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229 アルハラ、ダメ絶対!

 打ち上げは一気に色を変えていた。


 母上が自らの行動を以てオーケーサインを出したことで、個人の自由が解放されたのだ。

 正直なところ、ボクとしてはこっちの方が好き。確かに食べる事は好きだけど、別にマナーにうるさい美食家って訳でもないしね。

 料理大会をする時だって、一般審査員の意見は大体「好きに食べさせろ」だろう?


 すっかり安心したシャルは切り分けられた肉を素手で摘まみ、ペタペタとソースを付けて食べていた。カフェバーでフィッシュアンドチップスを食べた反動で抵抗がなくなっていたのも大きいと思う。

 更にアセナとかもっとワイルッドだ。もはや調味料もあまり付けずに両手に掴んでガツガツ食べている。


 しかも酒を諦めきれておらず、相変わらずハンナさんにねだっていた。酔ってもいないのに酔っているかのような絡みっぷりである。

 仕方なくハンナさんがお酒を取り出し、未成年でも大丈夫な濃度まで目分量で薄めたカクテルを作って渡していた。

 因みに、ルパ族で子供にも愛飲されている馬乳酒のアルコール度数は1パーセント前後であり、これは法的に大丈夫な範囲だそうな。


 お酒を飲んで、凄く良い笑顔で彼女は一言。


「ぷっはあー!美味ぇー!さあアダマス。お前も飲むんだ」

「え~ボク未成年なんだけど。アルハラはんた~い」

「うるへ~。法的にオーケーな範囲だっての。大体、此処だって数年前は子供も普通にワイン飲んでたろ」


 そりゃ、半世紀くらい昔はそうだし、今でも田舎の伝統派貴族の領地なんかに行くと子供にも飲ませているとかもあるって聞くけどさあ。

 エミリー先生にSOSの視線を送る。


「ん~。まあ、嫌なら断って良いと思うよ。

君は特にアルコールに左右される病気を持ってる訳でもないし、舐める程度なら付き合ってあげるのもまた選択肢かなと思うかな。

只、アセナ。アダマス君は大切な次期領主様なんだから、身体に無理をさせないように。そこら辺わきまえなよ」

「ふ~む。そう言われちゃ仕方ないな……飲むか?」


 言われると打って変わり、適度な距離で勧めてきた。むう、そんな風にされると逆に後から後悔しそうになるじゃないか。


「……今回は特別なんだからね」


 コクリと少し頷いて、ジョッキを両手で受け取る。

 鼻でスンと臭いを嗅ぐと、なんというか独特の甘い香りがしてそれなりに美味しそうではあった。それをコクリと傾けちょっと舐めてみる。

 お味はと言えば、ほのかに甘みがあって、他には……瞬間、焼けつくようなものが喉へ押し寄せてきた。


「熱っ!なんというか、凄いカッとくる!」


 テーブルに置いてあったココナッツドリンクで口直し。ハンナさんが飲みやすくカクテルしてくれたので、直ぐに苦みは収まった。

 そしてハンナさんは解説を加えてくれる。


「ココナッツのお酒『ランバノグ』ですね。

ウォッカの様に強いお酒でして、ロックやソーダ割り、カクテルベースにも使える万能のお酒で御座います」

「ウォッカ並……道理で……」

「アルコール度数は子供の身体でも影響のない法内のものに割ってありますが、やはり慣れていない坊ちゃまの繊細な舌では十分強かったそうで。残りは私が頂きましょう」


 暑苦しい物語を、少女風に描き直しても本質は変わらない。みたいなものか。

 実際のアルコール度数が低くとも、味そのものは濃密な熱さを忘れない。


 そうしてハンナさんが、渋い顔を浮かべるボクからジョッキを受け取り、お酒の残りを飲んでくれた。

 ジョッキなのにハンナさんがやると、その一挙一動が瀟洒に見えるのが凄い。だが、そんな様子に横からアセナが反応する。

 ケモ耳をピコピコと動かしていた。


「あれ?そのジョッキってアタシのなんじゃ……」

「あらあら、アセナには『コレ』があるじゃないですか」


 そうしてアセナに渡されたのは透明なグラス。透明な液体。ちょっとお洒落な氷。

 しかし、最も鼻の強い獣人はこの中身を直ぐに知る。


「……マジ?水じゃん!」

「マジです」


 「頭を冷やせ」という、直属の上司としてのメッセージなのだろう。無慈悲な微笑を見て、アセナは血の気が引いた様子で頭を抱えて上を向き、叫んだ。


「ぎゃー」


 直後、アセナは耳を垂らしてシオシオとテーブルに頬を付く。

 まあ、アルハラしちゃったしね。仕方ないね。無礼講の場でもケジメは必要という事だ。

 しかし、切り替えの早い彼女は水をグイッと飲むと、開き直ったように丸焼きを再びガツガツと食べ始めた。ワイルドだなあ。


 そんな様子を見ていたシャルは、ハンナさんに質問する。


「そういえばコレって食べきれなかったたら捨てちゃうのかや?」

「いえ、ご安心を。後日、別の料理になりますし、幾つかはお土産として持ち帰って頂きます」


 パーティーで豚の丸焼きが出た時の伝統だ。

 大所帯の貴族や準貴族は自宅にお土産を持ち帰り、パーティーの様子を語るのである。それはアセナだってそうだし、エミリー先生もそうだ。

 特にエミリー先生は子供達に持っていくと喜ぶとの事を、楽しそうに語っていたのを思い出す。やっぱエミリー先生はこっちの方が好きだな。


 向かいの席のエミリー先生へ視線を合わせた。

 超能力者でもないのだから、互いの考えている事が解る事はない。ただ、彼女はほんわかとした笑顔を向けて小さく手を振ってくれたのだった。


 ワイワイガヤガヤとした、戻って来たボクの日常。

 幸せだなあ。少なくとも、いっぱい怖い想いをしてでも取り返す価値のあるものだと思う。


 折角なら『彼等』にもお土産を渡したい。

 でも断るんだろうなあ。元気でいると良いんだけど。


 ボクはあの後の、ウィリアム氏とシオンの様子を思い出していた。

読んで頂きありがとう御座います。


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