。やはり逃れられない運命らしい。

 鼻で溜息をしつつ、ズボンに脚を潜らせて着替えを完了させる。しかし、そこで反応したのがシャルだった。

 声に焦りが見えている。


「待つのじゃ!妾はそんな事聞いておらんぞ」

「ああ、シャルが寝てる時にちょっとだけアセナが来てね。一緒にやる事になったんだ」

「なんじゃと!?むむむ……とにゃっ」


 シャルはふくれっ面を作る。そして、突如の突撃。思い切り抱き着き、額をグリグリとお腹に押し付けてきた。

 そして叫ぶ。


「妾も一緒にやるのじゃ!」


 シャルはそういう事を言う。


 しかし、ボクはそこに何時もと違う意味合いがあるのを知っている。

 抱き着く力が物凄い。単に何時もの好奇心でも駄々でもない。その言葉にはこんな場面に似つかず、鬼気迫る気持ちが籠っていたのだ。


 「何処にも行っちゃダメ」という、彼女の寝言が脳内を反芻した。


 シャルもシャルなりに、妹らしく心配していてくれているんだよな。こんなボクの為に。

 現場では周りを励ますのに精いっぱいだった彼女だけど、本当のところ余裕なんて無かったのだろう。

 少し背徳感を感じるが、そんな妹が愛しくなり、気付くと後頭部へ手の平を当てて抱き寄せていた。


 ふと、ハンナさんを見る。

 そこには来客用よりは地味であるが、仕事用よりは豪華な作りの薄桃色のドレスが摘まんで此方に見せられていた。

 つまり、この後のスケジュールではボク達は離れる事になるらしい。

 うーん困った。シャルの意思を組んでやりたいのは山々なのだが、決定権はボクに無いしなあ。


「ハンナさん。今日のシャルの予定は何なの?」

「はい。本日は修業場で御座います。

坊ちゃまがバリツの訓練をしている間、武闘派でないお嬢様は折角なので一人での修業場に慣れるようにと。旦那様は仰っていました」


 確かに何時までもボクの陰に隠れていては、同世代の上級階級との接触も減って成長の妨げになる、か。

 父上ならそう考えるだろう。理解し、ギュっとシャルを抱く力を強める。


「じゃあそれキャンセルで」


 ボクは敢えて、そのように言葉を紡いだ。

 父上への反骨心もまあまああるが、何よりボクはシャルの味方なのだ。何時だって。

読んで頂きありがとう御座います。


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